セクサロイドは眠らない
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2003年01月14日(火) |
私は、そう思いながら、新婚らしく食卓を整えて彼を待つ。幸福な家庭生活のスタートだ。 |
「あんたは、亡くなったあんたの母親にそっくりだねえ。」 そう、叔母がたびたび言う。
今になって母の写真を見たら、さして似ていない、とも思う。だが、確かに、母の右目の下の泣きボクロと、位置も大きさも同じ。
「あんたの母親は男運が悪かったよね。」 そんなところまで私が母と似ているとは言わなかったけれど、叔母は、ことある毎にそうつぶやく。
実際に、母は男運は悪かったのかもしれない。最初の夫は病死。二人目の夫、つまり私の父は多額の借金を作り、他の女と逃げた。ようやく連絡が取れたと思ったら、すでに、その女との間に二人の子を儲けており、今更戻るわけにはいかない、と、母に泣いて頭を下げた。
母は、そんな父を、 「あの人、悪い人じゃないのよ。ただちょっと弱いのよねえ。いろんなものに負けちゃうの。」 と、そんな風に言って。
本当は、ずっと帰りを待っていたのだ。
だが、とうとう、夫は帰って来ず、そのうち、子宮ガンを患っていることが分かった時には、もう手遅れで、あっという間に逝ってしまった。
「女は男次第だからね。せいぜい、ちゃんとした相手を見つけて、おばさんを安心させてちょうだいね。」 子供のいない叔母は私を実の母のように可愛がってくれ、なにかにつけ私の支えとなってくれたが、こと、結婚に関しては口うるさかった。そんな時は、私は知らん顔でやり過ごした。
二十代の前半、私は幾人かの男性と付き合い、楽しく過ごした。だが、二十代の後半になると、叔母の言葉が真実味を帯びて感じられるようになり、少しずつ焦り始めることとなる。
「ミキちゃんは、そんなに美人さんじゃないけど、男好きがする顔をしてるわよね。でも、それだけじゃ、軽く扱われちゃうのよ。男ってね、都合がいい女の事は大事にしなくなっちゃうの。」
私は、ただ、曖昧に笑うしかなかった。
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タカツカとは、もうそろそろ、交際して一年が経とうとしていた。最近では、私からばかりが電話するようになり、下手をすれば、一ヶ月近く連絡が途絶える事もあった。あまりうるさくすると、「仕事が忙しい」と不機嫌そうに言われるから、自然、私は、我慢を強いられる事となった。
最初の頃は、タカツカのほうが積極的だった。当時、違う男性と付き合っていた私に、毎日のように電話を掛けて来て、ついには根負けした私が、彼に応じるように付き合い始めた。だが、それも、最初の一ヶ月か二ヶ月の事。次第に私のほうが夢中になり、彼を追い回すようになってからというもの、彼の態度が急速に冷たくなったように感じられた。
だが私は、タカツカにぞっこんで、叔母が持ってくる見合い話も端から断わった。そんな私を見て、叔母は、時折、やけに意地の悪い調子で言うのだ。 「もてるからって、若さを無駄に使っちゃ、駄目だよ。女は、いい相手と結婚してこそ、だからね。」
私は、曖昧に笑って叔母の家を後にする。
本当に。私は、母譲りのホクロに呪われているのかもしれない。
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ホクロを取る事に決めたのは、もうすぐ三十になろうという時だった。お金さえ出せば、さして時間も掛からずにきれいに消せると、聞いた。
きっかけは、タカツカの見合いだった。 「付き合いだって。付き合い。どうしても断れなくてね。上司の紹介だしね。」
だが結局、彼はそのまま私を捨て、その相手と結婚してしまった。
だから。
私は、気持ちを固めていた。
たかがホクロだったが、その頃の私は必死だった。
私は、クリニックのドアを開ける。とても五十代には思えない若々しい院長が、私にニッコリと笑い掛ける。これで幸福が手に入るなら安いものですよ、と。
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会社では、みなが一様に驚いた顔をした。長年、私のトレードマークだったホクロがなくなった事で、印象がずいぶん変わったのだ。
その後、取り引き先の男に交際を申し込まれ、私は結婚を前提に交際を始めた。穏やかな物腰の、誠実そうな男だった。タカツカよりずっと年収が多いその男と一緒になって、何が何でも幸福になりたかった。
恋人から正式に結婚の申し込みを受けた時、私は静かに泣いた。
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やっぱり、ホクロだったのだろうか。
私は、そう思いながら、新婚らしく食卓を整えて彼を待つ。幸福な家庭生活のスタートだ。
叔母が新居のキッチンでお茶を飲みながら、言う。 「これでおばさんも安心だわ。最近は、就職だって整形で有利になる時代だものねえ。ミキちゃんがホクロ取ったのも、正解だわ。」
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それから二年が経ち、五年が経ち。私の結婚生活は穏やかに過ぎていった。
私は、新聞広告を見て、ふと夫に言う。 「ねえ。最近、プチ整形っていうのが流行ってるんですって。私もやってみようかな。」 「そのままでいいじゃないか。」 「あら。妻が綺麗になるんですもの。いいじゃない?私、結婚前にホクロを取ったの。それで運気が変わったっていうか。あなたに出会えたのよ。」 「ホクロ?知らなかったな。」
夫は、それ以上何も言わなかった。
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だが、幸福な家庭生活も、やがて影が差し始める。
ある頃から、夫の帰宅が遅くなった。妻の直感で、女の存在を感じる。だが、私はと言えば、女としての自信を失い始めていた時期でもあり、面と向かって責める事はできないままに、焦りを感じていた。もともとがまじめな男だけに、一度本気になったら却って根が深い。
私は夫の身辺を探る。そうして手にした、とある住所。
休日の午後。私は、買い物に出掛けてくるから、と、夫に告げ、その場所を訪ねる。ただ、見てみたかった。どんな女が夫の心を捉え、離さないのか。
動悸を抑えてドアベルを鳴らし、ドアが内側から開くのを待つ。
出て来た女を見て、私は悲鳴を上げる。
出て来たのは、私自身だったから。いえ。まさか。だが、その、泣きボクロ。かつての私と同じ、右目の下のホクロが私を見つめ返す。
ああ・・・。女の幸福は結婚ですって?だが、たった今も泣いていたようなその女と私が、どれほど手にした幸福の量において違うのか、私には到底、測りようがない。
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