セクサロイドは眠らない

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2002年11月26日(火) 男は、結婚以来、初めてというぐらいに女をいとおしく感じ、久しく触れていなかったその唇に、自分の唇を重ねる。

ある日。

僕は道端に落ちていた腕を拾った。

肘から下だけの女性の腕だった。血も流れておらず、状態は良かった。その白い、少々ぽっちゃりした肌は美しく、僕にはそれが死にゆく肌ではなく、生き続けている肌だと分かった。

だから、それを持って帰った。

僕は、しばらくその腕を裏にしたり、表にしたり。それはなかなかに愛らしく、僕はとても気に入ってしまった。指輪はなく、マニキュアも塗られていなかった。僕は、さっそくに近所のドラッグストアに行き、淡い桜色のマニキュアを。ふと思い立って、鮮やかな赤のマニキュアも買った。きっと、腕は、赤い色を塗られた自分に気付いたら、活き活きと動くのではないか。そんな風にも思えたのだった。

僕は、帰宅して、腕がそこにまだあることに気付いて安心する。

それから、その腕の持ち主を思い描きながら、桜色のマニキュアを塗ってやった。この腕の持ち主は、きっと全身がふくよかで女性らしく、肌の白さからいって家の中にいることが多い女だろう。そうだな。表情は少し乏しいかもしれない。指輪やマニキュアと縁のない生活を送っているということは、自分自身を飾り立てるような暮らしをしていないということだ。きっと、自分を飾ることを忘れて、ただ、一人、部屋の中でぼんやりと男を待っている。そんな生活をしていることだろう。

さて。できた。どうだろう?白い肌は透き通るようだから、淡い桜色のマニキュアが、腕の清楚な様子を引き立てる。

僕は、ほれぼれとその腕を眺める。

--

男は、ほんとうに何日かぶりに帰って来た。女は、溜め息と一緒に立ち上がり、男のために食事の用意を始めようとして。そうして、自分の左腕がないことに気付いて笑い出す。いやだ、私ったら。どうして腕がないことに今まで気付かなかったのだろう。それぐらいに、自分のことに関心がなかったのだ。

「なんだ?」
男が不機嫌そうな顔で訊ねる。

「あのね。気が付いてみたら、腕がなかったのよ。」
女は、尚も笑いが止まらない。

「頭、おかしいんじゃねえか?」
男はイライラとして、女の顔をにらみつける。

いつもの事だ。男は、たまに帰って来たと思ったら、いつも不機嫌で。女は、怒られるのに慣れていた。

「もういいよ。飯はいらん。どうせ片腕じゃ、何食べさせられるか分かったものじゃない。」
「あら。そうですか。」

女は、なんとか笑いをおさめ、男の傍に座る。

「どうなんだ?最近。」
「どうって。何にも。」
「つまらん女だな。お前は。」
「あら。誰がつまらない女にしたんでしょうね。」

こうやっていつもの喧嘩が始まる。数日間、喧嘩を繰り返し、それから、男はプイと出て行く。それが、男と女の夫婦の生活。

男は、苛立った顔で女を見ていたが、ふと、その、肘から下のない腕に目を止める。
「なあ。痛くはないのか。」
「いいえ。ちっとも。自分でも、さっきまで気付かなかったぐらいだもの。」
「ちょっと貸してみろ。」
「なんですか。触らないでくださいよ。」
「いいから、見せてみろ。」
「痛いったら。」

男は、なんというか。その、肘から下がない腕が気に掛かり、唐突に女を抱きたくなったのだった。

「なあ。」
「なんですか。離してください。」
「いいだろう。たまには。俺達は夫婦なんだしさ。」
「だって。今の今まで放っておいたくせに、その気になれというのが無理でしょう。」
「ごちゃごちゃとうるさいな。女房は黙って抱かれてたらいいんだ。」

女は、腕一本では抵抗しきれず、不貞腐れた顔で男の力に身を任せた。

男は、声一つ立てない女に不満だった。そうだ。この女はそういう女だった。だから、俺はこの家にいても面白くなくて、よそにばかり入り浸るようになったんだった。

--

僕は、その腕の愛らしさに感動し、思わず唇を這わせる。腕の内側をゆっくりと唇でなぞっていき。その脈打つ部分を、舌を出して、ゆっくりと味わう。それから人差し指を口に含む。すると、指がかすかに反応を示した。

なんて、可愛い。

僕は、更にゆっくりと人差し指を口から出すと、更に、他の指を一本ずつ口に含む。

恥らうように、手の平を閉じようとするのを無理に開かせて、その手の平を僕の頬に滑らせる。

可愛い。可愛い。夜は、赤いマニキュアを塗ってあげよう。赤い色は、驚くほどにきみの白さを引き立てて、きみは、きみの知らない自分を意識することになる。

--

なんだ?

男は、女が急にピクリと身を奮わせたのに驚いて、その腕に力を込める。

押し殺した吐息が、男の肌に当たる。

なんだ、感じてやがるのか。

男は少し嬉しくなって、女の白い体をやさしく撫でる。女は身をよじり、目を潤ませる。男は、結婚以来、初めてというぐらいに女をいとおしく感じ、久しく触れていなかったその唇に、自分の唇を重ねる。

女の唇は、体からこみ上げてくるものを抑えきれないといった風に、男の唇に応える。

なに?どうしたの?

女自身、何が起こったのか分からずに、初めての感覚に我が身を委ねる。

--

ひとしきり戯れた後の腕は、ほんのりと赤らんでいる。

僕は、腕をそっと僕の傍らに寝かせ、おおいに満足して目を閉じる。

ああ。なんてことだろう。知らない女の腕の肌の感触を、こんなにも楽しんでいるなんて、僕はどこかおかしいんじゃないだろうか。

ふと横を見ると、腕も満足して眠っているように見えた。僕はその小指の先に軽いキスをして眠りに落ちる。

--

男は、もう、何日家にいるだろう。不思議なことに、今回はまったく喧嘩もない。それどころか、腕のない女を気遣って、男は家事の手伝いすらしてくれる。

女は、よく分からないけれど、腕がなくなったことで何かがいい方向に動き始めたのだと悟る。

自分の肌のきめの細かさを自慢に思うようになり、男が帰ってくるまでの時間に赤いマニキュアを塗ってみたりもする。足の指にマニキュアのハケを挟んで塗るものだから、随分と時間が掛かるのだけれども、どうせ暇なのだ。思いがけず、男が喜んでくれたのが嬉しかった。指先がポッと暖かく感じられ、それは全身を駆け巡った。

片腕では不自由だろう、と、男が今日も、風呂場で髪を洗ってくれる。

この後の時間を思うと、知らぬ間に笑みがこぼれる。男もきっと同じ思いだろう。

昨日の夜は、初めてそれを手で握ってみた。そうだ。と男は嬉しそうに笑った。上手いじゃないか。どこかで習ったのか。そんなことを言うものだから、買い物以外滅多と家を出ない女は、嫌な冗談ね、と笑ったけれども。それは、どこか知らない場所で知らない自分が体験して来たことのように思えるほどに肌に馴染みのある感触であった。


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