セクサロイドは眠らない
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2003年10月27日(月) |
私は、五つの時に母にこの、はずれない仮面をかぶせられた。誰も仮面と気付かない仮面。 |
「驚いたな。まさかきみが・・・。」
彼と会ったのは何年ぶりだろうか。私は無理に微笑もうとするが上手くいかない。
彼はしばらく私から目を離せずに、まぶしいものを見るように目を細めた。一言も発しないままに、私達はたくさんの会話を交わしたように感じた。
「あなた。」 背後から女性の声がする。
「妻と一緒なんだ。妻の叔母の墓参りに来てて。」 「あなた、遅れるわよ。」 尚もその女性は彼を呼ぶ。
男は慌てて妻の元に戻り、私はその場に立って彼らを見送る。
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「私、彼と結婚するわ。」 その、まだ少女と言ってもおかしくないような若い女が私に言う。
「彼がそう言ったの?」 「いいえ。まだよ。でも、彼の心は決まっている筈。」 「彼が好きなのね?」 「ええ。」 「私もよ。」 「嘘。」 「どうして疑うの?」 「どうしてって。あなたは冷たいわ。彼がそう言ったの。取り乱したところを見た事がないって。」 「じゃあ、あなたは?温かいの?彼に何をしてあげられるの?」 「少なくとも、彼の心を思って泣くことはできるわ。あなたはたしかに美しいかもしれない。だけど、みんな噂してるわ。あなたが、そのしわ一つない美貌を守るために、泣くことも笑うこともしないって。」 「噂が何だっていうのかしら。噂なんか何の足しにもなりゃしないのに。」 「ともかく。私、彼を信じてるの。」 「そう。」
私は、挑むような女の目を見返した。愛は、闘いの中にあるのだろうか?愛は人々の噂の中に?それとも、美しい涙の中?
「帰るわ。あなた、まるで人形みたいに冷たい。」 「そうね。お帰りになるといいわ。」
彼女は、帽子を取り上げると、大きな音を立ててドアを閉め、去って行った。
私は小さく溜め息をついて、ソファに腰を下ろす。足元に、犬のランドが寄って来て腰を下ろす。 「あんたも大変だね。」 ランドは言う。
「いいのよ。」 「本当に損な性分だ。」 「犬に言われたくはないわ。」
私はグラスのブランデーを飲み干す。
「ねえ。今度あの女が来たらさ・・・。」 「お黙り。」
ランドは、立ち上がりすごすごと部屋を出て行く。全くうるさい犬。実家から連れて来たその犬は、おしゃべりがひどいが故に魔法で犬にされた家臣だ。
私は、もう、フラフラになるまで酒を飲み、ソファの上にうつぶせになって、仮面を剥がし踊る夢を見る。
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「風邪、引くよ。」 ランドが起こしに来る。
「あの人は?」 「今夜も遅いみたいだ。この調子なら、また、明日の朝のお帰りだろうよ。」 「そう。」
私はノロノロと立ち上がり、夫婦の寝室に向かう。
ランドは、部屋の外まで一緒に来て、私がベッドに倒れこむのを見届けると立ち去ろうとした。
「待って。一緒に寝てよ。」 「いいのかい?俺、おしゃべりだぜ。」 「いいの。一人きりじゃ、このベッド広過ぎるもの。」 「分かったよ。付き合うよ。」
私は、手のひらにブランデーを垂らす。ランドはそれを舐めて、ニヤリと笑う。
「ねえ。ひどいもんよね。あんたは、犬にされて。私は、この外せない仮面を永久にかぶってなきゃならない。」 「でも、俺、あんたの仮面、好きだな。」 「私もあんたの間抜け面が好きよ。」
私は、五つの時に母にこの、はずれない仮面をかぶせられた。誰も仮面と気付かない仮面。だけど、この仮面のせいで、私は五つの時から泣くことができなくなった。母はしょっちゅう私に言った。男の人の前で泣いちゃ駄目よ。泣いたって何にもならない。負けるだけ。ねえ。あなたは泣かない女になりなさい。そうして、たくさんの男を泣かせなさい。
父に捨てられて泣いてばかりの母にかぶせられたこの仮面のせいで、確かに私は泣かなかった。何とか私の泣いた顔を見たいと、多くの男達が闘志を燃やした。
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「すまない。」 そう言って夫が出て行く時も、もちろん私は泣かなかった。
「一つだけ教えて。」 「なんだ?」 「原因は私のせい?」 「いや。きみのせいじゃない。」 「じゃあ、何が悪かったの。」 「僕のせいだ。彼女の涙に抗えなかった。」 「私も泣くことができれば良かった。」 「きみのその誇り高き横顔を愛していた。だが、僕も愛されたかったのさ。僕はきみみたいに強くない。」
私は何も言わなかった。彼は鞄一つ下げただけで、出て行ってしまった。
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「ねえ。死んでしまいたいわ。」 「縁起でもないこと言うなよ。」 「夫が出て行った夜に死んだら、少しは私だって可哀想と思ってもらえるんじゃないかしら?」 「可哀想って思われたってしょうがないよ。人生は、笑った方が勝ちなんだから。」 「だって、しょうがないじゃない?笑う事も泣く事もできなのに。生きてたってしょうがない。」 「まあ、待ってくれよ。僕、いろいろ調べたんだよ。それで分かったのさ。きみの仮面の外し方。」 「どうやって外すの?」 「涙草って草があるんだ。それを煎じて飲めばいい。」 「それはどこにあるの?」 「遠い遠いところ。僕が取って来てやるよ。」 「いつまで待てばいい?」 「信じてて。」
ランドはそう言い残して出て行った。
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三月が過ぎ、私は、顔だけではなく、心まで硬くこわばってしまっていた。
「ただいま。」 その痩せた犬は、確かにランドだった。
口に咥えた草は、随分としおれてしまっていた。
「これが涙草?」 「ああ。」
私はそれを両手で受け取った。
ランドは、にっこりと笑った。
「ねえ。誰か。この犬を洗って綺麗にしてやって。」
ランプの明かりの下で、涙草のお茶を一口。二口。
「おいしい。」 私は、顔が奇妙に歪む。
「それを笑うって言うんだぜ。」
頬が温かい。そっと手をやると、濡れていた。
「泣いてるよ。あんた、泣いてる。」 「ああ。これが、泣くってことなのね。」 「どうだい?」 「変な感じ。悲しいのに、甘い感じ。」 「綺麗だよ。とっても。」 「私が?」 「馬鹿だな。あんたの涙だよ。」
私は、笑い、そうして、ランドの首にすがりついて、更に泣き笑いする。
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朝起きた時、ランドは冷たくなっていた。
硬くなった体には、たくさんの傷がついていて、彼の旅が激しいものだと初めて知った。
私は、泣いた。昨日の涙よりずっとしょっぱい涙をたくさん流した。心がキリキリと痛んだ。
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ランドの墓に花束を置き、立ち上がる。
また、涙が出て来る。
私は、幼い日の分まで、今になって涙を流しているのだろうか?
「驚いたな。まさかきみが・・・。」 その初老の男は、かつての私の夫だった。
まさかきみが泣くなんて。って思ったのね。
私は、やさしい涙で、彼とその妻を見送る。
私が大人になってから初めて流した涙は、最初甘く、二度目はとてもしょっぱかった。その二つの涙が、私のそばにあった愛に気付かせてくれた。いつか、一緒のお墓に入るまで、待っていて。
ランド。
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