セクサロイドは眠らない

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2003年10月15日(水) 彼を見るまなざしは、誘っているようにも、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。

今日、私の15の誕生日だ。

彼が仕事から帰ってくるのを待って、私は食事のためのドレスに着替える。滅多な事では外に出ないから、普段はジーンズばかり穿いているのだが、月に一度だけきちんとした格好をして夕食を取るのが私達の習慣だった。

彼は、いつも、同じ時刻にきちんと帰って来る。

「おかえりなさい。」
「ああ。ただいま。」
「どう?」
「うん。なかなかいい。だが靴はこの前買ったもののほうがいいな。」
「もったいなくて。」
「いいから。今日は外に出るんだよ。」
「外?」
「ああ。外だ。」

外、と言われて、私はほんの少し緊張する。彼と家の中で夕食を食べるとばかり思っていたから。

「早くしなさい。」
「ええ。」

私は慌てて靴を取りに部屋に行く。彼は時間にうるさい。

「うん。それでいい。」
彼は満足そうに微笑むと、私の方にそっと肘を向けて来る。私はその腕に、私の手をからめる。

「どこへ行くの?」
「素敵なところだ。」
「うちで食べるんだとばかり思ってたから。」
「今日は特別だからね。きみは今日、15になった。そして、来年は16になる。」

車が止まったのは、何の看板も出ていない店の前。

「今日は、きみは何も言わなくていい。ここにいる人達にはきみの事は説明してあるから、彼らも何も訊かないだろう。」
「彼ら?」
「ああ。僕の友人達だ。」

私は、心臓がドキドキする。いつも、彼の知人が来る時は私は部屋に入っていなさいと言われるから。

今日が特別、という事の意味が少し分かる。彼は私を自分の友人に紹介してもいいと思っているのだ。

ドアが開かれる。

私は、思わず彼の腕を強く掴む。

「大丈夫だよ。」
彼がささやく。

私は拍手で出迎えられる。赤い絨毯が鮮やかだ。

「これはこれは。」
「可愛らしいね。」
「なかなか見事だ。」
「さぞかし時間が・・・。」

ささやく声が聞こえる。こういう時、周囲に視線を散らすのははしたないことだと彼に教えられているから、私はあごを引いて、足元より少し先の絨毯に視線を落とす。私達は、大勢の男女をかき分けて進む。

「すぐ二人きりになれるから。」
そう耳元でささやかれて、私はうなずく。

彼は、大勢の人々と握手を交わし、軽い挨拶をしながら奥の部屋へと進む。

と、一人の美しい女性が彼の手を握ったまま離さない。

「おい。今日は駄目だよ。」
「あら。冷たいのね。」
「ああ。今日はきみの相手をする日じゃない。」
「分かってるわ。」
「じゃ、離してくれ。」
「この子があなたのペ・・・。」

彼は少し不機嫌そうに女の手を振り解くと、足を早めた。強い香水が離れても尚追ってくる。この香り、どこかで・・・。

私達が案内されたのは、小さな部屋。二人分の食事の用意がされている。

「ここはどこ?」
「クラブだよ。来年、きみは正式にデビューするんだ。」
「・・・。」
「さあ。グラスを取りなさい。」

私のグラスに、シャンパンが注がれる。あれこれ訊くのはみっともない事だと言われているから、私はそれ以上訊かない。

「素敵な場所ね。みんなとっても綺麗。」
「ああ。だが、きみも来年には、正式にここの仲間になるんだからね。」

私はうなずく。ここが、その場所だったのだ。私が今日まで彼から受けて来た教育は、ここで恥ずかしくない振る舞いをするため。心のどこかで焦がれていた場所がここだったのだ。

先ほどの女を思い出す。美しかった。彼を見るまなざしは、誘っているようにも、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。彼とはどういう関係なんだろう。私は、ふいに苦しくなってグラスを置く。

「どうしたの?」
「さっきの女の人のことを考えていたの。そうしたら、なんだか変な気持ちになってしまって。」
「はは。おませさんだね。」
「なあに?」
「きみは嫉妬しているのさ。彼女にね。」
「そうなの?」
「ああ。だが、心配しなくていい。きみは、いずれ彼女より綺麗になるのだから。」

「本当に?私みたいな痩せっぽちの女の子が彼女みたいに?」

「ああ。そうだ。きみは僕が見つけた。輝く宝石となるはずの原石なのだから。」

彼の心地良い声に、私は安心して。

「あまり飲み過ぎるんじゃないよ。」
「ええ。」

--

食事が終わると、彼はまた、来た時と同じように大勢の男女をかき分けて、店の外に出る。

「もう帰るの?」
「ああ。今日はね。来年の今夜、きみは正式にここのメンバーになれる。そうしたら、朝まで騒ぐがいい。皆がきみを歓迎するだろう。」
「楽しみ・・・。」

私は、少しだけ未来の幸福を見せられて、胸の中の何かが膨らむのを感じる。

「今日は早く帰っておやすみ。夜更かしは肌に悪い。」
「ええ。」

私達の家に一歩踏み込むと、そこはいつもの場所。私が15年間の人生のほとんどを過ごしてきた場所。私は、彼におやすみを言って、ベッドに入る。

目を閉じると、この先の未来は幸福な色とりどりの夢となって、私に押し寄せて来た。

その時だった。

ドアを激しくノックする音。

何かが割れる音。

「何なの?」
私は叫ぶ。

彼が大声で何か言っている。

「どこにいるの?」

私の部屋のドアが突然開いて、男達が入って来る。

私は悲鳴を上げる。

私は男達の脇をすり抜けて、彼を探す。彼は額から血を流していた。しがみつく私に小さく、
「誰も信じるな。」
と、一言言うと。彼は手に持った拳銃を自分の頭に向けた。

待って。お願い。どうしようとしてるの?

鋭い音がする。彼の体がドサリと音を立てる。

--

白い部屋で、テレビが一日中点いている。

テレビに映っている小さな女の子の写真は、幼い頃の私だそうだ。

「12年もの間監禁されていた少女は、いまだに怯えていて、監禁当時の様子を一言もしゃべろうとしません。少女が再び元通りの明るい笑顔を見せる日は、果たして来るのでしょうか?」
女が大写しになって、何か言っている。

嘘ばっかり。

私の両親だと名乗る人達は、一週間に一度ここを訪ねて来る。だがしかし、何をしゃべればいいのか。彼らも戸惑っているようで、「元気か」とか「ちゃんと食べているか」とか、そんな事を言うとそそくさと帰って行ってしまう。

テレビに映っている彼の写真も、何だか奇妙だ。名前も私が呼んでいた名前ではないから、別人なのだろう。

彼はどうして一人で行ってしまったのだろう?どうして私を一人置いて?

「ペットという言葉を聞いた事があるか?」

「どこかに、人間をペットとして育てる事を楽しむ集まりがあるというが、きみもペットと呼ばれていたのではないか?」

「大人が大勢集まる場所で何か変な事を強要されなかったかい?」

知りません。知りません。知りません。

私は、あと一年したら彼のお嫁さんになる筈だったんです。私の美しい未来を返してください。こんな薄汚い部屋から、私を外に出してください。


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