セクサロイドは眠らない

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2003年11月12日(水) そんなことがあると驚いてしまって、ちょっぴり目をそむけてしまうことがあるみたいだけど。

日曜日の午後、僕らはいつも動物園でデートする。

どの動物も、愛想笑いの一つもできなくなっている、日曜日の午後。

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「ねえ。お姉ちゃんに赤ちゃんが生まれたの。見に行かない?」
彼女が土曜の朝電話をしてきた。

「眠い。」
「いいじゃん。行こうよう。」

僕はしぶしぶ起き上がり、着替える。

「眠い。」
彼女の顔を見ても、まだ僕はぼんやりしている。

「昨日、遅くまで飲んだんでしょ。」
「うん。」
「しょうがないわね。ね。こっち。302号室。」
「いいのかな。僕なんかが行ってさ。バイキン移らないかな。」
「あはは。大丈夫よ。赤ちゃんはガラス越しにしか見られないもん。」

彼女が病室に入って行くと、先に彼女のご両親が来ていた。こういう時、僕はどういう態度でいればいいんだ?あなたの娘さんの恋人ですって自己紹介すればいいのか?迷っているうちに、僕は友人という事で軽く流され、あとはただ、女同士で、出産がわりと楽だったの、男の子だから大変だの、という会話が交わされる間、僕はすることもなくただ馬鹿みたいに突っ立っていた。

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「ね。赤ちゃん、可愛かったね。」
「うーん。よく分からない。」
「だって、あんなにちっちゃいのに人間の形してて、ちっちゃい指が動いて。」
「眠い。」
「もうっ。」

申し訳ないが、僕は、昨日生まれた赤ちゃんの事はどうだっていい。ただ、彼女の部屋に寄って一眠りさせてもらった後、楽しい夜を過ごしたかった。

だが、彼女は驚いたことに涙ぐんでいて、僕は彼女の部屋に入れてもらえない。

「なあ。怒るなよ。」
「いいの。今日はそういう気分じゃない。一人になりたい。」
「そんなあ。」

僕は、彼女が何でそんなに怒ってるのかが分からなくて途方にくれて。それからあきらめて地下鉄で帰る。

女の子は難しいな。

--

その夜、電話をしても彼女は出なかった。

何度も何度も掛けてみたが、出なかった。

僕は不安になる。

それから、夜の動物園に出掛ける。何で動物園なんか行ったんだろう。

動物達は、夜の方が活き活きとしているみたいだった。しきりに何か会話しているみたいだったし、昼間は眠っていただけのライオンが起きてウロウロしている。

僕が檻の前を歩くと、キーキーとうるさかったりもする。僕は「マントヒヒ」の檻の前で立った。
「ねえ。」
「おや。めずらしい。あんたが話し掛けてくるなんて。」
「僕の彼女、知らない?」
「知らないな。喧嘩でもしたのかい?」
「うん。あ。いや。」
「何だ。煮え切らないな。」
「それがよく分からないんだ。」
「女心なんてのは、大概、男は分かってないからな。気がついたら、男の方はまだ付き合ってるつもりでいて、女はとっくに別れたつもりでいたりする。」
「なんだよ。サルのくせに。嫌な事言うなあ。」
「そういう言い方はよくない。それに僕はサルじゃない。マントヒヒだ。あんたの彼女は、いい子だよ。いつも話し掛けてくれる。僕だってちょっといいかなって思えるぐらいだ。マントヒヒの女の子には負けるけどさ。」
「そうかい。で、彼女のことは知らないんだね。」
「ああ。でも、そうだな。ペンギンなら知ってるかもしれない。」

僕はペンギンの所に行く。ペンギンは、ゾウなら知っているかもしれないと言う。ゾウは、キリンに。キリンは、フラミンゴに。

そうして、ようやく辿りついたカンガルーの柵の前。

「あら。まあ。あなたの彼女が?そりゃ、大変ね。ね。それより、彼女が何で怒ったのか、あなたちゃんと考えるべきだわ。それから謝罪の言葉を考える。それが一番にすべきことよ。」
「じゃあ、彼女は何で怒ったんだろう?」

その時、カンガルーのポケットから、カンガルーの子供がひょっこりと顔を出す。
「ねえ。僕、生まれて来る前のことを覚えているよ。あなたのところの赤ちゃんとも一緒だった。僕の方が一足先にこっちに来ちゃったけどさ。」
「何だって?」

カンガルーの母親は微笑む。
「おめでとう。随分と素敵じゃない?ねえ。男の人は、そんなことがあると驚いてしまって、ちょっぴり目をそむけてしまうことがあるみたいだけど。でも、女の子は不安なのよね。彼が一緒になって喜んでくれるかしらって。」

僕は、慌てて駆け出す。彼女に電話を掛けるため。

カンガルーの親子に「さようなら」を言い忘れた。

--

電話のベルが何度も鳴っていて、誰も出ない。彼女はまだいないんだろうか。しばらくしてそれは僕の部屋の電話だと気付く。
「もしもし?」
「遅い。」
「ああ。ごめん。きみ、帰ってたんだ。」
「ずっと部屋にいたよ。それよかさ。今日、動物園行くんでしょう?」
「ああ。」
「昨日はごめんね。なんだか・・・。」
「いいんだ。僕こそ。あんな態度は良くない。」

--

動物園を歩く僕らは、手を繋いでいる。

マントヒヒ、ペンギン、ゾウ、キリン、フラミンゴ、カンガルー。

みな黙り込んで知らん顔してる。でも、僕の横で彼女はみんなに話し掛ける。

「ねえ。動物に話し掛けるのって、どんな気分?」
「あはは。馬鹿みたいだって分かってても、やめられないのよねえ。」
僕は、そんな彼女が、やっぱり素敵だと思う。

「ねえ。僕らの子供だけどさ。」
「え?何?そんなこと、考えてるの?まだ先でいいよ。あたし、昨日も生理で気分悪くてさ。機嫌悪かったみたい。ごめんなさい。」
「でも、いつか。」
「うん。いつかはね。」

僕は知ってる。僕らの赤ちゃんはもう、どこかで待っていて。その時は、ちゃんと逃げ出さず、僕は僕の赤ちゃんと向かい合おう。


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