セクサロイドは眠らない
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俺はさ、男の子だから
愛人業
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そこは高くて、ちょっぴり怖いんだけど。でも、あったかくて、広くて。僕は、だから安心していられる。僕が歩くよりずっと早い速度で、ずんずんと景色が変わっていくんだ。だから、僕は、うわー、っと声を出してしまう。
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ケイタの幼稚園の仲良しのミツルは今日もケイタが登園するのを待って、園庭に誘う。
「待ってよー。」 と、ケイタがぐずぐずするのを、 「ほら。帽子。」 と渡してくれて、ケイタのママみたいに世話を焼いてくれるのだ。
最近の二人は砂場遊びが気に入ってて、今日も砂場でおしゃべりをすながらスコップを動かす。
「でね。昨日さ、・・・レンジャーのショーに行ったんだよ。」 ミツルが、言う。
「ふうん。かっこ良かった?」 「うん。写真とか撮ってもらった。」 「僕も行きたかったんだけどさ。ママが仕事だったから、おばあちゃんちにいたんだよ。」 「そっか。ケイタのママ、お休みの日も仕事してんだ。」 「うん。ママ、忙しいのね。だから、僕、ショー行きたいとか言えなかった。」 「あ。そうだ。こんど、カードあげるよ。昨日もらったんだ。ショーに来た子にサインしてくれたやつ。」 「ほんと?」 「うん。」 「いいの?」 「いいんだよ。僕は、本物見たから。パパがね。肩車してくれたんだ。人がいっぱいで、見えないよー、って言ったから。」 「そしたら、見えた?」 「うん。見えた。」 「へえ。いいなあ。僕、パパいないから。」 「でも、おじいちゃんもおばあちゃんもいるからいいじゃん。僕んち、おじいちゃんもおばあちゃんもいないよ。」 「でもパパとおじいちゃんは違うからなあ・・・。」
ケイタは、砂の山をスコップでペタペタ叩いた。
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「今度の土曜日。どう?忙しい?」 「夜なら空いてますけど。」 「前から言ってただろう?ケイタくんも連れて、食事。」 「ええ・・・。」 「まだ、気持ちが揺れてる?」 「そうね。正直、早過ぎると思ってるの。」 「・・・。」
いつものように、仕事の帰り道。シズエは、恋人の安藤に送られながら、彼を喜ばす返事ができないでいる。
「もう、一年になる。」 「そうね。」 「きみはいつも、そんな調子だ。」 「責めてるの?」 「いや。そうじゃない。そうじゃないけど・・・。どうしたらいいのかな。どうしたら、きみとの関係を深められるのかと悩んでるんだ。」 「今のままで充分じゃない。」 「本当にそう思うの?」 「ええ。ようやく、私とケイタの二人の生活に慣れたところなの。お願い。このまま、そうっとしておいて。」
安藤は溜め息をつき、シズエの手をそっと握る。冷えた小さな手が、安藤の手の中でかすかにこわばる。
二人は、無言でしばらく歩いた。
「言いたくはないんだけど・・・。」 シズエが、口を開く。
「何?」 「あなた、お子さんと離れてるっておっしゃってたでしょう?」 「ああ。別れた妻の元にいる。」 「ケイタを身代わりに可愛がろうとしてるんじゃないかって。」 「まさか。」 「ええ。そうよね。失礼な言い方よね。分かってるんだけど。あなたが道端で子供を見かけた時の顔とか見てたら、ほんと、なんて言っていいか分からなくなるの。」 「そうか。」 「ごめんね。」 「いいんだ。そりゃ、気にはなる。息子も、あれぐらいになったかな、とか。だけど、ケイタくんのことは、そんな気持ちで会おうとか、そういうんじゃないんだ。」 「分かってるの。ただ、不安なだけ。いろんな事が。一度には決められない。」 「分かった。すまない。時間を掛けて考えよう。」
安藤は、別れ際、手に力を込める。それが、さようなら、の合図。声に出して言うのは寂しいから、と、シズエが頼んだから。
電車に乗り込むと、もう、シズエは一刻も早くケイタに会いたくてしょうがなくなる。亡くなったケイタの父親以外の男性に心を惹かれていることがうしろめたい。
本当に。どうして、ケイタのためだけに生きられないの、と、我が身に問う。
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「ママ、おかえり。」 「あら。ケイタ。まだ起きてたの?」 「うん。待ってたんだよ。」 「嬉しい。ママ、これでも急いだんだけどね。社長さんがこわーい人で、ママ叱られてばっかりなの。」 「ふうん・・・。」
ケイタが不安そうな顔になるのを抱き締めて、大丈夫よお、と笑って見せる。
「ねえ。ママ。僕、また夢を見たんだ。」 「そう。どんな?」 「んとね。パパに肩車してもらう夢。」 「そうなんだ?へえ。いいなあ。」 「最近、よく見るんだよ。」 「ふうん。」 「ママは?パパの夢見ないの?」 「うん。そうねえ。時々見るよ。でも、パパはママのこと、肩車なんかしてくれないよ。」 「そりゃそうだよ。ママは大人だもん。」 「あはは。そうだねえ。」
子供歯磨きの甘い香りがする頬にキスすると、布団を肩まで掛けてやる。いつからだったか。一緒に寝るのは恥ずかしがって。一人で寝られると言った時、むしろ、シズエのほうが寂しい思いをしたものだった。 「おやすみ。」 「うん。ママ、おやすみ。」
シズエは、キッチンに戻り、冷蔵庫からビールを出す。肩車かあ・・・。一度、ママがしてあげようか?って訊いたんだよな。そうしたら、ママは女だから無理って、ケイタが言ったんだっけ。あの子、どんどん、大きくなる。
安藤に、会わせるべきかどうか。
正直、結論は出ない。
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「無理言ってごめん。」 安藤が、ひたすら謝るから。
「もう、いいですって。」 あんまりにも安藤が申し訳なさそうな顔をしているから、シズエは何と言っていいか分からない。
年末の休暇に入った途端、安藤がいきなり朝電話して来て、どうしても連れて行きたい場所があるからケイタくんと一緒に行こう、と、言った。
「ケイタ。どうだ?」 海沿いの道を、安藤が車を走らせながら訊ねる。
ケイタは、助手席で恥ずかしそうに笑ってばかり。
「ほら。ケイタ、ちゃんとお返事。」 シズエがはらはらしながら、返事をうながす。
「たのしい。」 「そうか。楽しいか。」 安藤は、嬉しそうに笑った。
「着いた。」 降り立った場所は、自然公園の入り口。
「なあ。ケイタ。」 安藤が突然しゃがみ込んで、背中をケイタに向ける。
「・・・。」 ケイタは困ったようにシズエの顔を見る。
「肩車しちゃる。乗りな。」 「ケイタ、おじさんにお願いしなさいよ。」
ケイタは、恥ずかしそうな顔のまま、安藤の背中に手を掛ける。
「大丈夫か。怖かったら、おじさんの頭しっかり持ってな。」 「うん。」 「シズエさんは、車で待ってるといい。寒いから。」 「お願いします。」
ケイタは、安藤の肩の上で、嬉しくてしょうがないという感じで、手を振っているから、シズエも思わず手を振り返す。
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「なあ。怖いか。」 「ううん。怖くない。」 「そうか。」 「夢とおんなじだもん。」 「夢?」 「うん。夢。肩車してもらう夢。」 「そうか。パパか。」 「うん。パパ。でも、おじさんの肩車も、おんなじだ。」 「そりゃ、良かった。なら、怖くないな。」
安藤は、ひたすら坂道を歩いた。二十分ほど歩くと、そこはいきなり視界が開けて、展望台という看板が出ている。海が広がっていて、ケイタは思わず、「わあ。」と声を出した。
「おじさん、降ろしてくれる?」 「ああ。」
安藤は、正直、息が切れて返事がようやくだった。
「ああ。おじさん、子供を肩車するの久しぶりだったから、疲れたわ。」 「大丈夫?」 「うん。今度会う時までに、ちゃんと鍛えておくわ、な。」 「今度って?」 「さあ。いつかな。今度。」 「また、会えるの?」 「うん。多分、な。おじさんと友達になってくれたら。」 「友達に?」 「ああ。大人と子供でも、友達になれるんだぞ。」 「そしたらまた、肩車してくれるの?」 「もちろん。」
安藤は、ケイタが子供らしくいつまでも恥ずかしがっているのが、かえっていじらしく。
代わりじゃない。代わりなんかにしてないぞ。
と、ケイタの頭にそっと手を載せる。
「降りたらな。ママに、僕とおじちゃん、友達になったって、言ってくれるか?」 「いいよ。でも、自分で言えばいいのに。」 「そうだなあ。」
安藤は笑った。ケイタは、重いよ、と、その手を除けながら、一緒に笑った。
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