セクサロイドは眠らない

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2003年01月24日(金) 彼の不器用さは、私のガードをいとも簡単に引き剥がし、平気で私の中を歩き回った。

自分でもおかしいと思っている。目の前の男の子が、どちらかといえばみっともない食べ方をしている事ですら、好ましいと思い始めていること。

「もう食べないんですか?」
「え?ええ。私はもういいの。お腹いっぱい。」
「小食なんですね。それとも、ダイエットしてるのかな。僕らの友達の女の子も、みんなダイエットしてるから。」
「あら。そういうんじゃないのよ。」

同世代の女の子の話に、軽い嫉妬を覚える自分を、変だと感じ始めている。

「明日も頑張ってもらわなくちゃいけないんだから、しっかり食べてちゃんと休んでね。」
「ほんと、今日は悪かったです。」

彼が仕事中の私の目の前でばったりと倒れた時には、びっくりしてしまった。年度末の忙しい時期だけ頼んでいるバイトの子。名前も知らなかった。慌てて応接室のソファに寝かせてしばらくすると、ぱっちり目を開けてこちらを見て、ここはどこか、と私に訊いてきた。

聞けば、三日程まともな食事をしていなかったという。

そういうわけで、私は少々仕事を早く切り上げて、彼に豪勢な食事をさせているわけ。

年下が趣味というわけではない。彼の無口なところ。むしろ、何を言っていいかいつも戸惑っているところが新鮮だった。相手が照れて落ち着きなく返事をしている様子がこちらに伝染して、つい、こちらまでが恥ずかしくなってしまった。高級な料理が食べられる店で器用に振舞える自分が、なんだか格好悪いような気分にさえなってしまうのだ。

「ごちそうさまでした。今度、バイト代が出たら奢らせてください。」
そういう彼に、
「その前にしっかり働いてね。」
とだけ言って、タクシーに乗り込んだ。

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「今度は年下か。」
彼は、皮肉めいた口調。口元に微笑。

「何のこと?」
「とぼけるなよ。バイトくんの事さ。」
「何でもないって。」
「そうかな。最近のきみ、落ち着きを欠いてる。」

私の上司。社長の息子である高田からの交際を、私は以前、実にそっけなく断ってしまった事がある。社長の息子だという事も知らなかったし、生意気な盛りの小娘だった。それから、何度か喧嘩をして。今では、友達同士といったところに落ち着いたか。だが、彼は、私の付き合う男を、ことごとくなじり、私が気を悪くするのも、いつもの事。

「あっちに行って。気が散るわ。」
「おや。厳しいなあ。」
「私が誰と付き合おうと放っておいてよ。」
「また、きみが泣かないで済めばいいと思ってるんだ。これは本当の気持ちだよ。」

私は、返事をせずに、キーボードを叩き続けた。

高田は、あきらめて去って行った。

私は、そっと携帯電話のディスプレイを見る。リョウからのメールが、また来ている。思わず視線を移動させると、バイト達の集団の中にリョウがいた。携帯電話を滑り込ませたジャケットのポケットが暖かかった。

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私とリョウは、ささやかな愛を育んだ。七歳の年齢差は、気にならなかった。卒業したら、サヤカと同じ会社に入りたいな。と、リョウは言った。あら。素敵。私の部署に入って来たら、容赦しないわよ。私は笑った。

今度こそは、幸福が続くと思っていた。

私は、年下の男に完全に屈服していた。彼の、学生らしい不器用さは、私のガードをいとも簡単に引き剥がし、平気で私の中を歩き回った。私は、自分が、用心深いことを、冷静なことを、洗練されていることを、恥じたのだった。

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高田に誘われて入った店で、私達は軽くグラスを合わせた。

高田は、私達が一年続いている事に驚き、そうして、祝福してくれた。

「あら。めずらしく、私に皮肉を言わないのね。」
「ひどいな。僕だって、素直に他人の幸福を喜ぶ気持ちを持ち合わせているさ。」

高田は苦笑した。

「で?きみの彼氏は、就職だって?」
「ええ。うちの会社の内定をもらってるの。」
「おやおや。社内恋愛はいけませんな。」
「あら。散々社内で浮名を流したあなたにそんな事が言えて?」
「ははは。ともかく。君は、君で楽しくやっているようで安心だ。だが、これだけは言っておくよ。いつか、君は僕の元に来る。」

それだけ言って、高田は立ち上がり、怒ったような足取りで店の入り口に向かった。

私は、そこに置き去りにされたまま、高田の失礼な態度について考える。好きな女に取る態度だろうか。残りのワインを飲み干して、私は、少々苛立った気持ちを抱えて、帰宅する。

リョウが、ベッドで眠っていた。私は、嬉しくて、リョウの額にキスをした。

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リョウは、生え抜きの社員によって新しく立ち上がったプロジェクトに、新卒としては異例の配置をされた。

そうして、リョウは、変わった。

電話をしても、あまり出ない。たまに出ても忙しいと言う。高級なワインを平気で頼むようになった。ネクタイは、何本あるか分からないぐらいだ。時折、他の女の子の影がちらつくが、私への言い訳は完璧で、私はいつもはぐらかされる。

ついには、私の誕生日。私は、一人、シャンパンを飲み、リョウを待つ。が、とうとう彼は来なかった。

私は、朝、念入りに化粧をし、鏡の中の自分に大丈夫よ、とつぶやく。目が少し赤いだけで、後は完璧だわ。

リョウと会社ですれ違っても、彼は私を見ない。

そう。そういう事?

洗練されたリョウは、だが、前のように素晴らしく見えなかった。

私は、内線電話を掛け、高田にささやく。
「今夜、開いてる?」
「もちろん。」

私と高田は、その夜、互いをなつかしむように微笑み合う。もう、高田は私に皮肉を言わない。私も、もう高田に突っ張って見せたりしない。

「ひとつだけ訊いていい?」
「何?」
「リョウをあの部署に配属したの、あなた?」
「ああ。」
「やっぱりね。」
「怒るか?」
「いいえ。むしろ、感謝してるわ。」

私は、微笑んで見せる。高田も、安心したように微笑む。高田は、リョウを同じフィールドに上がらせた。それだけだった。そうして、辛抱強く待っていてくれた。


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