セクサロイドは眠らない

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2003年02月07日(金) 「そしたらさ。俺、彼女いるんだよ、って言って。それなのにさ。私の事抱き締めて、嬉しいよ、とか言うわけ。」

タケルは、幼稚園の時、初めてミサキと会った時からミサキの事が好きでした。他の幼稚園からお父さんの仕事の都合でこの幼稚園に入ることになりました、と、先生が紹介した時に、「あ」と思ったのです。その「あ」を、その時はうまく説明できなかったのですが、年齢と共に「ミサキを守るのは僕なんだ」とか、「ミサキを僕の奥さんにする」とか、いろいろな言葉に置き換わっていく中で、分かったのでした。ミサキがタケルにとって何か特別な存在であるという事が。

小学校の低学年の頃は、ミサキとは家を行ったり来たりして、本当によく遊んだけれど、高学年になるにつれて、お互い、会えば悪口を言い合ったりして、ほとんど会話すらしなくなっていって。それでも、タケルは、ミサキの事が大好きでした。夏の運動会の練習の後、ミサキの髪の毛が汗で額に張り付いている様子なんかを遠くから見ているしかできなくなっていたけれど。

中学校も、高校も、一緒だったので、一時は疎遠になっていた二人も、いつしかまた、幼い頃のように打ち解けてしゃべる事ができるようになりました。時々は、一緒に帰ったりしながら、ミサキの友達がクラスのどの男の子を好きか、とか、そんな話をしていると、タケルは「お前は好きなヤツ、いるのか?」と、喉元まで言葉が出掛かって、でも、言えなくて、そんな時は、ただ、ミサキがしゃべってるのをウンウンとうなずいているしかなかったのでした。

高校三年のある日、ミサキは、めずらしく、
「一緒に帰らない?」
と、昼休み、タケルに訊いて来たのでした。

「ああ。いいよ。」
タケルはぞんざいに答えて、でも、胸がドキドキしていました。ミサキが自分からそんな風に誘ってくるのなんて、滅多に無い事だったからです。

下駄箱の外でボンヤリと待っていると、ミサキが慌ててタケルの元に走って来ました。
「ごめんね。遅くなっちゃって。」
「いいよ。」
「ほんと、ごめん。なんかさあ、アカネが買い物して帰ろうって言うから、断ったりとかしてたの。」
「平気。大丈夫。」
「そう。良かった。」
「珍しいなあ。お前から誘うなんて。」
「うん。」
「もう、部活のほうはいいのか?」
「うん。引継ぎも済んだし。いい加減、勉強しなくちゃね。」
「で?」
「え?」
「なんか、相談したい事があるんだろう?」
「うん・・・。まあ。」
「何だよ?」
「なんか、言いにくいなあ。」

タケルの胸は、激しく鳴っていました。

「あのさ。タケウチ先輩っていたでしょ?」
「ああ。」
「あの先輩とさ、この前、ばったり道で会って。」
「そっか。」
「でね。なんか、いろいろしゃべってるうちにね。電話番号教えてもらったりして。」
「で?」
「なんかさあ。私、ずっとあの先輩が好きだったのね。だから・・・。」
「相手知ってんのかよ?」
「まだ、何にも言ってない。」
「なるほどね。お前も、一応、女だったってわけか。」
「ひどい言い方ねえ。」
「はは。なんかさ。面白いんだもん。」
「ひどい。やっぱり言わなきゃ良かった。」

タケルが横を見ると、ミサキはなぜか涙ぐんでいて。タケルは慌てて何か言おうとしたけれど、うまい言葉が思いつかず。そうやって、十分ほど歩いたところで、
「私、ちょっと寄ってくところがあるから。」
と、ミサキは駆け出してしまったのでした。

ああ。なんか、まずったなあ。と、思いながらも、タケルはどうしていいかも分からなくて。きっと、「好き」という気持ちがあんまりにも大きいと、人は、どうしてか、奇妙に間違った行動を取ってしまうものだと思ったりもしたのでした。あの時、冗談めかして「俺だってお前の事、好きなんだぜ。」って言ってしまえば良かったかもしれないと。そういくら思っても、今さら遅いんだと。タケルはそんな風にしぼんでしまった胸を抱えて、家路についたのでした。

--

ミサキとは、それっきり、あまり会わなくなって、大学も別になってしまったので、タケルは、ただ、ミサキの事をぼんやりと思い出しては暮らす生活でした。

ミサキから電話があったのは、同窓会の誘いの時。
「久しぶりね。」
と、言うミサキの声は、どこか元気がなくて。

「どうしたの?」
「うん・・・。」
「元気ないじゃん。」
「あのさあ。会って話せる?」
「いいけど。」

タケルは、急いで家を飛び出して待ち合わせの場所に走って行ったのでした。あの時と同じ。ドキドキと鼓動する胸を抑えながら。

「タケウチ先輩の事相談したの、覚えてる?」
「うん。」
「あのね。あれから、私、時々電話したりしてて。それで、バレンタインの時に、タケウチ先輩にチョコ上げたのね。」
「へえ。」
「そしたらさ。俺、彼女いるんだよ、って言って。それなのにさ。私の事抱き締めて、嬉しいよ、とか言うわけ。」
「・・・。」
「そんな事されたらさ。あきらめられないじゃん?それで、私、ちょっとおかしくなっちゃって。タケウチ先輩追っかけるようになっちゃって。随分迷惑掛けちゃったんだ。」
「そっか・・・。」
「ね。おかしいよね。馬鹿みたいだよね。」
「馬鹿みたいじゃないさ。」

僕みたいだ。あれから、何度、ミサキの家の前に立って、ミサキの部屋がある二階を見上げていただろう。

「俺もさ。お前の事、好きなんだ。」
「知ってたよ。」
「え?」
「なんかさ。分かるじゃん。そういうの。でも、私、それ分かってて、あの時タケルに相談しちゃったんだよね。タケルなら聞いてくれるって思ってさ。」
「そっか・・・。」
「あの時はごめん。」
「いいんだよ。」
「それだけ、謝りたくて。」
「それだけ?」
「うん。」
「俺の気持ちは?」
「ごめん。私さ。まだ、タケウチ先輩の事、好きなんだ。馬鹿みたいでしょう?」
「分かるさ。」

馬鹿みたいなのは、僕も同じだ。

タケルとミサキは、そのまま黙って歩いて。それから、
「じゃあね。」
と、ミサキが言うのに、うん、とうなずいて、分かれ道を右と左に行ったのでした。

--

ミサキは、時折泣いては電話をしてきます。タケルは、黙って聞いてやる事しかできません。それでも良かったし、それしかなかったし。

ある日、タケルはどうにも貧血がひどく、バイトの途中で倒れてしまって、病院に運ばれたのでした。

「二週間程、検査入院が必要です。」
と、そう医者に言われたのを黙って聞きながらも、もっと深刻な病気である事は分かっていたのでした。

「あと、どれくらい持ちますか?」
タケルは、知りたかったのです。それだけが。

「それは・・・。」
医者は、少し口篭もって、あと、一ヶ月になるか、半年になるか。それは分かりません、と静かに答えたのでした。

それから、一ヶ月、二ヶ月。検査の数値はよくならず、手術さえ行われない事に、タケルもとうとう心を決めました。迷ったすえ、ミサキに電話をしたのです。

ミサキは青ざめた顔でタケルの元に飛んで来ました。その目は、真っ赤で。タケルはミサキが握って来た手を弱く握り返しながら、
「馬鹿だなあ。泣くなよ。」
と、言いました。

きっと、自分は、自分で思う以上に具合が悪く見えるのだ、と、その時タケルは気付きました。

ミサキが泣いてくれて、本当は、ホッとしていました。

ミサキは、毎日毎日、病室にタケルを見舞いに来てくれました。

ある日、タケルは、夕暮れの病室で、ミサキと二人きりで。これが二人でいられる最後だと、そんな風に思えてしょうがなかったので、思い切って言ったのでした。
「病気になって良かったよ。それを理由に、お前に毎日会えたから。」
と。

ミサキは、もう、何度泣いたかしれない目から、また涙を流して言うのでした。
「私、タケウチ先輩のことはもういいんだ。」
「そうか。」
「私、タケルがいたから、誰かを思い切り愛せたんだと思う。タケルが付いててくれると思ってたから。」
「そんなの、ちっとも嬉しかねーよ。」

タケルは、笑って、泣いているミサキの涙を、そっと人差し指でなぞり、その指を自分の唇に持って行って。

静かに目を閉じたのでした。


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