セクサロイドは眠らない
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2003年01月30日(木) |
あの時、無理にでも話をしていれば、何かが変わっていたかもしれないのに。 |
「あなたには分からないのよ。」 その言葉が、どんな棘よりも、深く深く僕の心を突き刺す。
「ああ。分からないさ。」 と言ったところで。
あるいは、 「なら、ちゃんと教えてくれ。」 と言ったところで、もう、きみの心には近づけない。何物かが、きみの心を捉えて離さないのだ。
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最初は、軽いノイローゼだろうとか、そんな風に思っていた。仕事で忙しい僕に、妻のミツエは、不調を訴えるようになっていた。僕は、病院に行く事を勧めた。妻は、それに従った。だが、どこの病院も、「異常なし」との診断を下した。僕は、最初のうちは、病院の診断を聞くたびに安堵していた。だが、妻の顔は険しくなる一方で、体も少しずつ衰弱し始めた時には、さすがに僕も焦った。
妻は、心臓がおかしいの、と言う。心臓に何かの植物が寄生して、私の心臓から養分を吸っているの、と。
僕は、最初聞いた時には、まさか、と言って笑ったし、医者達も皆、同じ反応だったようだ。だが、妻は、僕らが笑ったことで深く絶望し、心を閉ざした。
「カウンセリングに行こう。」 僕は、誘った。
「あなた、疑ってるの?私がおかしいとでも?」 「いや。そういうんじゃないんだ。」 「なら、信じて。心臓が時々きゅーって締め付けられるの。私のここには、何かの植物が根を張って、その根は、私の心臓の中、深く深く潜り込んで来てるのよ。」 「まさか。」 「いいえ。私には分かるの。」
心電図などの検査も一通りやったが、何も異常は見られない。健康体にメスを入れることはできないと、どの医者も、妻の心の病の可能性を示して来た。
「あなたには分からないのよ。」 しまいには、彼女は、口癖のようにそう言って、僕を拒絶するようになった。
僕は悲しかった。何とか、彼女を理解しようとするのだが、上手くいかない。そうして、僕が見当違いな事を言うたびに、彼女は悲しそうな顔で僕にこう告げるのだ。 「あなたには分からないのよ。」
僕は、少しずつ疲れて来ていた。妻の看病に。帰宅も、少しずつ遅くなっていった。妻は、最初のうちこそ僕をとがめていたが、そのうち何も言わなくなった。僕は、決して妻を嫌いになったわけではなかった。むしろ、前のように明るい妻に戻って来て欲しくて仕方なかった。
「どうだろう?田舎のお父さんのところに旅行がてら行ってみないか?」 「父のところに?」 「ああ。そうだ。」 「嫌よ。」 「どうして?」 「今の私には、旅行なんて無理だもの。それに、どうせもうすぐ私はあそこに帰る事になるのよ。」
僕は、説得をあきらめた。確かに、妻の体は日に日に衰弱している。だからこそ、本当に何かある前に父親にも会わせてやりたいと思ったのだ。だが、妻は、そこから動きたがらなかった。あるいは、実の父親なら妻を説得できるかと期待していただけに、僕は、最後の望みも失った気がした。
結婚の時、一度会ったきりの妻の父親の顔を思い浮かべる。穏やかな老人で、一人娘の妻の事を本当に可愛がっている様子だった。妻が疲れたと言って眠っている隙に、老人は、畳に頭をこすりつけるようにして、僕に頼んだ。娘を幸せにしてやってくれと。あの時そういわれた約束を、僕は今、守れないでいる。
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ある寒い朝、妻は、息を引き取った。
もう、妻は、僕と同じベッドで寝るのを嫌がっていたから、僕らは寝室を別にしていた。僕は、昨夜も、返事を返してくれない妻のところに「おやすみ」を言いに行ったのだ。その時、妻は泣いていた。大丈夫かい?と言ったけれど、もう、妻は言葉を返さなかった。妻は、何かを怖がっているようだった。あの時、無理にでも話をしていれば、何かが変わっていたかもしれないのに。
検死解剖の結果、妻の死因は、原因不明の心臓発作だった。
引きずってでも、病院に入院させるべきだったのだろうか?僕には分からない。
僕は、泣いた。
遺骨を持って妻の父親のところを訪ねた。前に見た時より、更に小さくなった老人は、娘の変わり果てた姿を見て、なにやらもごもごとつぶやくばかりだった。よく聞けば、「おかえり」と言っているようだった。
僕は、妻を幸福にできなかった申し訳なさで顔を上げられずにいたが、老人は、僕の手を握って言った。
「おまえさんは、息子同様だ。また、遊びに来ておくれ。」 と、声を掛けられ、僕は、また泣いた。
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妻を失って五年が経った。僕は、妻の死の痛手を乗り越え、新しい家庭を持っていた。さして美人ではないが、心やさしい女と一緒になり、娘が二歳になろうとしていた。僕は、自分が幸福であればあるほど、亡くなった妻と、妻の父親に対して申し訳ない気持ちになっていた。
「一緒にミツエさんのお父さんを訪ねてみませんか?」 新しい妻がそう切り出した時、僕は、最初は断った。
だが、電話で再婚の事を報告した時、老人は思いがけず喜んでくれ、僕は家族を連れて訪ねることが孝行のような気がした。
僕は、新しい家族と一緒に老人の元を訪ねた。予想通り、老人は大喜びで僕らを出迎えてくれて、娘の事も実の孫のように可愛がってくれたのだった。
「ねえ。あなた。来て良かったわね。私、あの人を本当のお父さんのように大事にしてあげたいわ。」 「そうか。」
僕は、その時、前から気にしていた事を妻に告げた。 「あの人を引き取ってあげたいんだ。」
数ヶ月後、僕らは、三人家族から四人家族になった。
老人は、本当の身内以上に、僕らにとって大事な人となった。娘は「おじいちゃん、おじいちゃん」となつき、老人を喜ばせた。不思議な老人だった。人を惹きつける何かがあった。僕らは、老人を中心に、いつも寄り添うように暮らした。
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土曜の午後のある日。
妻は買い物に出掛け、僕は仕事の疲れがあって、うとうとしていた。娘が老人と遊んでいる様子を、夢うつつに聞いていた。
「おじいちゃん、何してるの?」 「ああ。これか。これはねえ。種をまいてるんだよ。」 「うそ。何にもないじゃない。」 「これはねえ。おじいちゃんにしか見えないんだよ。」 「どうして?」 「さあ、どうしてかねえ。」 「ずるい。」 「ずるいかい?じゃあ、リサちゃんにも、種、あげようかね。」 「本当?」 「ああ。ほんとうだ。だけどね。これ、おじいちゃんにしか見えないからね。おじいちゃんがリサちゃんにも種を植えてあげるからね。」 「種を植えるの?」 「ああ。そうだよ。ほら。」 「種、リサのお胸にあるの?」 「そうだよ。おじいちゃんが、毎日、大きくなあれ、大きくなあれ、って言うとね。ちょっとずつちょっとずつ、育つんだ。」 「それでどうなるの?」 「綺麗なお花が咲くんだよ。」 「ふうん・・・。」 「そのお花はね。リサちゃんがおじいちゃんを置いて遠くに離れてしまっても、リサちゃんをおじいちゃんのところに連れ戻してくれるんだよ。」
これは多分、夢なんだ。僕は、そう思う。
夢の中には、いつの間にか妻が出て来てこうつぶやく。 「あなたには分からないのよ。」
そういう妻の胸には、大きな大きな花が咲いていて、妻は、もう、体中に根を這わせて身動きできないでいるのだ。
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