セクサロイドは眠らない
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2003年10月18日(土) |
私の体は、役に立つだろうか?私の体は、彼の歓心を得るためにあっさりと彼の前に差し出された。 |
今日は花でも買って帰ろうか。
そんな事を考えるのも、あの花屋の新しい店員のせいだった。
この前の日曜日、知人が声楽のリサイタルをするから、というので、普段は立ち寄らない花屋に足を向けたのだった。その青年は、私が迷っていると、少し首を傾げながら、手早く鮮やかな色の花を選び、あっという間に花束を作ってしまった。そうしてニッコリと差し出すその花束を受け取って初めて、私は青年が言葉をしゃべることができない事に気付いたのだった。
花の値段は、思ったよりもずっと高かった。だが、その青年が、もの言わぬ唇に笑みを浮かべて差し出した花束を、誰が断る事ができるだろう。
私は、彼から笑顔で花束を手渡された瞬間、恋に落ちたのだった。
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花に過剰な意味を持たせるからいけないのだ。花は、花だ。ただ、部屋に飾ればいい。習慣にしてしまえばいい。いつも花を飾る生活をしていたならば、花が枯れるたび、青年に会いにゆけるではないか。
私は、青年が差し出す、少し値段の張る花束を買うために、足しげくその花屋に通った。
ある日の夕方。
青年は、私に気付くと、ああ、という表情でうなずいた。私はそれが、馴染みの客だけに見せる親しみの態度だと感じ、激しい喜びに包まれた。
その日、花を受け取る時、私は思わず彼の手を握り締めた。
彼は驚いたようだったが、すぐにいつものあの笑顔。無垢で輝くような笑顔で、私の手を握り返した。
心が通じ合ったと思った。
次の日も。その次の日も。
私は店に通った。
そうして、ある日、とうとう、彼が店での仕事を終えるのを待って、彼を私の部屋へと誘った。
彼を私のものにしなくちゃ。私だけのものに。こんなに美しくて無防備なものが何からも守られずにいるのは危険だもの。
そのためには何をすればいいのか、私には分からなかった。
私の体は、役に立つだろうか?
私の体は、彼の歓心を得るためにあっさりと彼の前に差し出された。
彼は、思ったよりずっと手際良く私の体を操り、私は、新たな彼の一面を見てほんの少し怖くなる。
だが、彼の無言の愛撫は、激しい情熱のように思えた。
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いつまでも火照りの冷めない私の横で、彼はあっという間に眠ってしまった。まるで、言葉がないということは、思考もしないということかのように。
私はその子供のようにあどけない顔に口づけて、一晩中眠れないのだった。
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彼より仕事が早く終わる日は、必ず彼が仕事を終えるのを待って一緒に帰った。帰る間ずっと、私がその日の出来事をしゃべる。それが幸せだった。彼はどうなんだろう?私といて幸せだろうか?
言葉がないのは不安だった。道行く恋人達がどうしてあんなに夢中になって語り合うのか、分かる。そうしなければ、愛がどこにあるのか見えないから。声を聞きたい。そうして、言葉で愛されたい。私は、ただ、そう願った。
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ある日のこと。
店に、黒い服の女が立っていた。昔は美しかっただろうその顔には深い深い皺が刻まれていた。
女は何やら彼に向かって悪態をつき、彼は何を言われてもいつもの微笑を浮かべていた。
女は私に気付くと、足早にそこを去った。
「誰だったの?」
彼は、知らないという顔で、私の方を見なかった。
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それからも時折彼の周りに姿を見せる、彼の昔の女にちがいないと思い、その女を、私は「魔女」と、心の中で呼んだ。
「ねえ。どこか旅行に行かない?あんな女の来ないところ。」 私は、彼に言った。
二人だけの世界に、ずっといたかった。彼以外の誰もいない場所でゆっくりしていたかった。
その時、ドアチャイムが鳴った。
「誰かしら?」
ドアを開けると、そこに魔女がいた。
「ちょっといいかしら?」 「こんなところまで押しかけてきたの?」 「悪いと思ったけどね。」 「あなた、一体誰?」 「私?私はね。あの子の母親よ。」
そう、魔女が言うと、拗ねたような顔の彼は、部屋を出て行ってしまった。
「もう、彼は立派な大人です。私達に構わないで。」 「ええ。ええ。そうね。」 「私、あなたが嫌い。」 「それは残念ね。あなたの母親になれるかもしれないところだったのに。」 「私、彼と私の間に割り込んでくるものは何もかも嫌い。」 「そりゃ、まあ。よくぞ息子にそこまで惚れ込んでくださったわねえ。」 「ねえ。帰って。お願い。ここは私達の部屋よ。」 「分かったわ。あなた、昔の私にそっくり。」 「やめてっ。そんな魔女みたいな顔で言わないで。」 「魔女ですって?あははは。おかしな娘さんね。でも、そうね。私があの子の声を奪ったのよ。」 「ひどい・・・。」 「あの子、今だってしゃべろうと思えばしゃべることができるの。」 「嘘。」 「嘘じゃないわ。」 「ねえ。お願い。だったら、あの人に声を返してあげて。」
そう。たった一言、愛していると。そう言って欲しい。
「そんなこと言われてもねえ。」 「ねえ。お願い。」 「分かったわ。そこまで言うなら。」 「それからもう、私達の前には現われないで。」
魔女は、、ドアを開け、そこで立ち尽くしている我が子に何事かささやいた。
「催眠術をかけてたのよ。あんまりひどかったんですもの。でも、本当にこれで良かったのね。絶対、この魔法だけは解くまいと思ってたのに。私は母親だから何だって受け止めるつもりだったけれど。他人に迷惑を掛けることだけは許せなかったの。あなたはどうかしら?」
魔女はそう耳元でささやくと、風に髪を乱して行ってしまった。
彼は、今、いつもの微笑みを浮かべている。
「ねえ。お願い。私の名前、呼んで。」 私はかすれた声で、懇願する。その時をずっと夢見ていた。彼の声が私の名前を呼び、愛しているとささやくシーンを。
だが、彼の美しい唇からこぼれ落ちた言葉は、ただ、 「いやだよ。」 と、一言。耳を覆いたくなるような、冷たく不愉快な声だった。
「あんたなんか、愛してないさ。」 彼は、ゲラゲラと笑った。
「どうして?あなた、どうかしたの?」 「どうもしやしないさ。これが、僕。そうだ。あんたいいセンスしてるよ。あの女、魔女さ。僕の声を奪ったんだ。あの女のことも、僕は一度だって愛さなかった。だから、腹いせに声を奪ったのさ。だが、今ようやく僕の声が戻って来た。」
ゲラゲラゲラゲラ。
ただ、醜い声は、それから醜い言葉を次々と吐き出し続ける。
どうして天使の微笑みなんて思ったんだろう。
それから、あの女は、本当に魔女だったのかもしれない。私のただ一つの願いを叶えるため。それとも、私を不幸にするために、現われた。
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