セクサロイドは眠らない
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2003年10月16日(木) |
「ええ。あなたがうらやましいですよ。こんな不景気にウサギをやるってのはいい考えです。」 |
ため息をつきながら見上げるには、空はあまりにも青く高い。
私は、公園のベンチでどこに行くあてもなく冷えた缶コーヒーを握りしめていた。会社へは、「免許の更新があるから」という理由を言って休みを取っている。だが、免許の更新など行く気はなかった。免許なんてなければいいのだ、と、何となく思った。会社の営業車に乗らずに済むから。もちろん、それが馬鹿馬鹿しい考えだとは分かっている。免許がなければ、歩いて。電話で。メールで。どんな方法だって、物を売る事はできるのだから。
さっきから三十分ほどしか経っていない。今日一日は長い。どうやて過ごしたものかとぼんやり考えるが、何も思いつかない。趣味らしい趣味もなく愚鈍に仕事を続けてきたせいで、時間の潰し方さえ知らないのだ。
どうしよう。
「おや。珍しいね。」 突然、誰かに話し掛けられる。
私はびっくりしてベンチの隣に視線をやると、そこにはウサギが座っていた。
「やあ。」 「・・・。」 「僕は、ウサギだよ。で、きみは、○○社の営業部の人だろう?」 「ええ。よく知ってますね。」 「うん。」 「で、ウサギさんは、今日はどうしてここに?」 「きみが話し相手を欲しそうにしてたから。」 「話し相手、ですか。」 「うん。話し相手。こういう時は、誰かと話すのが一番いいんだ。孤独を感じなくて済むし、時間を潰す事ができる。」 「それもそうですねえ。でも、私は口下手なんですよ。仕事以外に話題もなくてね。」 「じゃあ、仕事の事を話題にしたらいい。」 「仕事の事って言われても。」 「今日は行かなくていいのかい?」 「ええ。今日はサボっちゃおうかと思いましてね。今の会社に入ってから二十四年。初めてのサボりですわ。」 「僕なんか人生をサボり出してからもう随分経つけどね。」 「仕事は何をされてるんですか?」 「仕事?してないよ。だって、ウサギだもの。仕事をしているウサギって、きみ、見たことある?」 「ないですけど。」 「だろう?」
ウサギは、足をぶらぶらさせて気楽そうだ。
「あの。ご家族は?」 「いないよ。」 「そうですか。じゃあ、家族を食べさせる心配なんてのもしなくていいですね。」 「ああ。そうだねえ。」 「うらやましいですよ。」 「何で?きみは、気に入った仕事と、大事な家族がある。素晴らしいことじゃないか。」 「そうでもないですよ。大事なものってのは、少しずつ少しずつ重くなって、自分の足腰が弱った時には支えきれなくなってしまうんです。」 「ふうん。弱気だな。」 「もう限界ですよ。ボーナスは今年はなしでしょうね。今でさえ、貯金を少しずつ切り崩してるっていうのに。」 「かあちゃんに怒られるってか。」 「ええ。でも、妻も心配してくれててね。夜も眠れないみたいなんです。」 「かあちゃん、働いてるの?」 「いえ。どうせ働いてもろくな給料もらえるところがないって。」 「そりゃ駄目だな。人間、暇だから余計な心配するんだよ。ちゃんと言ってやれよ。自分の食べるニンジンくらい自分で育てろってね。」 「ニンジン?」 「うん。ニンジン。」
そういって、ウサギは手にもったニンジンをカリカリと食べる。
「それ、あなたが育てたニンジンですか?」 「いいや。ウサギは、ニンジンは育てない。これ常識。」 「はあ。」 「で?何でボーナスが出ないんだい?」 「営業成績がさっぱりでしてね。若い者は、メールやら、パソコンを使ったプレゼンやら、上手いことやってましてね。それに比べて私は、どうもねえ。」 「仕事、辞めたいのかい?」 「それも考えたんですが、仕事を辞めたところでこのご時世でしょう?再就職も難しいでしょうね。」 「あれも無理。これも無理、か。」 「ええ。あなたがうらやましいですよ。こんな不景気にウサギをやるってのはいい考えです。」 「だろう?」 「ええ。」 「きみもやってみる?」 「私でもやれるんですか?」 「うん。手始めに、そうだな。そのカシミヤのマフラーね。それ、こっちに寄越しなよ。」 「え?これですか?」 「ああ。ウサギはマフラーなんかしないからなあ。」 「それもそうですね。」
私は、ウサギに、首に巻いていたマフラーを手渡す。
「手入れがいいね。」 「もう随分長いこと、大事に使ってるんです。」 「じゃあ、次は、コートだ。」 「いや。これを脱ぐとちょっと寒いでしょう?」 「何言ってるんだよ。コート着てるウサギはいないって。」 「分かりました。」 「ふうん。これもなかなかなものだな。」 「十年前に買ったんです。」 「大事に着てたんだねえ。」 「ええ。」 「じゃ、次は靴だ。」 「靴、ですか。」 「うん。靴だ。」 「大事に履いてくださいよ。」 「分かってるって。あんたが毎晩きちんと手入れしてるのは知ってるよ。」 「ええ。靴は営業マンの命ですからね。」 「じゃあ、ますます不要なものってわけだ。で、だな。足が軽くなったところで、こうやって足をぶらぶらさせてみな。」 「こう・・・、ですか?」 「ああ。そうだ。うん。もっと軽やかに。何にも考えずに頭を空っぽにするんだよ。」 「やってみます。」
ウサギがやるほどに簡単にはいかなかったが、それでもコートと靴から解放された体は随分と軽かったから。
ぶらぶら。ぶらぶら。
ぶらぶら。ぶらぶら。
ふと隣を見ると、白髪の紳士がそこでにこやかに微笑んでいる。品のいいコートに身を包み、きっちりと巻かれたマフラーが暖かそうだ。手には、いい感じに古びた鞄が下げられている。
「ちょ、ちょっと。それは私のですよ。」 「もう、僕がもらったよ。きみはウサギだ。こういったものは必要ないからね。」 「待ってくださいよ。そればっかりは、あなたにあげるわけには行きません。」 「じゃあ、何を捨てるんだね。奥さんかい?もうすぐローンを払い終わる、あの家かい?それとも、つまらない仕事?」 「まだ捨てるとは・・・。」 「じゃあ、死んでも離さないことだな。」 「ええ。ええ。死んでも離しやしませんよ。」
私は、小さなウサギの体で、相手に飛び掛り、コートをマフラーを、剥ぎ取る。
「はは。まだ、そんなファイトがあるんだな。」
ウサギの声が高らかに響く。
やっと全てを取り戻して、私は、髪の乱れを直し、ハンカチを取り出して靴を拭く。
「身だしなみは営業マンの命。」 隣でウサギが楽しそうに笑っている。
「からかったんですね。」 「まあね。」 「恥ずかしながら、私は何一つ手放せないみたいです。」 「ああ。分かってるよ。」 「どうやったって、あなたにはなれない。あなたはこんな私を見て、未練がましい男だと思うでしょうねえ。」 「思わないよ。あんたは、関わった物全てを大事にする男だ。そういう男が今の時代に営業やってるってのは、さぞかしお客も安心だろうねえ。」 「そうでしょうか。」 「ああ。そうだよ。今日は、これから会社に行きなよ。あんた、会社が好きなんだろう?」
ウサギは、ピョンとベンチを飛び降りると、そのまま跳ねてどこかに行ってしまった。
私は、手にしたままの空き缶をゴミ入れに放り込むと、携帯電話を取り出す。
「ああ。私だ。どうかね?え?何?」 「それが。どうしても富永さんじゃないと駄目ってお客がいて。」 「どうして?」 「『いつものを頼む』って、それだけ言われて、僕が聞き返したらえらく怒り出しまして。すみません。」 「ああ。木田の社長さんね。すぐフォロー入れとくわ。」 「頼みます。引き継ぎがちゃんとできてなくて申し訳ないです。」 「昼には会社に行くから。」 「分かりました。すみません。お休みのところ。」 「いいんだ。」
結局のところ。大切なものが多いってのは、こうやって振り回されるって事だな。
公園内の「ふれあい広場」ではウサギの親子がニンジンを食べている。たまにはあの囲いから外に出たくもなったりするのだろう。
私は、内ポケットに携帯電話をしまうと、会社に向かって歩き出す。
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