セクサロイドは眠らない
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2003年10月30日(木) |
あの情熱がどこかに行ってしまったのだと言う。誰かが持って行ってしまったみたいだと。 |
「あんた、あたしの歌をどうした?」 私は、少年を問い詰める。
「知らないよ。」 少年は、最初はそんな事を言っていた。
「あたしは、あんたの事を知らない。だけど、昨日知り合って、一緒に旅をさせてくれって言うし、あたしが探してる村を知ってるみたいだから、あんたを信じた。なのに裏切ったんだね。」 そういうと、途端に少年は泣き出した。
「僕の村に持って帰りたかったんだ。」 「なんで?あたしが作ったばかりの歌。まだ、生まれたばかりの赤ちゃんだ。それをあんたが持って帰ってどうするの?ね。正直に教えてちょうだい。」
少年は涙をぬぐい、ポツリポツリとしゃべり出した。
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最初は、作家をしている友人が電話をして来たことから始まった。すばらしい物語が浮かんだのに、それを書こうとした矢先、きれいさっぱり盗まれたと。書こうとする熱い心と一緒に消え失せたと。
私はそれを笑い飛ばした。本当は、そんな構想なんてどこにも無かったんじゃないの?ってね。
次に、画家をしている友人が私の部屋に飛び込んで来た。南米を旅行して来たばかりの友人は、溢れんばかりの創作意欲に燃えていた筈だったのに、酒瓶を持って荒れ狂い、あの情熱がどこかに行ってしまったのだと言う。誰かが持って行ってしまったみたいだと。
それでおかしいと思った。私は、歌を歌う。歌が満ちて来た時、心は膨らみ、それを表現せずにはいられなくなる。その気持ちは歌を世に出すまではおさまらないものなのに。
嘆き、荒れる友人達のために、私は旅に出た。私達の中の何かを盗んだ奴を探しに。
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昨夜、宿の食堂で出会った少年は、私の行きたい村の出だった。連れて行ってくれるというから信じた。
少年は、私に話してくれた。
彼の小さな村は何もない。貧しい村だ。だが、村の人達は希望に満ちていた。歌を歌って踊り、物語を語る人の周りに子供達が集まり、木の実で染めた美しい布を売って暮らす。
だが、ある日、「物語を紡ぐ心」を村の人達が失くし始めたそうだ。
だから、少年が、村の外から物語を持って来る事になったんだと。
彼のポケットは、あたしの歌や、友人達の絵や物語でいっぱいだった。
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「何があったの?」 「分からない。」 「盗みは良くない。」 「分かってるけどどうしようもなかったんだ。」 「でも、あんたどうすんの?手ぶらじゃ帰るわけにいかないね。」 「悪いのは僕だから。」 「ううん。誰かがあんた達の村を駄目にした。そいつと闘わなきゃね。」 「どうやって?」 「分からない。だけど、あたしあんたと一緒に行くわ。」 「本当?」 「ああ。このままじゃ、村の人達は、次々と盗みを働くようになるからね。」
私は、少年と歩いた。私がちょっとした歌を歌うと、少年は下手くそながらも澄んだ声で合わせて来た。
「へえ。あんた、歌えるんだ?」 「うん。僕ら子供はね。でも、大人は駄目なんだ。」
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村は、私が思っていたものと全然違っていた。人々は美しい衣装。値の張る宝石。下品な笑い声。
「あんたの言ってたのと違うね。」 「こんなんじゃなかった。僕が村を出る前よりひどくなってる。」
少年の顔は青ざめていたから、本当だと分かった。
私は、少年の家に泊めてもらった。少年の母親は青白い顔で私をにらんだが、画家だと知ると途端に親切になった。芸術を大事にする心だけは、まだ、わずかだが残っていたようだ。
夜中、私は目を覚ます。泣き声ともうめき声ともつかない声。
「ねえ。起きて。」 少年を起こし、夜道を案内させる。
洞窟の中から聞こえてくるその声は、私をぞっとさせた。
その深い場所に入ると、女がいた。
「あんた、誰?」
女は目の醒めるような美貌。私の前に宝石を投げて寄越す。
「要らない。こんなもの。それより。あなたね。村の人の心をおかしくしたのは。」 「そうよ。」 「何でそんなことを?」 「彼らが要らないって言ったのよ。欲しいものと引き換えに私に喜んで差し出したわ。金や銀。ダイヤにルビー。男達には私自身。」 「お金で買えないものを買った罪は重いよ。」
私は、歌を。
唯一の武器である、歌を歌った。
その歌は、こんな歌だった。
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娘の歌。
ある美しい娘が恋をした。彼女は、村の外から来た裕福な男と、長く付き合った。だが、男は国に妻子を残していたから、時々しか村に来る事ができなかった。
娘は、全身全霊を賭けて男を愛していたから、一緒になってと迫った。
男は、次に来た時に必ずと約束した。国に帰って妻に話をして来ると。
娘は男が帰って来るのを毎日待った。だが、しかし、男は帰って来なかった。娘は男を待ったまま、何も食べず何も飲まず、とうとう死んだ。
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男の歌。
男は、退屈していた。妻と子供と、膨大な財産。だが、退屈していた。
ある村に行った。そこは何もない村だったが、娘達の歌声が美しく、その中の一人と恋に落ちた。娘が夜な夜な聞かせてくれる物語を男は気に入った。
だが、いつまでもそこにはいられない。
男は、一度国に戻るよと言った。娘は一緒になってよと迫った。
男は必ず戻って来ると約束し、心が引き裂かれるような悲しみを振り切って、村を出た。
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娘の歌。
娘は鬼になった。希望が物語を生み、愛が歌を生むのを憎んだ。
男の歌。
娘が病気になったせいで、その夜村に戻る事ができなくなった男は、手紙を書いた。手紙は、船で運ばれている途中、嵐に会い、気まぐれな波がそれをどこかに持って行ってしまった。
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美しい女は泣いていた。 「信じてれば良かったのね。ただ、それだけが必要だったのね。」
あたしは言う。 「その男は、女を愛していた。女が心から生み出す美しい言葉達を。」
叫び声と共に、女は灰になって、飛び散った。
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村の金銀宝石も、灰になってなくなった。人々は元に戻り、私は村の宴に招かれた。
少年が訊く。 「あの女の人のこと知ってたの?」 「ううん。」 「じゃあ、どうして?」 「歌は出会いによって生まれるの。あの日、私の歌は彼女と出会って、命を持った。そういう風な歌があることが、あの瞬間、私には分かったの。」
村はまた、物語を紡ぎ始めた。
少年は、歌手になりたいと言う。
「その前にもっと練習しなくちゃね。」 とあたしは笑う。
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