セクサロイドは眠らない
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2002年12月27日(金) |
透けて見える腹の辺りの赤いものを見て、金魚だと分かった。こいつ、俺の金魚食いやがった。 |
だんだん人としゃべるのが億劫になり、コンビニに行くのも難しくなって来た。何がきっかけなのか分からない。バイトで同僚と揉め事を起こして辞めたのがきっかけか。しばらくのんびりしようと、パソコンでゲームをして過ごしたりしていた。風呂にも入らず、服も着替えなくなった。いわゆる、ひきこもりというやつか。
金魚だけが、唯一、僕の生活を見ていた。去年の夏まで付き合っていた彼女と夏祭りですくった金魚。夏が終わって別れて、金魚だけが残った。最初は彼女を思い出すから嫌だった金魚も、放っておいても死ななかったという理由で一年以上も生き長らえ、それなりに愛着も湧いて来たところだ。
パシャッと音がして、僕は振り向く。餌は・・・。やったっけ?もう、起きる時間もめちゃくちゃなら、寝る時間もめちゃくちゃだった。金魚に餌をやったかも思い出せない。
僕は、餌はまた後でいいか、と思い、そのままパソコンのディスプレイに戻った。それから目がしょぼしょぼするまでゲームを続け、眠たくなったのでベッドに倒れこんだ。夢の中で、また、金魚がバシャバシャと音を立てた気がした。明日、餌やるからな。そう思った。
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朝起きて、何かが少し違う気がしたが、何が違うのか分からないまま、少しぼんやりしていた。
それから、あ、そうそう、餌だっけ、と思って立ち上がって。あれ?と思った。金魚がいない。僕は驚いて水槽を覗き込んだ。いない。どうした?どこに?腹減って飛び出したか?まさか。
それから、もう一度よくよく見直した。
何かいるか?
そこには僕の手の平を開いた長さぐらいの、透明に近い細長い生き物がすうっと泳いでいた。昔、本で見た、生き物に寄生する回虫に似ていた。
何?これ。どこから湧いて来た?
それから、透けて見える腹の辺りの赤いものを見て、金魚だと分かった。こいつ、俺の金魚食いやがった。
僕は、その生き物にしばらく見入っていた。金魚のことは、なんとなく、ほっとしたような気分だった。彼女の事を思い出すことを、僕はやめられなかったから。だが、この新参者があっさり食ってしまった。不思議な生き物だった。その瞳すら、透明で。それはとても気持ち悪い筈なのだが、僕は目が離せなかったのだ。
僕は、それを一日ぼんやりと眺めていた。彼は知らぬふりで、ゆったりと泳ぎ回る。
ふと僕は、思いついて冷蔵庫を覗き、乾いたちくわを取り出し、それをちぎって落としてみた。すると、ソレは、すぐにすうっと寄ってきて、パクリと一口で飲み込んだ。腹は膨れ、白いちくわの破片がそのままの形で納まった。じっと見ていると、それは少しずつ消化され、不思議な事に数分後には彼の体は元の透明に戻ってしまった。まったく奇妙な生き物だな。
僕は、ちくわをちぎっては入れ、結局一本丸々食べさせてしまった。
よく食うなあ。
それだけで僕は、夜中にはくたくたになってしまい、ベッドに倒れ込んで眠った。その生き物はとても静かで、水音はまったく立たなかった。
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翌朝、僕は真っ先に水槽を覗き込んだ。ソレは、確かに一回り大きくなっていた。こちらを見たかどうかは分からなかったが、確かに僕のほうにすうっと寄って来て、それから僕の眼前をゆっくりと泳いで見せた。
僕は、コートを着込み、外に出た。
こいつに何か食べ物を買わなくちゃな。
帰りに金を引き出しに行った銀行のキャッシュコーナーには驚くほどの列が出来ていた。
そうか。年末なんだな。
両替機から新札を取り出している老人を見ながら、孫にあげるお年玉なんだろうかと考えたりした。
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「ただいま。」 なんとなく、その生き物に声を掛けた。
そいつは知らん顔して泳いでいた。
僕は、さっそくコンビにの袋からいろいろと取り出して、自分が口に入れる前に少し取り分けては、そいつにやった。そいつは見えてないような顔をしていながら、うまいこと食べ物をキャッチして飲み込んだ。
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僕と、その奇妙な生き物の生活は、一週間、二週間と続いた。もう、水槽はすっかり手狭になり、僕は新しい水槽にそいつを移し変えてやった。相変わらず僕はひきこもりだったが、唯一、そいつだけは僕から行動する力を引き出していた。
そいつから足が生えて来た時、体長はもう、80cm近くなっていた。これからこいつはどこまで大きくなるのだろう。
そうして、程なく、そいつは水槽から這い出して来た。水から出て来たソレは、ますます気味悪く、それでいて、僕はそいつを嫌うことは決してなかった。
貯金がなくなったら、また、働くしかないな。
そう思って、僕は、そのぶよぶよした透明な生き物との生活を送り続けた。もう、体長は1mを超えた。食べ物は、もはや、調達するのが大変なほどだった。実際、こいつの適正な餌の量はどれくらいなんだろう。僕は、そんなことを考えながら、隣の家から犬を連れて来てそいつに与えた。
そいつは、黙って犬を丸呑みして、しばらくは動けないという様子でじっとしていた。
僕は、確実にそいつを愛していた。
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とうとう、そいつは2m近くなってしまった。僕は、残高がゼロの通帳を持ってそいつの前に座っていた。
「このままだと、もう、お前の食べ物はどうしてやりようもなくなるんだよ。」
当たり前だが、彼は黙っていた。
ここを出たら、こいつは捕まって、人の目にさらされてしまう。その前に心ない誰かに殺されてしまうかもしれない。のそのそとしか動けないそいつを見ていると、僕は胸が締め付けられる気分だった。
「なあ。どうしようか。」
そう言ってから、僕は、そいつが一度も僕に餌をねだった事がないことを思い出した。
「結局、俺が餌やり過ぎたから、こんなに大きくなっちゃったんだな。」 と、僕は言った。
そいつは、うなずくこともなく、ただ、そこにいた。
実際、僕自身、もう昨日から何も食べていなかった。
「はは。馬鹿だよな。俺。こうなるまで、何にも考えてなかったんだよ。ただ。なんというか・・・。」
・・・。
「そうだ。夢中だったんだよ。」
・・・。
それから、突然、 「僕を食べてくれよ。」 と言った。
そう言葉にしてみて、初めて僕は、それを心から望んでいることを知った。
本当に、心からそうして欲しかった。そうして、そいつは、僕がすっぽり食べられるぐらいに大きくなっていたのだ。
そいつは、黙って口を開けた。
僕は全然怖くなかった。
そいつの体の中にずるっと飲み込まれて行く時、僕は、なんとなく幸福だった。もう、自分の足で外に出なくていいんだ。
それから、彼の体の、あたたかくもなければ、寒くもない場所で徐々に意識を失っていった。
明日、彼と一緒に部屋を出る。そうか。そのためにこいつはこんなに大きくなったんだっけな。
最後の意識の中で、そんなことを考えた。
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