セクサロイドは眠らない

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2002年12月18日(水) 退屈を解消しようとせんばかりの激しいセックス。自分を投げ出す女には、安い値段がつけられる。

妻は、朝が弱い。

「行ってくるよ。」
僕が声を掛けても、んん、というようなうめき声が布団から聞こえてくるだけだ。

「今日、遅くなるから。」
もう一度声を掛けても、もう、返事はない。妻は夢の中だ。夏はまだそれでもいいのだが、寒くなるとてんで駄目らしい。

僕は、いつものことだからすっかり慣れっこになっていて、自分でコーヒーを淹れ、出勤する。

--

携帯電話を取り出すと、メールが二通入っていた。一通は女子高生のアユミで、もう一通は人妻のリサコからだ。アユミのメールは両親や教師についての他愛のない愚痴。リサコのメールは、夫が予定通り出張に行った事を伝えるものだった。

アユミのメールは、適当ななだめ文句と、それから今度気晴らしにカラオケにでも行こうよという誘い。リサコのメールには、今夜八時にはそちらに行く、との連絡。

僕は携帯を胸ポケットにしまうと、満員電車に乗り込む。今日も一日、うんざりするような仕事が待っている、。会社の業績不振により社長が交代したのだが、自分の子飼いの部下を取り立てる新社長のやり方が現場で不審を買い、みなやる気をなくしている。希望の持てない時代だ。

僕は首を振り、今夜のことを考える。リサコは退屈した主婦だった。働き者の夫の稼いだ金を使うことぐらいしか興味のない女だった。今夜も、訪ねていけば高価な酒を飲ませてもらえることだろう。それから、退屈を解消しようとせんばかりの激しいセックス。自分を投げ出す女には、安い値段がつけられる。僕は、リサコに対してあまりお金も時間も使わなくなった。そうすると、女はますます焦り、僕の気を引こうと躍起になってくるのだった。

「楽しそうですね。」
会社の近くまで来たところで、課の奴に声を掛けられる。

「馬鹿言え。まったく、お前らのせいでこっちは大変なんだからな。」
笑いながら、エレベータに乗り込む。

まだ、余裕がある。まだまだ、大丈夫だ。それなりに上手いことやれてるさ。

そう自分に言い聞かせながら、僕は机に向かう。

--

「遅かったのね。」
リサコは恨みがましい声を出す。

「ああ。しょうがないさ。厄介な問題を抱えててね。」
そう言いながら上着を脱ぐ。

本当は嘘だった。アユミが携帯の通話料の事で親に叱られたとかで泣きながら電話して来たのをなだめていたのだった。リサコは焦らすぐらいのほうがいいのだ。そう学んでいるから、僕は、時間に遅れることを気にしなかった。

テーブルには相変わらず贅沢な食材を使った料理が並んでいた。
「へえ。すごいな。」

「お料理教室で習ったの。」
女は嬉しそうな声を出す。

「でも、健康診断の結果がちょっとやばかったんだよね。あんまり脂っこいものはやめてくれよな。」
「分かったわ。」

リサコはいそいそとワインをグラスに注ぎ、僕が料理に口をつけるのをうっとりと眺めている。

--

「ただいま。」

やっぱり返事はない。

今日も、妻は先に眠ってしまったようだ。よく寝る女だ。食事は要らないと言っておいたから、食卓には何も乗っていない。

僕はエスプレッソを淹れ、乱雑な部屋を見回す。リサコのところのように行き届いた掃除もできていない、我が家。だが、それなりにこの家も、妻も、愛している。

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日曜日。

妻は、寝起きの乱れた髪の毛のまま、僕の前に座って嬉しそうにあれこれとどうでもいい話をしている。

「なんかいい事でもあったの?」
僕は、なんとはなしに訊ねた。

「だって。今週、ほとんど顔合わさなかったじゃない?久しぶりに一緒にいられて嬉しいの。」
「あはは。それはきみがいつも寝てばっかりのせいじゃないか。」
「そうだけどね・・・。私って駄目ねえ。あなたが働いてくれてるから、こうやって不自由なく暮らせてるのに。」
「いいさ。」

ああ。本当に。きみはいてくれるだけでいい。ここにこうやって。貪欲に欲しがらず、ただ、満たされていて欲しい。

「コーヒー、もう一杯?」
「ああ。頼むよ。」

僕は微笑む。

--

アユミは、もう、僕にメールなど寄越さない。どこかで金回りのいい男を見つけたらしい。そうして、僕は今、目を吊り上げてわめいているリサコを前に、途方に暮れている。

「もう、あんな亭主、家に入れる気はないわ。」
「まあ、落ち着けって。」
「ひどいの。出張と偽って、どこかの国の女を囲ってたのよ。」

きみだって同じようなものじゃないか。そんな言葉を飲み込んで、僕は、そろそろ終わりだな、と悟る。

「何よっ。あたしを見捨てる気?あれだけ尽くしたのにっ。」
背後でリサコが叫ぶ。

だが、追っては来ない。女は、最後は、金がある方を選ぶから。

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帰宅すると、妻が珍しく起きていた。
「お帰りなさい。」
「どうしたの?珍しいじゃない?」
「ええ。たまにはさ、ちゃんとあなたと話をしようと思って。」

妻の様子は、どこかおかしかった。顔は笑っていたが、声が震えていた。

どうした?何があった?

僕は、食卓の上に置かれた携帯電話の明細に目を落とす。

「ねえ。知らない番号が幾つかあるわ。これ、なあに?」
「ああ。取り引き先の・・・。」
「嘘ばっかり。だって、女の人が出たわよ。」
「かけたのか?」
「ええ。」
「馬鹿な事を。で?何を言った?」
「何も言ってないわよ。女の声がしたら、すぐ切ったから。」

どういう事だ。きみは何も知らずにここにいれば良かったのに。

それから数日、静かだった我が家に涙と怒声が響いた。

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「ねえ。何が問題なのかしら。私達。」
「何も悪くはないよ。」
「嘘ばっかり。本当は不満だったんでしょう?私がだらしない妻で。」
「そんな事はない。悪いのは僕だ。」
「私、気をつけるわ。ちゃんとします。だから・・・。」

涙を流し続ける妻に、僕はもう何と言っていいか分からない。

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「いってくるよ。」
今日も、僕はそうやって家を出る。

「いってらっしゃい。」
前と違うのは、背後でいつまでも僕を見送る妻。

夜、どんなに遅くなっても、最近では妻は起きて待っている。部屋はきれいに片付いて。

それから、携帯電話の明細はしっかり取られている。

ああ。幸福な我が家。よくできた妻。

だが、どうしたことだろう。あの日以来、僕は憂鬱な顔。男とはなんて身勝手な生き物だろう。もう、知らない頃のようにはきみを愛せなくなっている。


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