セクサロイドは眠らない
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2003年01月02日(木) |
彼女は、もう、泣かなかった。それは、毎夜の事だから。そうして、彼女を一晩中抱き、彼女は快楽の渦に我を忘れる。 |
彼女は、その日が来るまで幸福だった。ハンサムなやさしい夫の愛を盲目的に信じ、体も心もすっかり預けていたのだ。
その日も、 「いってらっしゃい。」 と送り出した時、いつもの笑顔で応えてくれた。
それから、夫が帰宅するまでの時間、ただ、夫の好む食事のメニューを考え、夫のワイシャツにアイロンをかける幸福な妻でいればよかった筈なのだ。
だが、いつも夫が帰宅する時間、夜の八時になっても、夫は帰って来ない。たまには残業もするだろうと、九時まで待っても、十時まで待っても、一向帰ってくる気配がない。十二時が回った時、とうとう彼女は泣き出してしまった。それから、なぜ連絡がないのかと考えた。もしや、事故にでもあったのかと、まんじりともせず朝まで起きていたが、結局、電話のベルは一度も鳴らなかった。
彼女は、どうしていいか分からなかった。会社の始業の時間が来たところで、夫の勤め先に電話をしてみたが、本日はまだ出社していないとの返事。夫の同僚に問い合わせてもらっても、昨日は定刻には会社を出たという話だ。彼女は、半狂乱になり、警察やら病院に電話を掛けまくった。しかし、結局、夫らしい人物の情報は得られなかった。
失踪。
そんな言葉が頭をよぎる。だが、何度思い返しても、原因になるような事は思いつかない。
彼女は、夫のいない生活を何とか受け入れようとしたが、駄目だった。
そうして、夢を見るようになった。
最初は、夫が、まぶしい笑顔をこちらに向けて、 「帰って来たよ。」 と、言う。
そこで目が覚めていた。
それから、次第に、 「遅くなってすまなかった。寂しかったろう?」 と、夫が彼女を胸に抱いて、きつく抱き締める夢を。
それから、泣いて、どこにも行かないで、と叫ぶ彼女に、 「馬鹿だなあ。もう、どこにも行かない。」 と、唇を重ねてくる夢を。
寝る事だけが楽しみだった。寝れば、彼に会える。彼は、彼女を抱き締め、決して離さない。唇の暖かい感触に心が安らぎ、彼が服を脱がせる指先は彼女の体を溶かして行く。
彼女は、もう、泣かなかった。
それは、毎夜の事だから。そうして、彼女を一晩中抱き、彼女は快楽の渦に我を忘れる。
彼女は、昼間は、ただ、夜を待ってぼんやりと過ごし、夜は、体をきれいに洗い、彼が好んだ香りをつけて床に入る。
そうすると、今夜も。
「帰って来たよ。」 という言葉で始まる二人の夜。
そうやって、三年が過ぎ、五年が過ぎ、知人が失踪届を出す事を勧めても、再婚を勧めても、彼女は笑って首を振った。
なおも、十年が過ぎ、二十年が過ぎ。彼女は、老いていった。だが、夢の中の夫は、変わらず若々しく、夢の中の彼女もまた、若く美しいままだった。そうして、若いままの肉体で抱き合う。疲れを知らず、終わりを知らず、何度も何度も、交わり続ける。
「きみにどんどん夢中になる。なんてかわいらしいんだろう?ほら。この乳房。この肌。」
彼女は、それで充分だった。
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もう、彼女は、今ではすっかり年老いてしまった。だが、人々は、時折、彼女が熱っぽい目で空を見る時、どきっとするのだ。まるで少女のような顔に見える事さえある。しわだらけの顔。たるんだ、首筋。薄くなった髪の間から地肌が透けて見える。なのに、ともすれば、艶っぽい声を立てて笑う。それは、気味が悪いぐらいだった。
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その家の前を、一人の老人がうろうろと歩いている。何度も立ち止まり、ドアチャイムを鳴らそうとし、また、首を振って立ち去ろうとする。しかし、また、振り向いて、その家の表札を指でなぞり。
ついには、意を決したのか、老人は、玄関を開け、中に入って行く。
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「誰なの?」 少し耳が遠くなった彼女は、誰かが家に入って来たのに驚いて、大声を出す。
「俺だよ。お前の夫だよ。」 老人は、慌てて叫ぶ。
「私の・・・。夫?」 彼女は、その老人をじっと見て。それから、首を振る。
「違います。私の夫は、あなたみたいなおじいさんじゃありません。」 「何を言ってるんだ。あれから五十年は経った。もう、お互い、いい年じゃないか。」 「いいえ。私の夫は、背がもっと高い。それに、歯が自慢なの。真っ白な歯を見せてにっこり笑うのが素敵なのよ。」 「おい。そりゃ、俺は、確かに背も縮んだし、歯はすっかりボロボロだよ。だが、お前だって、いいばあさんだ。」 「まあ。この人、さっきから何を言ってるのか分からないわ。ねえ。いい加減にしてくださいね。」 「俺が悪かった。惚れた女がいたんだ。その女の暴力亭主から女を助けるために、女と逃げた。だが、その間、一度もお前を忘れた事はなかったんだよ。」 「あら。面白い事をおっしゃるわねえ。」
彼女は、笑った。大声で。
「ねえ。あんたが、本当にあの人なら、私を抱いてごらん?その老いぼれた体で。いつもみたいに、私を楽しませてみてちょうだい。あんたみたいな年寄りにそれができるとは思えないけどね。」 「そりゃ、無理だ。ずいぶん前に、病気してね。もう、そっちは駄目なんだよ。」
彼女は笑いが止まらなかった。そりゃそうでしょうよ。あの人に似ても似つかないこの男に抱かれるなんて。この白いピチピチの肌に触れられると思っただけで虫唾が走るわ。
そうやって、いつまでもいつまでも。彼女は目の前の貧相な老人に向けて笑い続けた。
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