セクサロイドは眠らない

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2003年10月11日(土) それからもう一つ。寝室が別なことが、私には寂しかった。私はそんなに魅力がないのだろうか?

深夜のファミレスで、友人と向かい合って冷めたコーヒーをすする。また、一つの恋が終わったの、と電話があって呼び出されたのだ。私はいつも聞き役。

「だからね。結婚してる女が恋愛したってメリットなんかないのよ。バッグやら靴やらは亭主に買ってもらえばいいじゃないかっていう考えですもの。金が掛からない便利な女よ。結婚も迫らないしね。」
友人は、派手な音を立てて鼻をかむ。

「よく分かってるじゃない。」
私は言う。

「ええ。ええ。前も同じような事言ったものね。そうよ。私って馬鹿なのよね。懲りないの。」
「好きになっちゃったらしょうがないもの、でしょ?」
「そう。ある日、私の周りの景色が変わるの。」

恋多き女。そういったらどんな女を連想するだろうか。だが、目の前にいるのは私に似たりよったりの平凡な女。亭主は海外に単身赴任で行ったきり。

「あなたも、相変わらず?」
「ええ。相変わらず。一人よ。」

結婚も恋愛もせずに四十年。料理教室で料理を教えている。仕事柄、接するほとんどが女性だからか。ともかく、恋愛というものに巡り合うチャンスがないままに今日まで来てしまった。

「ありがとう。あなたに話したら落ち着いたわ。」
いつものようにひとしきり泣いたあとはケロリとしている。もちろん、コーヒーは彼女の奢りだ。

「送るわ。すっかり遅くまで引き止めちゃったから。」
「ううん。いいの。歩いて帰りたいから。」
「そう。じゃあね。」
派手な外車は、勢い良く走り去る。

一人で帰りたかったのには理由があった。

途中、辺りに人がいないのを確認して、私はそっとバッグから一掴みの煮干を取り出し、道端に置く。

最近見かける美しい猫が見つけてくれるといいんだけれど。ここいらの野良猫とは違う、どこか気品のある猫なのだ。

それから、足早に家路に向かう。他人から見たら、私は寂しい女だろうか?自分ではよく分からない。ずっと一人でいた女には、本当の寂しさがどういうものか分からないのだ。

--

「猫、好きなんですか?」
声を掛けてきたのは中年の男だった。こざっぱりした服装。少し焼けた素肌に丁寧に撫で付けられた白髪が、生活の余裕を感じさせる。

「見てたんですか?」
「ええ。まあ。実はここ、私の家なんですよ。」

猫に煮干を置いた塀越しに、この辺りでもかなりの広さを誇る敷地が広がっている。

「ごめんなさい。」
私は、男が怒っているのかと思って慌てて謝った。

「いいんです。私も猫は好きですからね。」
目じりの皺が、何とも言えず魅力的だった。

「あの。これからお教室があるんで。」
「先生ですか?」
「料理を教えてるんです。」
「ほう。お上手なんですか?」
「亡くなった母に仕込まれたものですから。他に取り柄もないし。」
「いや。あなたの作ったものはさぞかしおいしいでしょう。煮干と言えど、なかなかいいものを使ってらっしゃるみたいだし。」

私は顔が赤らむのを感じ、軽く会釈をして急いでその場を立ち去った。

--

それがきっかけで、私はその中年男性と毎日のように言葉を交わすようになった。

男は、歳を取ってからできた一人娘と二人で暮らしている事などを話し、突然にこう申し出た。
「どうです?お金なら必要なだけ払いますから、うちに来て娘と私に手料理を振舞ってくれませんか?娘も母親の作った食事というものに憧れていますから。」

私は、即座にうなずいた。お金はいいんです。食べてもらうのが嬉しいのですから。そう答えて、天にも昇る気持ちで帰宅した。

「馬鹿ねえ。それが恋ってもんじゃない。」
電話口で女友達が笑った。

--

私が男と結婚したのは、ごく自然の成り行きだった。

食べる事にはうるさくてね。そういう男のために料理を作る事が私の幸福だった。

ただ、気がかりは娘の事だった。甘やかされたのだろう。気まぐれで、気分屋だった。突然甘えてくるかと思うと、次の瞬間にはふてくされて自室にこもってしまう。

「今はちょっと難しい時期でね。」
「分かりますわ。私じゃ、母親代わりというのも無理がありますもの。」
「すまないね。」
「いいんです。」

それからもう一つ。寝室が別なことが、私には寂しかった。結婚しても、ただの一度も体を求められた事がなかった。私はそんなに魅力がないのだろうか?それとも、彼もそれなりの歳だし、そんなことを求めるほうがおかしいのだろうか?

私にできる事。料理を作って彼を喜ばせる事。それだけに専念しよう。

そう自分に言い聞かせながら、私は、三人で住むには広すぎる家の中で、なぜだか結婚する前よりずっと孤独だった。

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夜、寒くて眠れない私は、毛布を取りに階下に降りた。すると、普段眠る時は内側から鍵が掛かっているはずの夫の部屋のドアが細く開き、中から話し声が響いて来る。

私は、そっとドアのそばに寄った。

「ねえ。パパ。あの人、いつまで置いておくの?」
「いつまでって。せっかく見つけたんだ。ずっといて欲しいと思ってるよ。」
「あの人、陰気なんですもの。私の事も、絶対に嫌ってるわ。」
「おいしい料理のためだ。我慢しなさい。」
「もう。パパったら、お料理のためなら、他の事はどうだって良くなるんだから。」
「ああ。全くだ。世の人間の男は、金だ、女だ、とあれこれ追い掛け回して大変そうだがな。私は、食べる事さえ満たされればいいんだよ。お前だって、すっかり舌が人間の食事に慣らされてるだろう?今更、キャットフードなんか食べたくないに決まってるさ。」

それからもう、彼らの話し声は、まるで猫の鳴き声のようにしか聞こえないのだった。ベッドの上に、いつか見た、美しい銀の毛並みの猫がいて、傍にはふわふわの白い毛に覆われた可愛らしい猫がいた。

人に言ったら笑われるかもしれないが、その時の私ときたら、夫が私を抱かない理由が分かったせいで、妙にほっとしていたりしたのだった。

私は最初から、あの美しい猫に恋をしていたのかもしれない。それから、今度わがままな子猫が生意気言ったら、首根っこ掴んでキャットフードを食べさせてやろう。そんな事を思ったりした。


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