セクサロイドは眠らない

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2003年10月06日(月) 落ち着かないものね。涙なんて、全く凶器だ。最初からこっちの負けが決まってる。

ねえ。夫婦ってそんなものじゃないか。いつも、その時だけの耳障りのいい言葉を掛けるなんてわけにはいかないんだよ。時には泣かせることもあるだろう。笑ってばかりじゃいられない。

きみは、僕のことをよく、「冷たい」と表現した。確かにきみが望むような形では、僕はきみを愛さなかった。

ひどい。冷たい。

そうやって抱き付いてくるきみを、僕は抱き返さなかった。

だからといって、僕がきみを愛さなかったとは思わなかったろう?

でも、そんなあなたが好きなの。

最後に小さく言って、勝手に僕の布団に丸まって眠るのがきみだった。僕は、明け方にはきみに布団を取られて、寒さで目が覚めて、仕方なくコーヒーでもと、布団を出る。

早いのね。

と、きみ。ゆっくりの朝にばつが悪そうに、背後から僕の体に腕を回す。

よくある夫婦だ。夫婦って、そんなものだ。

--

きみの足音。すぐ分かる。少し足を引きずるようにして。きっと、長過ぎるトレーナーの中にすっぽり手のひらまで入れて、子供っぽい感じだ。僕からはきみの顔は見えないけれど、空気で分かる。今にも泣き出しそうなきみの顔が思い浮かぶ。僕はかすかに苛立つ。

泣くなよ。

僕の唇がかすかに歪んだのを、きみは見逃さなかっただろう。

「だって。」
そう言うなり、わっと泣き出す。

泣かれるのは嫌いだ。泣かれると、いつも僕は不機嫌になる。

「だって私、不安で・・・。」

ああ。ああ。分かったよ。

ひとしきり泣いて終わると、ようやくゆっくりと立ち上がり、
「明日、仕事早いから。」
と言い訳のようにつぶやいて、足音が遠ざかって行く。

僕はおかしくて大笑いしそうだ。胸元が湿っているのは、彼女の自己満足の涙のせい。泣くだけ泣いて済んだらケロリとして自分のベッドで熟睡するんだろう。驚くほど寝つきがいい彼女。不眠症の僕のそばで憎いくらいに眠りをむさぼっていたっけな。

--

次の日も。彼女は泣くだけ泣いて。

僕は、ただ、泣いている彼女のそばにいるしかできない。

苛立ちが唇から漏れる。

--

次の日も。次の日も。次の日も。

--

それから・・・。

彼女は少しずつ泣かなくなった。強くなったというよりも、あきらめ。そうだ。泣いて見せればどうにかなると思っていたが、どうにもならないと分かったからか。

以前の僕は、泣いてみせる彼女に結局根負けして、謝ったりしてたっけな。彼女にせがまれて、荒っぽいキスだってしてやっていた。

でも、今の僕は何もしてやらないって事が分かったんだろう。

傍にいるだけでいいの。

とりとめのない話をしながら、そんな事をつぶやいた。もう、二人の話はしない。きみはきみの話ばかり。編んでいるのは、自分自身のカーディガン。だって、あなたは着たくないでしょ?そう言いながら、自分自身のカーディガン。

--

もう、何日、何ヶ月、経ったか。

彼女はもう、すっかり泣かなくなった。

--

その日、いつもよりずっと早い時間に彼女はやって来た。

話し掛ける言葉も言い訳めいていて、ひっきりなしだ。あきらかに興奮している。

それからプッツリと言葉を出さなくなり。

「行くわね。」
と、やけに低い声。

ああ。

僕は、きみが去るのを拒まない。

--

季節は変わったのだろうか?

もう、僕には季節はどうだってよくなっている。

彼女が来なくなってから、日にちも、季節も、なくなった。

泣かれるのには辟易だから、好都合だ。泣かれたら、なんかさ、僕が悪いみたいで落ち着かないものね。涙なんて、全く凶器だ。最初からこっちの負けが決まってる。

--

「奥様、どうしたのかしらね。最近。」
「私、この前見ちゃった。男の人と歩いてたの。」
「うそ!可愛い顔して、やるわねえ。」
「そりゃ、ご主人のお見舞いって言ってもね。この状態は耐えられないでしょ。」
「しっ。」

無神経な看護婦どもめ。目は見えなくても。体もろくに動かせなくても。耳と意識はしっかりしている。そう。彼女はそれを知っていて、恐れるように僕に、あの日、「行くわね」と言った。

ああ。どうしてだ?傍にいるだけではどうして足らなかった。抱き返す腕が欲しかったか?甘いささやきが欲しかったか?

僕が僕でいるだけでは、どうして駄目だったか?

僕は、愛をせがむきみを抱き返さなかった事で、どうしようもなく深く暗い場所からどこにも行けない。


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