セクサロイドは眠らない

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2003年10月31日(金) あの人は傷だらけ。あんたは傷は治すことはできないけれど、流れる血を隠す事はできる。

母にやさしくされた記憶はあまりない。母は、昔も今も、変わらず冷たい人だ。むろん、それは生きていくため。そして、また、僕も。

母にやさしくされた記憶が一つだけある。

僕は、怪我をして激しく泣いていた。大した怪我じゃない。ただナイフかなにかで指をざっくりと切ってしまい、その出血の多さに動揺していたのだ。母は、無言ではあったが、僕の指を根元でしばり、傷口の血をぬぐい、ガーゼを当てた。その手際の良さに僕はすっかり痛いのを忘れ、真っ白な包帯がくるくると巻かれるのをじっと見ていた。

「泣き止んだね。」
母は微笑んだように見えた。

僕は黙ってうなずいて、その白い包帯の清潔さに見とれた。怪我が包帯で覆われただけで、僕はホッと安心して、また、先ほどまでの遊びの続きを始めたっけ。

しばらくは、その包帯のせいで、周囲に気を遣ってもらったのも嬉しかったっけ。

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僕は、その屋敷の使用人の息子として生まれた。父は運転手をし、母はお嬢様の世話をしていた。

僕も、物心ついた頃からお嬢様の遊び相手として借り出された。普通なら使用人の子供が遊び相手になるなんて許されなかった筈が、なぜか僕は許された。その理由が、小学校を終える頃には分かった。

僕は、とても美しかったのだ。

お嬢様も美しかった。知らない人が見たら、僕らは似合いのカップルに見えたかもしれない。

お嬢様は美しいものが好きだった。だから、僕なのだ。選ばれたのだ。

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僕達が仕えている家は異常だった。憎しみや蔑み。悲しみや怒り。そういった感情が複雑に絡み合い、家族同士傷付け合っていた。家の主人とその妻は、それぞれが外に恋人を作り、互いを憎み合っていた。長男は金にものを言わせ、夜な夜な遊びまわっていた。そんな家族の中で育てられたお嬢様が正気を保てるわけがない。家庭教師と寝たり、猫や犬をいじめたりすることに何の疑問も抱いていなかった。僕も、時には彼女のベッドの相手をさせられる事もあった。だが、僕らの間には愛情の通い合う事は決してなかった。

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これでも幼い頃には、そんな生き方を強いる母に反発もしたのだ。だが、母は静かな声で言い放った。
「お嬢様の包帯におなり。あの人は傷だらけ。あんたは傷は治すことはできないけれど、流れる血を隠す事はできる。」

その意味が、僕にはよく分からなかったけれど、僕は自分の立場だけはわきまえていた。お嬢様のそばに寄り添っても恥ずかしくないように着飾り、男達から彼女を守るために体を鍛えた。

「この家で起こることは、見て見ぬふりをしなさい。全てはあなたとはかかわり合いのないこと。」
母がそう口にする理由が、僕にはよく分かっていた。

使用人の娘は犯され、男達は鞭で打たれていた。

しかし、お嬢様は残虐な一面を見せる一方でひどく心が弱く、時に薬をたくさん飲んで僕にしがみついて眠る事もあった。怯えて泣き叫ぶ夜、僕が彼女の体を抱き締めた。

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もう一度言う。僕は、決してお嬢様に惚れていたわけじゃない。僕は使用人だ。僕の役目は、彼女の傷を覆い隠し、流れる血を止めること。

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そんな僕が、18になった時だった。屋敷に新しい使用人が来た。何も知らずに微笑む少女も、一週間と待たず暗い目の中に何も映さなくなるだろう。

だが、僕の予想ははずれた。

彼女は、決して笑顔を忘れず、お嬢様に仕える僕にまで敬意を表した。

僕は、恋に落ちた。

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初めての恋に僕は夢中だった。

そうして、とうとう、ある夜。

その夜は、お嬢様に呼ばれていたにも関わらず、僕はすっかり忘れていた。いや。心のどこかでは分かっていたのだ。だが、そんなことはどうでも良かった。この一夜のためなら、明日鞭に打たれることなど何でもない。すきま風の入るその部屋で、互いを暖めていた。何度もむさぼるようにキスをして、僕はその震える体を包んだ。

彼女と僕は薄い布団の中で絡み合い、笑い合った。

そう。笑い。それが全てだった。

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彼女と一夜を過ごしている間、僕は嫌な夢を見た。誰かが苦しむ声。転がり回ってうめく声。

僕は、あまり眠れぬ夜を過ごし、朝早くにお嬢様の部屋を訪ねた。彼女の事を完全に忘れ去っていたのは初めてだった。

そこには既に母がいた。身動きもせず。

部屋は、真っ赤だった。お嬢様のの体は傷だらけ。おびただしい血が流れ、ベッドと床を染めていた。

「ああ。なんてことだ。」
僕は、分かったのだ。僕のせいだと。昨夜は、誰もこの部屋に入らなかった。彼女一人で僕を待って、待って・・・。

母はつぶやく。
「だから言ったでしょ。あんた、包帯だって。あんたがいなきゃこの可哀想な女は、むき出しの傷から血が流れて失血死するんだったのに。」


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