セクサロイドは眠らない

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2003年01月08日(水) 私は恋をしていたのだ。間違いと分かっていてやめられるようなら、そんなものは恋ではない。

物心ついた時から、私は特別だった。今、私は、世間からは「教祖」と呼ばれ、教団の中では「おかあさま」と呼ばれる。二十歳そこそこの小娘をおかあさまと呼ぶ、その集団の中で、私は孤独だった。実の母は、私が教祖になってから得たお金のせいで遊び歩いてばかりで、まるで母親らしいところがなかった。唯一は私のそばについて世話をしてくれるミヤコという女性が、私の母親であり姉のような存在だった。

私の能力は、ただ、「感じる」ことだけだった。目の前にいる人の苦しみや喜びを感じ、そのままを理解してしまう。ただ、それだけの能力が人になんの益をもたらすのか。よく分からないまま、目の前に連れて来られた人の悲しみが胸に迫ってくれば共に泣き、喜びではちきれそうならば心から笑った。

「ねえ。ミヤコ。私は、ただ、今日は子を失った母親と共に泣いただけだわ。それが何の助けになるというの?」
「あなたさまは、心の底から泣きました。それが大事なのです。」
「分からないわ。」
「分からなくて良いのですよ。人々は救われます。」

ミヤコは、そっと微笑んだ。

ありとあらゆる人の感情を受け入れてしまうと、私は心身共に疲れてしまう。だから、普段は、私は心に「ふた」をし、余計なものが入り込まないようにする。

ミヤコが寝床を整えてくれる。

「おかあさま、ゆっくりおやすみなさいませ。」
「ミヤコ。待って。」
「なんでしょう?」
「足を、大事にね。今日は、ずっと辛そうだったわ。」
「はい。申し訳ございません。」
「いいの。余計な事だとは思うのだけど、あなたにはずっと元気で私に仕えて欲しいから。」

自分の心身の波が全て伝わってしまうのは、ずいぶんと落ち着かない事だろう。だが、ミヤコはよく耐えてくれている。だから、私も今日までやってこれた。

私は、ミヤコが部屋に下がると、布団に倒れ込みひたすら夢のない眠りを眠った。

--

人の気配で目が覚めた。その少年は、ナイフのような目でこちらを見ている。一目見た時、私は息がうまくできなくなった。

「だれ・・・?」

だが、少年はそのまま姿を消し、私は夢を見たのかと。

ミヤコが気付いて、様子を見に来た。
「どうかなさいました?」
「人がいたの。」
「誰もいませんが。」

だが、私には分かっていた。少年の気配は、辺りに濃く漂っていた。

ミヤコが去った後、私は、声を掛けた。
「あなたは誰なの?」

少年は、私の前に姿を見せた。
「分かるのか。」
「ええ。」

私は、また、息苦しさに見舞われる。

「気配がするの・・・。」
「なるほど。本物の教祖様の前では隠れる事もできないってわけだな。」
「あなたは?」
「ここに金目のものがあるかと、迷い込んだ。」
「早く出て行きなさい。私の部屋には何もないわ。」

しゃべりながら、私は、その少年から出てくる強烈な感情の渦を理解しようと必死だった。なぜ、この人はこんなにも強く渦巻く感情を抱いたまま生きていられるのだろう?怒りや悲しみや恐れといった感情が入り混じり、今にも鼻や耳から噴出しそうだった。

「見逃してくれるのか。」
「ええ。だから、お願い・・・。」

私は、そのまま気を失った。

--

気付くと、そこはみすぼらしい部屋だった。

「ここは?」
「俺の家。」
「私を連れて来たの?」
「ああ。あんた、起きないからさ。殺しちまったかと思った。殺人犯になるのは嫌だしな。」
「名前は?」
「ケン。」
「私は・・・。私は、シホ。」
「そうか。シホか。可愛い名だなあ。」

少年は微笑んだ。ものすごく暖かい感情が流れ込み、私も釣られて笑った。実の名を人に呼ばれたのは本当に久しぶりだったから、とても幸福だった。

「早く戻らないとな。あんた、有名人だろ。今頃、大騒ぎになってるよ。」
「いいの。」
「え?」
「いいの。ここにいて、あんたと暮らす。」
「馬鹿な。俺は、ケチな泥棒だぞ。」
「いいの。お願い。ここに置いて。」

私は、必死の顔で頼んだ。ケンは困惑していたようだが、いいよ、と笑ってみせてくれた。

そうして、私達のままごとのような生活が始まった。

ケンは、私を特別扱いしなかった。

心のどこかで、声がする。こんなことはよくない。早く教団に戻りなさい、と。だが、私は少年の深い深い心の不思議に惹かれ、どこにも行きたくなくなっていた。

私は恋をしていたのだ。間違いと分かっていてやめられるようなら、そんなものは恋ではない。今まで多くの激情を目にして来た。その激情がどこから来るものか、今分かった気がする。ただ、間違った道の先にあるものが、欲しくて欲しくてどうしようもないのだ。

私達は、抱き合って眠り、いつも一緒だった。

そうして、語り合った。ケンは、親に捨てられた不幸を。私は、娘らしい生活を失った悲しみを。自分の事についてこんなに考えたのは初めてだった。私は、少しずつ、ケンを理解し、自分を理解され、そうして、ケンといて感じる痛いような感覚はだんだんとやわらいでいった。

--

月日が経ち、気付いた時には、私はすっかり能力を失っていた。そうして、ケンはすっかり太り、昔のナイフのような瞳はどこにも見当たらなかった。私達は、すっかり平凡な夫婦になっていた。もうすぐ、子も生まれる。

ある日、私を訪ねて来たのは、ミヤコだった。

「教祖さま。探しました。」
「ミヤコ。よく分かったわね。」
「ずっと探していましたから。」
「世間は、とっくに私を忘れたかと。」
「世間や教団の意思ではありません。私個人の意思です。」
「ミヤコ。あなたには悪かったと思ってるわ。あなたと会えない事が一番辛かったの。」
「教祖さま。」
「もう、その呼び方はやめて。私は、普通の人間になったの。」
「お金をお持ちしました。」
「まあ。要らないの。今、あるもので充分よ。」
「教祖さまが受け取られるべきお金です。」
「いいの。お願い。そのお金を受け取るようなこと、私は何もしていなかったもの。ただ、相手に合わせて笑ったり、泣いたり。ただ、それだけ。」
「それで救われた人が多くいます。」
「違うの。私は、救ったりしてない。彼らは、結局は、自分の力で救われたのよ。ねえ。ミヤコ。私は何も分かってなかった。ただ、鏡のように感情を映していただけだったの。でもね。今は違うわ。私は、自分の中から、あなたに似た感情を探して、そうして、あなたを分かるのよ。」

ミヤコは、私の言った事を分かってくれたのだろうか。私の目を覗き込むように見た後、立ち上がり、私をそっと抱き締めた。

「また、遊びに来てちょうだい。もうすぐ赤ちゃんが生まれるの。」
「ええ。ぜひ。シホ様に似た、可愛らしい子が生まれるでしょうね。シホ様をお世話させていただいたように、赤ちゃんをお世話させていただけるなら、また、時々寄らせてもらいます。」
「ええ。そうして。」
「シホ様。こうやってお目にかかれて良かった。とても幸福そうですね。」
「ありがとう。」
「あの頃より、ずっと力強く励まされます。」

私は、ミヤコが見えなくなるまで手を振った。お腹の赤ちゃんが、強く内側から私を蹴っている。

ねえ。もうすぐよ。あなたが、この素敵な世界に出て来るのも。私は、内なる幸福に溜め息をつく。


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