セクサロイドは眠らない

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2003年06月17日(火) 「でもね。その、何ていう男だったかしら?平日の。その彼とは、間違っても結婚したいって思っちゃ駄目よ。」

いつからだったか。気がついたら二人の男と付き合っていた。月曜から金曜までは、黒。土日は、白。黒と白は、私が勝手に付けたあだ名だけれど。本当に、黒と白なんだもの。

白は、穏やかな男で、結婚するならこんな男、と思わせてくれた。色白のなめらかな肌にかかる柔らかい茶色の髪の毛。時折見せる傷付き易そうな心。私達は、兄妹みたいに仲良しで、映画を観るのも食事を作るのも一緒。おしゃべりするのに最高の相手で、ありとあらゆる事を伝え合った。

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黒とは、仕事が終わってふと立ち寄ったバーで、一杯だけ飲んだら帰ろうと思っていた時に出会った。店に入って来た黒に、私は何を思ったのだろう。自分から「一緒に飲みませんか」と声を掛けていた。黒は少し驚いた顔をしたが、黙ってうなずくと私の傍らに座った。

仕事は?よくこのお店に来るの?もっぱら私が訊ね、黒が最低限の言葉で返す。途中、嫌われているかしらと思って覗き込んだ黒の目はとても優しかった。部屋へも、私から誘った。黒は、部屋に入るなり、私の耳たぶを噛んで来た。私は、立っていられなかった。脱いだハイヒールが転がっているのが見えた。

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黒とは一夜だけの情事。そう割り切っていたつもりだったのに、彼に会ってから一週間、二週間と立つうちに居ても立ってもいられなくなり、私はまたあの店に足を運んだ。黒はそこにいて、私は当然のように隣に座った。

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時折、悲しくなる。

白が
「どうしたの?」
と、ベッドで私を抱き締めるから。

心がきゅうきゅうと痛んで仕方なかった。

「何だか悲しいの。」
「そういう気分の時もあるよね。」
と、白は優しく言って。背中から回した手をそのままに、寝息を立て始めた。私は、空が白むまで眠れなかった。数週間、白とは肉体を交えていなかった。

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黒は何も言わない。私も、何も言わない。黒は、聞きたくもないだろう。私に恋人がいるかどうかも。ただ、そのためだけに部屋に来て、そのたびに私は、自分の体の隅々を思い出す。ああ。自分の体が今、こんな風に扱われているのね。と思うだけでも、血が熱く体内を移動していくのが分かる。

終われば、黒は黙って服を着て、ただ少し私を抱き締めると、後ろを振り返らずに部屋を出て行く。

約束も何もないが、私は、また黒に抱かれてしまうだろう自分を知っている。

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二人の男と付き合う事について、女友達は大体において寛容だった。むしろ賞賛する女性もいた。

「うらやましいわ。」
サエコは煙草を美味しそうに吸った。

「昼間一人の時だけよ。煙草吸うのは。主人や子供の前じゃ吸わないわ。」
そう笑うサエコは美しく、退屈な主婦だった。

「両方と上手い事やってればいいのよ。でもね。その、何ていう男だったかしら?平日の。その彼とは、間違っても結婚したいって思っちゃ駄目よ。」
サエコは、ふふ、と笑うと、白によく似たやさしいご主人を出迎えるために、家に戻って行った。

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「やっぱり、体の相性よ。」
潤んだ瞳が色っぽいマサエは、当然のように言った。

「別れた主人は淡白でねえ。結局、それが不満だったのね。浮気がばれた時には随分と怒られたけど。でも、私は、自分が悪いとはどうしても思えないのよね。今は、お陰様で、若い子とお付き合いさせてもらって満足してるわ。もう二度と結婚なんかする気ないの。」
マサエは、そう笑って。

「で、どうしたいのよ?」
と、私に訊いた。

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どうしたいのかしら?

私は、自問自答する。

まだ、結婚する気はないし、お互いもう一人の存在には気付いてないのだから上手くやればいいのかもしれない。だが、白への罪悪感で、時折胸が押し潰されそうになるのだった。考えれば考えるほど、どちらもいとおしく手放せない。どうすれば選べるのだろう?白のやさしい声と、黒のほっそりと長い指を合わせ持つ男に、最初から会えていれば良かったのに。

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迷いに迷い、悩みに悩んだ挙句、私はある日、涙ながらに黒に告白する。

「それで僕にどうしろと?」
黒は、冷ややかな声で言う。

「分からない。」
「どちらかに決めたくなったんだ?」
「決められないから悩んでるんじゃない。」
「きみが黙っていれば、続けられたのに。」

黒は静かに部屋を出て行って、私は初めて、黒の背中を追いたいと思った。

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白は、いつものようにさわやかなニット。サラサラの髪。パスタの湯で加減も絶妙。

「素敵。いつだってお婿に行けるわよ。」
私は、誉める。

「僕の事誉めても何も出ないよ。」
白は、私の手からフォークを取り上げると、ソファに誘う。

スカートの下にそっと滑り込む手を感じて私は慌てる。
「やめてよ。まだ、昼じゃない?」
「きみが欲しくなったんだよ。僕ら二ヶ月もこれやってない。」
「いや。今は、いや。」

急に涙が溢れる。その手が黒の手じゃないことが悲しくなる。

「どうして?」
静かに訊ねる白に、私は告白を始める。

今すぐ馬鹿げた告白なんてやめなさい。頭では分かっていても、言葉が溢れて止まらない。

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「そう。それで、彼を選びたいと?」
「そうじゃないの。そうじゃない。あなたを選んだのよ。」

私はまだ泣いている。

「だけど、きみの心は失ったものを探し続けるだろう?目の前の僕じゃない男を。」
「すぐ忘れられると思うの。もともと、彼の事なんてほとんど知らないままだったのよ。」
「どうして黙っていてくれなかった?」

ドアが開く音がして、振り向くと黒。
「そうだ。どうして言わずにはいられなかったんだろうね?」

私は、叫びそうになる。

目の前の二人の男は、よく見れば似ていて。背の高さも、手の大きさも。

二人は向き合って見つめ合う。それから、ゆっくりと互いに向かって歩き始めるから。

私は悲鳴を上げた。

殴り合うのではないかと。

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だが、今、目の前にいるのは、一羽のペンギンだった。

「白と黒は?」
私は、震える声で訊ねる。

「いないよ。いるのはオイラだけさ。」
「二人は、一人なの?」
「いいや。どちらでもない。オイラがいるだけさ。」

ペンギンは、くるりと向こうを向くと、ヨチヨチと歩き始める。

「どこへ?」
「オイラにぴったりな女の子を探しに。」
「そう・・・。」

ペンギンは、羽をパタパタさせながら行ってしまった。

私は、二人の男を愛したまま、ソファで一人ぼんやりとしていた。黒のような白も、白のような黒も、どこにもいない。ただ、白と黒が別々にいただけだったのに、私はそれを結びつけようとしてしまった。

私はクッションを抱き締めたまま、ペンギンの女の子になる夢を見る。


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