セクサロイドは眠らない

MAIL  My追加 

All Rights Reserved

※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →   [エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう  俺はさ、男の子だから  愛人業 

DiaryINDEXpastwill


2003年10月16日(木) 「ええ。あなたがうらやましいですよ。こんな不景気にウサギをやるってのはいい考えです。」

ため息をつきながら見上げるには、空はあまりにも青く高い。

私は、公園のベンチでどこに行くあてもなく冷えた缶コーヒーを握りしめていた。会社へは、「免許の更新があるから」という理由を言って休みを取っている。だが、免許の更新など行く気はなかった。免許なんてなければいいのだ、と、何となく思った。会社の営業車に乗らずに済むから。もちろん、それが馬鹿馬鹿しい考えだとは分かっている。免許がなければ、歩いて。電話で。メールで。どんな方法だって、物を売る事はできるのだから。

さっきから三十分ほどしか経っていない。今日一日は長い。どうやて過ごしたものかとぼんやり考えるが、何も思いつかない。趣味らしい趣味もなく愚鈍に仕事を続けてきたせいで、時間の潰し方さえ知らないのだ。

どうしよう。

「おや。珍しいね。」
突然、誰かに話し掛けられる。

私はびっくりしてベンチの隣に視線をやると、そこにはウサギが座っていた。

「やあ。」
「・・・。」
「僕は、ウサギだよ。で、きみは、○○社の営業部の人だろう?」
「ええ。よく知ってますね。」
「うん。」
「で、ウサギさんは、今日はどうしてここに?」
「きみが話し相手を欲しそうにしてたから。」
「話し相手、ですか。」
「うん。話し相手。こういう時は、誰かと話すのが一番いいんだ。孤独を感じなくて済むし、時間を潰す事ができる。」
「それもそうですねえ。でも、私は口下手なんですよ。仕事以外に話題もなくてね。」
「じゃあ、仕事の事を話題にしたらいい。」
「仕事の事って言われても。」
「今日は行かなくていいのかい?」
「ええ。今日はサボっちゃおうかと思いましてね。今の会社に入ってから二十四年。初めてのサボりですわ。」
「僕なんか人生をサボり出してからもう随分経つけどね。」
「仕事は何をされてるんですか?」
「仕事?してないよ。だって、ウサギだもの。仕事をしているウサギって、きみ、見たことある?」
「ないですけど。」
「だろう?」

ウサギは、足をぶらぶらさせて気楽そうだ。

「あの。ご家族は?」
「いないよ。」
「そうですか。じゃあ、家族を食べさせる心配なんてのもしなくていいですね。」
「ああ。そうだねえ。」
「うらやましいですよ。」
「何で?きみは、気に入った仕事と、大事な家族がある。素晴らしいことじゃないか。」
「そうでもないですよ。大事なものってのは、少しずつ少しずつ重くなって、自分の足腰が弱った時には支えきれなくなってしまうんです。」
「ふうん。弱気だな。」
「もう限界ですよ。ボーナスは今年はなしでしょうね。今でさえ、貯金を少しずつ切り崩してるっていうのに。」
「かあちゃんに怒られるってか。」
「ええ。でも、妻も心配してくれててね。夜も眠れないみたいなんです。」
「かあちゃん、働いてるの?」
「いえ。どうせ働いてもろくな給料もらえるところがないって。」
「そりゃ駄目だな。人間、暇だから余計な心配するんだよ。ちゃんと言ってやれよ。自分の食べるニンジンくらい自分で育てろってね。」
「ニンジン?」
「うん。ニンジン。」

そういって、ウサギは手にもったニンジンをカリカリと食べる。

「それ、あなたが育てたニンジンですか?」
「いいや。ウサギは、ニンジンは育てない。これ常識。」
「はあ。」
「で?何でボーナスが出ないんだい?」
「営業成績がさっぱりでしてね。若い者は、メールやら、パソコンを使ったプレゼンやら、上手いことやってましてね。それに比べて私は、どうもねえ。」
「仕事、辞めたいのかい?」
「それも考えたんですが、仕事を辞めたところでこのご時世でしょう?再就職も難しいでしょうね。」
「あれも無理。これも無理、か。」
「ええ。あなたがうらやましいですよ。こんな不景気にウサギをやるってのはいい考えです。」
「だろう?」
「ええ。」
「きみもやってみる?」
「私でもやれるんですか?」
「うん。手始めに、そうだな。そのカシミヤのマフラーね。それ、こっちに寄越しなよ。」
「え?これですか?」
「ああ。ウサギはマフラーなんかしないからなあ。」
「それもそうですね。」

私は、ウサギに、首に巻いていたマフラーを手渡す。

「手入れがいいね。」
「もう随分長いこと、大事に使ってるんです。」
「じゃあ、次は、コートだ。」
「いや。これを脱ぐとちょっと寒いでしょう?」
「何言ってるんだよ。コート着てるウサギはいないって。」
「分かりました。」
「ふうん。これもなかなかなものだな。」
「十年前に買ったんです。」
「大事に着てたんだねえ。」
「ええ。」
「じゃ、次は靴だ。」
「靴、ですか。」
「うん。靴だ。」
「大事に履いてくださいよ。」
「分かってるって。あんたが毎晩きちんと手入れしてるのは知ってるよ。」
「ええ。靴は営業マンの命ですからね。」
「じゃあ、ますます不要なものってわけだ。で、だな。足が軽くなったところで、こうやって足をぶらぶらさせてみな。」
「こう・・・、ですか?」
「ああ。そうだ。うん。もっと軽やかに。何にも考えずに頭を空っぽにするんだよ。」
「やってみます。」

ウサギがやるほどに簡単にはいかなかったが、それでもコートと靴から解放された体は随分と軽かったから。

ぶらぶら。ぶらぶら。

ぶらぶら。ぶらぶら。

ふと隣を見ると、白髪の紳士がそこでにこやかに微笑んでいる。品のいいコートに身を包み、きっちりと巻かれたマフラーが暖かそうだ。手には、いい感じに古びた鞄が下げられている。

「ちょ、ちょっと。それは私のですよ。」
「もう、僕がもらったよ。きみはウサギだ。こういったものは必要ないからね。」
「待ってくださいよ。そればっかりは、あなたにあげるわけには行きません。」
「じゃあ、何を捨てるんだね。奥さんかい?もうすぐローンを払い終わる、あの家かい?それとも、つまらない仕事?」
「まだ捨てるとは・・・。」
「じゃあ、死んでも離さないことだな。」
「ええ。ええ。死んでも離しやしませんよ。」

私は、小さなウサギの体で、相手に飛び掛り、コートをマフラーを、剥ぎ取る。

「はは。まだ、そんなファイトがあるんだな。」

ウサギの声が高らかに響く。

やっと全てを取り戻して、私は、髪の乱れを直し、ハンカチを取り出して靴を拭く。

「身だしなみは営業マンの命。」
隣でウサギが楽しそうに笑っている。

「からかったんですね。」
「まあね。」
「恥ずかしながら、私は何一つ手放せないみたいです。」
「ああ。分かってるよ。」
「どうやったって、あなたにはなれない。あなたはこんな私を見て、未練がましい男だと思うでしょうねえ。」
「思わないよ。あんたは、関わった物全てを大事にする男だ。そういう男が今の時代に営業やってるってのは、さぞかしお客も安心だろうねえ。」
「そうでしょうか。」
「ああ。そうだよ。今日は、これから会社に行きなよ。あんた、会社が好きなんだろう?」

ウサギは、ピョンとベンチを飛び降りると、そのまま跳ねてどこかに行ってしまった。

私は、手にしたままの空き缶をゴミ入れに放り込むと、携帯電話を取り出す。

「ああ。私だ。どうかね?え?何?」
「それが。どうしても富永さんじゃないと駄目ってお客がいて。」
「どうして?」
「『いつものを頼む』って、それだけ言われて、僕が聞き返したらえらく怒り出しまして。すみません。」
「ああ。木田の社長さんね。すぐフォロー入れとくわ。」
「頼みます。引き継ぎがちゃんとできてなくて申し訳ないです。」
「昼には会社に行くから。」
「分かりました。すみません。お休みのところ。」
「いいんだ。」

結局のところ。大切なものが多いってのは、こうやって振り回されるって事だな。

公園内の「ふれあい広場」ではウサギの親子がニンジンを食べている。たまにはあの囲いから外に出たくもなったりするのだろう。

私は、内ポケットに携帯電話をしまうと、会社に向かって歩き出す。


DiaryINDEXpastwill
ドール3号  表紙  memo  MAIL  My追加
エンピツ