セクサロイドは眠らない
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2003年10月29日(水) |
つまり、肉体を交換するってこと。正気の沙汰じゃないってのは分かってるんだけどね。 |
「ねえ。お願いがあるんだけどさ。」
この姉が僕に頼みごとなど、ろくなことではない。
「何さ?」 「来週からインドに行くんだけど。」 「インド?」 「うん。」 「どれくらい?」 「一ヶ月から三ヶ月くらいの間。」 「もう今度で最後にしてくれよな。」 「分かった。さんきゅ。」
こんなこと、人には言えないけどさ。僕の姉は、ちょっと危険が伴うような場所に旅行に行く時なんかは僕の体を借りることにしてるんだ。つまり、肉体を交換するってこと。正気の沙汰じゃないってのは分かってるんだけどね。
一方の僕は、大の出不精。海外なんかに行きたがる人の気が知れない。
姉は言う。 「もうね。知らない場所があるってだけで、行きたくてどうしようもなくなるの。私、自分が男だったら絶対に冒険家になってたと思うわ。」
そんなことで僕の貧弱な肉体を酷使しないでくれよ。
だが、僕は、姉にめっぽう弱い。なぜだかは知らない。身勝手で気まぐれで、弟をいじめるのが趣味みたいな奴なんだけどね。
「いいさ。ちゃんと無事に返してくれよ。僕の肉体なんだから。」 「分かった。恩に着る。」
姉は最高の笑顔を見せる。
この顔に弱いんだ。
「あ。あとさ。もう一個だけお願い。」 「何?」 「あのね。カズヤのことなんだけどさ。ちょっとケアしといてくれるかな?」 「えー?自分の彼氏だろ?何で俺が・・・。」 「お願いよ。今度のインド行きは内緒なの。あんまりしょっちゅう行くと心配掛けちゃうから。」 「でも、俺、そういう趣味ないよ。」 「いいの。来月あたしの誕生日じゃん?そんときだけでいいから。他は手が掛かるような奴じゃないから。」 「ったく。」
--
姉は満面の笑みで旅立って行き、僕はその間姉の肉体で暮らす。こういうのは今までにもあったが、今回みたいに長い期間は初めてだ。
姉の誕生日が来週に迫ったある日、案の定、カズヤからメールが入る。 「店、予約したから。」
本来なら、男とデートなんてうんざりだが、僕はちょっとだけカズヤという男に興味があった。姉みたいな女と付き合うなんてどんな奴だろう?しかも、すぐ別れると思っていたら、もう八年近くにもなる。僕には信じられない。そりゃ、顔はちょっと可愛いけどさ。あの猛獣のような姉と付き合う男がいるという事実はなかなか受け入れられるものじゃない。
「了解。じゃ、仕事終わったら電話ちょうだい。」 僕は、姉の携帯で返事を書く。
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カズヤはちょっぴりめかし込んでいた。僕も、普段姉が着ないワンピースを着てみる。別に女装趣味がなくたって、一度くらいはこういう格好してみたいもんな。
カズヤは、少しびっくりしたみたいに言う。 「なんか、ちょっと雰囲気が違うね。」 「うん。たまにはね。」 「すごい素敵だ。」 「ありがとう。」
何だかカズヤは緊張してるみたいだ。 「緊張してるの?」 「うん。まあ、ね。会うの久しぶりだし。」
僕はちょっと可笑しくなって、こいついい奴だな、と思った。どんなに姉にほったらかされてても忠実な犬みたいに姉を待っているにちがいない。
「ねえ。ここ、何が美味しいの?」 わざと、ちょっと甘えた口調で僕は言う。
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「ごちそうさま。」 カズヤに誘われて、カズヤの部屋でくつろぐ。
身の危険を感じたら、帰ろう。僕はそう決めている。男と変な関係になる趣味はない。
「もうちょっと飲む?」 「うん。ビールくれる?」 「ビール?珍しいな。きみがビール飲むなんて。」 「たまにはね。」
カズヤの本の趣味。部屋の趣味。さっぱりとして気持ちのいいものだった。男の僕から見ても、無駄がなく、センスがいいのが分かる。姉貴もなかなかのものだ。
カズヤがさっきから迷っている風なのを感じて、僕は問う。 「落ち着かないけど、どうしたの?」 「あ。いや。うん。今日、どうしても言おうと思ってたことがあって。」 「何?」 「ええっと。その。」 「何よ?」 「結婚。」 「え?」 「結婚しないか?」 「ええー??」 「すぐに返事しなくていいから。」 「・・・。」 「考えてくれるだけでいいんだ。」
こんな大事な事、僕が聞いちゃっていんだろうか?
「ずっと考えてた。」 「・・・。」 「僕にはきみしかいないと思ってる。」 「ちょ、ちょっと待って。なんであたしなの?」
僕は、思う。そうだよ。結婚に一番不向きな女だぜ。
「なんでって。そうだな。君の良さを知ってるから。」 「どんな?あたしなんか、ただのわがままな女だよ。」 「知ってるんだよ。」 「何を?」 「きみが誰より怖がりだってこと。」 「怖がり?」 「ああ。怖がり。きみがいつだって強気な態度を取るのは本当は怖がってるからってこと。僕を拒むのも、本当は怖いからだってこと。誰かと愛し合えば、いつか、その相手がいなくなるのが怖くなるって言ってただろう?何かを所有してしまえば、それを失くすのが怖いって。」 「そんなこと言ったっけ?」 「ああ。」 「覚えてない。」 「いいさ。僕に言えるのは、きみがそういう一面を持っていることを僕は知ってるってことだけ。」 「行きたいと思ったら、仕事も家庭も放り出してどこにでも行っちゃう女だよ?」 「知ってる。行かずにはいられないんだろう?だからこそ、帰る場所が必要だよ。人は戻る場所があるから、旅立てるんだ。」 「そんなことで結婚する理由になるの?」 「いつまでも、弟さんに頼ってはいられないだろ?」
僕は、なぜかその時泣いていた。
「きみが泣くなんて。」 カズヤは、そっと僕の肩に手を回した。
僕は嫌じゃなかった。男に抱かれる趣味はないけれど。
カズヤは、だが、僕がそのまま眠ってしまうまで、ただじっと肩を抱いていただけだった。決して無理に抱こうとしなかった。カズヤの心臓の音が響いて、僕はただ、心が安らぐ。
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次の日、カズヤが眠っている時間に起き出して、僕は自分の部屋に戻った。なんだか、これ以上カズヤの傍にいるのが怖かった。
僕は、僕だけど、姉だった。幼い子供のように怯え、求めていた。あんな風に包まれたら、その中にいるのが怖くてしょうがなくなるに決まってる。
僕は、その日から、カズヤに抱かれる夢を見ながら眠った。姉さん、早く帰って来てよ。
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姉は旅立ってから二ヶ月後、元気な顔で戻って来た。僕の元に戻って来た僕の肉体はとても元気そうだった。
「最初の一週間はずっと下痢しててさあ。」 なんて笑う姉を見て、僕は何だか泣きたいような、変な気分だった。
「どうしたの?」 「プロポーズされた。」 「あんたが?」 「まさか。姉さんだよ。カズヤさんに。」 「ふうん。」 「まだ返事してないから。返事してあげてよ。ね。どうすんの?」 「分かんない。急だし。」
姉は少しまじめな顔になり、 「じゃあね。」 と言って荷物を抱え、出て行ってしまった。
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まさか。
と思っていたのに、姉は彼と結婚する、と電話してきた。僕の胸はキリリと痛んだ。
それから、一度だけ。僕はカズヤと会った。僕のほうの家族とカズヤで一緒に食事をしよう、という事で呼ばれたのだ。
カズヤは、あの日と同じ目をして、僕を見た。 「こういうこと言ったら失礼かもしれないですけど、顔はあんまりお姉さんとは似てないですね。」 「そうかもしれません。」 「だけど、性格は似てる。」 「え?そうですか?全然違いますよ。」 「そうかな。僕が知ってる彼女ときみは、びっくりするぐらい似てる。」 「それなら、やっぱり姉弟だからでしょうね。」
僕は、彼の視線を受け止めるのが辛くて、窓の外に目をやる。
「ユキエさんが結婚を承諾してくれるとは思わなかった。」 「姉はあなたを信頼してましたから。」 「どうかな。だけど、何となくきみの存在が関係してると思ってるんです。」 「まさか。姉はいつだって自分で何でも決める。」
僕らは、別れ際、握手を交わした。
僕は一瞬、また泣き出すかと思った。彼の手はそれぐらい大きくて温かかった。
僕は、姉の結婚式には出席しなかった。前から誘いがあった知人との共同事業に参加するためにドイツに越すことにしたのだ。
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電話で姉は、 「寂しいわ。」 と言った。
「姉貴らしくないなあ。そんな弱音。」 「そうかしら。」
姉のお腹には、新しい生命が宿っていた。最近の姉はどことは言えないが変わったと思う。多分、怖がらなくなった。いや。それは正確じゃないかな。怖がってもいいんだって、分かったってことか。彼が。僕が。彼女を愛する全てが、彼女を支えていること。
「子供の名前ね。もう決めてるの。彼が決めたのよ。」 「なんて?」 「ヨシノリ。あなたのヨシキっていう名前から一文字もらったの。」 「ねえ。一つだけ教えてくれよ。」 「なあに?」 「どうして、カズヤさんとの結婚に踏み切ったの?あんなに自由に生きるって言ってたのにさ。」 「嫉妬かな。」 「嫉妬?」 「ええ。」 「まさか。カズヤさんは姉貴にぞっこんだったよ。」 「弟にね。嫉妬したの。馬鹿みたいでしょ?誰にも内緒よ。」
姉は照れくさそうに笑って、電話を切った。
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いつか。
いつか、僕は、可愛らしい花嫁をもらうだろう。
姉に負けないぐらい幸福な家庭を築き、それから、子供も。
そうして、父としてこんなことを訊かれるかもしれない。 「ねえ。上手に人を愛するってどういうこと?」
僕は何て答えるだろう?
愛することで、僕が素敵に変わり、愛されることで、相手が素敵に変わる。そんなことかもしれないよって、言うだろう。
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