セクサロイドは眠らない

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2003年11月11日(火) 「可愛い?」「ああ。可愛いさ。最初はよく分からなかったんだけど、だんだん可愛いと思うようになった。」

伊藤早紀。二年前担任した光男の妹か。

担任の寺田は、あらためて早紀の顔を見た。小学校の二年生とは思えない、落ち着いた表情。なのに、どこかぼんやりとしていて、休み時間も友達と遊ばずに窓の外をながめてばかりだ。

そうか。

窓から見える校庭では、光男が友達と遊んでいる。それを見ていたのか。

寺田は、早紀に声を掛ける。
「外で遊ばないのか?」

早紀は、黙ってうなずいて、また視線を窓の外に向けてしまう。

成績もいいし、しっかりしている。だが、子供らしさがない。やりにくいな。寺田は思った。

--

早紀の母親の加代子は、地味ながらも溢れんばかりの母性が感じられ、寺田は以前、光男の担任になった時から好感を抱いていた。

「早紀ちゃん、ですけどね。」
学期末の懇談で、寺田は加代子と向かい合う。

「少し大人しいようですね。」
「はい。」
「光男君がかなり腕白でしたから、意外な気がしましたよ。」
「私も。最近、とくにあんなになりまして。今年の春、光男が骨折してちょっと入院しましたでしょう?あの頃からです。もともと光男のことが大好きでまとわりついていたんですけどね。」
「なるほど。」
「でも、まだ、二年ですから。私としては、どう接していいのか迷うこともあります。」
「失礼ですが、光男君はあなたの実のお子さんではありませんでしたよね。」
「ええ。伊藤の方は再婚なんです。前の奥様が亡くなられて、小さな子供を抱えて困っていたんです。一年の大半を海外で過ごすものですから。それから、早紀が生まれて。でも、私は、二人を同じくらい可愛がって来たつもりです。」
「分かりますよ。光男君も、あなたになついている。」
「かえって、早紀の方とは血が繋がってないと思える事があるんです。」
「女の子の方が難しいですからね。」

寺田は早紀の顔を思い出す。時折、子供とは思えない表情を見せることがある、少女。

--

「早紀。今日は、途中まで一緒に帰ろうか?」
「どうして?」
「こっちに用事があるんだ。」
「いいですけど。」
「最近は何かと危険も多いから、友達と一緒に帰るようにって、先生いつも言ってるだろ?なのに、お前、いつも一人で帰ってるもんな。」
「友達いないし。」
「仲のいい子とか、作らないのか?」
「欲しくない。」
「お前の大好きなのは、光男だけだもんな。」

早紀は、ふいに目を上げて寺田を見つめ、それからすぐ視線を落とす。

「先生、子供はいるの?」
「先生か?先生のところは、赤ちゃんがいるぞ。去年生まれたんだ。」
「可愛い?」
「ああ。可愛いさ。最初はよく分からなかったんだけど、だんだん可愛いと思うようになった。」
「ねえ。子供ってさ。不思議だよね。最初はただ、何となく欲しいからって言って産んで。でも、だんだん家族になっていくの。」
「ああ。」

まるで子供を産んだことがあるような口ぶりだな。

寺田ははっとする。

早紀は、相変わらず、歩を緩めずに一心に歩いている。早く帰って光男と遊びたいと思っているのか。

「じゃあ、先生はここで曲がるから。」
「うん。」
「なあ。早紀。いくら子供が可愛くてもさ。いつかは僕の手元を離れる。そんなもんだよな。」

早紀は、無言で寺田を見つめ、それから急に怒ったような顔で走り去る。

--

「やっぱり、先生もそう思われましたのね。」
「ええ。」
「光男の母親が、早紀の体を借りて戻って来たって。」
「信じられない事ですが。」
「でも。そうね。分からなくもないですわ。」

加代子は、手にしたハンカチで目頭を押さえる。

「これ以上は、ただの教師としては踏み込めない部分だ。あなたがこれからどうするのかは、あなたが決める事です。」
「話をしてみます。」

加代子は立ち上がる。

「ねえ。先生。親っていう生き物は、本当に、子供の事となると見境がなくなるものですね。」
加代子は、そう言い残して、応接室を出て行く。

--

「そう。分かってしまったのね。寺田とかいう男も。」
「ええ。」
「ただ、子供が気がかりだったの。どんな人に育てられるのか。ちゃんと食べさせてもらって、きちんとした服装をさせてもらって、新しい兄弟が出来ても可愛がってもらえるかしらって。」
「分かるわ。」
「分かるなら。ねえ。お願い。もうちょっとあの子の傍にいさせて。」
「それは・・・。」

加代子は、手にしたハンカチをぎゅっと握り、目と閉じて言う。
「ねえ。あなたがお子さんと離れて辛かったのなら、分かるでしょう?私にも早紀という娘がいて、その子が傍にいないと感じる時、とても辛いこと。」

早紀の顔をした女は、途端に泣き出す。子供らしい泣き方ではない。ひどく長い年月を生きた人の泣き方だった。

ひとしきり泣いて、それから、涙を手でぬぐうと。
「分かったわ。ごめんなさい。分かってたの。あなたが光男のこと、大事にしてくれてること。なのに、私・・・。」
「いいのよ。」

加代子は、その女と抱き合った。一瞬のこと。

それから、ふいに。

早紀の体はふうわりと柔らかく。

「ねえ。ママ。お腹空いた。」
もう、加代子の手元にいるのは、あどけない少女だった。

「あらあら。」
加代子は微笑む。

「お兄ちゃん呼んでらっしゃい。おやつあるわよ。」
「はあい。」

ありがとう。ごめんなさい。二人共、大切に育てます。加代子は心でつぶやく。


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