セクサロイドは眠らない
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2003年05月23日(金) |
私は、次の日曜日、友人を呼び出して訊ねた。「ねえ。動物園でさ。『人間』っていう檻があるの、見たことある?」「もちろん。」 |
動物園なんて、何年ぶりだろう?小学校の遠足以来か。
仕事も恋人も失くしてしまうと、時間を持て余すばかりだった。仕事をやめたら、しばらくは遊んで暮らして、あれもしよう、これもしよう、といろいろ思い描いていた筈だった。それなのに、仕事をやめた途端にやりたいことなんか一つもなくなってしまった。土曜や日曜なら誰かしら遊び相手になってもくれるだろうけれど、平日の昼間は誰も遊んではくれない。
そんなある日の午後、何となく動物園に足が向いたのだった。
動物園は閑散としていた。若いカップルやら、小さな子供を連れた母親やらがわずかにいただけだった。
時間はいくらでもあったから、私はわざわざ各動物の名前のプレートの下に書かれてある説明文を読んだり、「触れ合い公園」でウサギに触ってみたりした。
その間も始終、「私はここで何をやっているんだろう?」って思わずにはいられなかった。
「鳥の楽園」を過ぎたら、えーと、次は何の動物の檻だっけ?そんな事を思いながらフラミンゴを眺めた、次の檻の前で、私は思わず足を止めた。
プレートには「人間」と書かれていて、中には平凡な顔をした男が一人座って、ちゃぶ台の上に広げた新聞を読んでいたからだった。
「人間?」 こんな檻、前は確かなかった筈だ。他の動物達の名前の下には説明文が書かれているのに、プレートの「人間」の文字の下には何も書かれていなかった。私達と同類だから説明いらずってことだろうか。
男は新聞に飽きたのか、あくびをしながらゴロリと横になった。手にはテレビのリモコンを持っていた。男がいる場所には、普通の独身男性の部屋にありそうなものが一通り揃っていた。服はユニクロで売られていそうなトレーナーとジーンズだった。
私はしばらくそこから動けなかった。私の前を歩いていた母子は、フラミンゴと同じようにしばらく「人間」の檻を見て、それから何事もなかったかのように通り過ぎてしまった。私はしばらくそこに立って、他の来園者の様子を眺めた。若いカップルも、前の母子のようにしばらくつまらなさそうに「人間」の檻を眺めたかと思うと、黙って立ち去ってしまった。
誰も通らなくなってしまうと、私は、男の檻の側に寄って、小さな声で声を掛けた。 「あの・・・。」
男はすぐに気付いてこちらを見た。
「話、できます?」 「いいけど。でも、目立たないように頼むよ。飼育係に見つからないようにね。ほら。『餌を与えないでください』みたいなものさ。」 「飼育係って?」 「ま、普通に食事運んで来たりとか、そんな感じだよ。」 「あなた、本当にここで飼われてるの?」 「飼われてるっていうのかな。僕としては、雇われているというか。うん。そう。雇われてるんだよな。求人情報誌に載ってたから、応募したんだよ。」 「嘘みたい。」 「そうかい?」 「うん。こんなの初めて見たわ。」 「変だな。結構、あちこちの求人広告に載ってたりするんだけどね。よその動物園に行ってごらんよ。人間の檻だけ空っぽだったりするからさ。欠員で苦労してるところも多いみたいだ。」 「ここはあなた一人だけなの?」 「うん。本当は人間って、その名の通り、人と人との間で生きていくのが自然な形なんだろうけど。なかなか応募もないしさ。下手なやつが応募して来てもねえ。なんていうか。求めてる人材と違うと困るしね。家族として一緒に暮らせるような女とか子供がいいんだけど。たとえば、僕みたいな中年男が三人で暮らしてるのとか変だと思わないかい?」 「それもそうねえ。」 「そろそろ食事の時間だ。しゃべってるとヤバイよ。」 「分かったわ。」 「またね。久しぶりに話が出来て楽しかったよ。」 「ねえ。」 「何?」 「また来て、こうやって話をしてもいい?」 「いいけどさ。ただし、周りに誰もいない時ならね。」
最後に振り返った時、男は食事をしていた。焼いた干物と、味噌汁にご飯。ごく平凡な。
動物園を出る時、私は心が弾んでいるのに気付いた。仕事を辞めてから、久しぶりに誰かと話が出来たから。それだけじゃない。男の雰囲気が気に入ったのだ。平凡な、とらえどころのない。だが、どこがどうと上手く言えないけれど、男には檻の外にいる人間とは少し違う雰囲気があった。
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私は、次の日曜日、友人を呼び出して訊ねた。 「ねえ。動物園でさ。『人間』っていう檻があるの、見たことある?」 「もちろん。」
友人はきっぱりと答え、私は、それ以上その事について質問するのもはばかられて、口を閉じた。長い事誰ともしゃべらないで家に引きこもってるものだから、ちょっとおかしくなってるのかもしれない。
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月曜日の午後、私はまた動物園に出向いた。相変わらず、「人間」の檻の中で男がダラダラとくつろいでいる。その日は、近所の幼稚園の集団が動物園に遠足に来ていたので、なかなか話し掛ける事ができずにいた。
ようやく人の流れが途絶えたところで、私は、前と同じような小さな声で話し掛ける。 「こんにちは。」 「やあ。こんにちは。」
男は、少しだけ笑顔を見せて答えてくれた。
「どんな気分?その中にいるのって。見世物になるのって平気なの?」 「仕事だからね。どんな仕事にも、素敵な側面と、素敵じゃない側面があるのと一緒じゃないのかなあ。」
他愛もない話をしばらく続けた後、私は思い切って訊ねた。 「ねえ。お嫁さんってまだ募集してるのかしら?」 「どうかな。多分、募集してると思うよ。ほら。どんな動物だって、動物園じゃカップルで飼育してるだろう?」 「それもそうね。」 「だけど、なかなかね。」 「そうよね。大変そうですもの。」 「そうでもないんだけどね。まあ、ちょとした素質みたいなものは必要かもしれない。」 「ねえ。私が応募しても大丈夫かしら?」
言ってから、私は耳まで赤くなった。
男も一瞬、何と答えていいか分からないようだったが、すぐに気を取り直して返事をくれた。 「ああ。今度飼育係に頼んで訊いてみておくよ。」 「ええ。お願い。」 「ただし、生半かな気持ちでの応募ならやめてくれよ。動物園に来る子供達に名前の募集した挙句、やめちゃったじゃ、子供達もがっかりするし。」 「名前の募集?」 「もちろん。ここの動物園は、いつだってそうやって動物の名前を決めてるんだよ。」
予想外の事で少し心が揺れた。名前を捨てたりしたら両親はどんなに悲しむだろう。
けれど、淡々とした調子の男を前に、私は、なんとなく「そういうのも楽しいかもね」という気分になってしまった。 「気持ちは変わらないわ。」 「そうか。じゃあ、本当に頼んで置くから。」
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動物園から採用通知が届いたのは、三日後だった。
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私は、何も持たずに動物園に来た。地元の新聞には小さな記事も載った。
「人間のカズオに素敵なお嫁さん!」 という見出しに、私は、恥ずかしいような複雑な気分になって、一日奥の部屋で寝込んでしまった。
「そういうのマリッジブルーっていうのかな。」 彼は笑った。
何でこんな仕事に就いたりしたんだろう?不思議に思わないでもない。だが、多分、初めてこの動物園を訪ねて来た頃の私は不安定過ぎて、「人間」っていうプレートでも付けてもらわなきゃ、自分が一人前の人間であることにすら自信が持てなかったからかもしれない。
「もう少し、右。」 彼が小さな声で指図する。
私は慌てて体を少しずらせる。背後でシャッターを切る音がした。私の夫となった「人間」のカズオは、「人間」として、さりげなくお客さんを喜ばせる工夫をしていることが、一緒に暮らすうちに私にも分かって来た。
時にはお客さんの前で喧嘩もした。それも、自然な事だからいいそうだ。ただし、お客さんが飽き始める前に何とか仲直りに持ち込む必要があったため、私達の喧嘩はさほど深刻な結果にはならないで済むことのほうが多かった。
ある時、私は、カズオにこんなことも訊ねた。 「ねえ。セックスまで、人前でしなくちゃいけないの?」 「まさか。僕らはプロだから客の前では客を大事にしなくちゃいけないが、だからといって自らを貶める必要はないんだよ。嫌なら食事だって何だって、奥の部屋ですればいいんだし。」 「分かったわ。」
私は、カズオが私の疑問に答えてくれる時の表情が大好きだった。ありのままを受け入れる。決して卑屈にならず、奢らず、自分が自分であることに誇りを持つ。そのことがちゃんと実践できている人の側にさえいれば、私はきっと大丈夫。そうだ。それが、この仕事を選んだ一番の理由なのだ。
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数ヶ月が経った。
今では、私はカズオにあれこれと訊かなくても、ゆったりと構えていられるようになった。
私には、地元紙の応募によりルリコという名前が付けられた。私のどこがルリコなのかしらねえ?そんなことを言いながらも、命名してくれた子供と一緒に撮った写真は結構気に入っていて、机の上に飾ってある。
今、私のお腹は少しずつ、少しずつ、大きくなっている。秋には私達の赤ちゃんが生まれるのだ。生まれてくる赤ちゃんは、動物園のニュースとして、町中をにぎわすだろう。その時を想像して微笑みながら、私は、今、小さな小さな靴下を編んでいる。
友達の中にはそんな私の選択を笑う人もいるけれど。
誇りを持って生きている限り、檻の中でも私は自由だ。
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