セクサロイドは眠らない

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2002年11月23日(土) 気付いた時には、二人裸で、ベッドで笑っていた。そういえば、誰かに素顔を見せたのは久しぶりかもしれない、と思った。

「旦那様が呼んでおられます。」
そう言われて、迎えの車に乗り込む。

今夜あたりが危ないのかもしれない。やさしい人だから、病でやつれた姿を見せて私に心配をかけないようにと、病院へは私を近付けなかった。私は、ただ、そうやって甘やかされているのが私の仕事と思っていたから、彼の言う通り、それまでの生活を崩さずに暮らした。

病室は、豪華で素晴らしかった。彼は少し顔色がいいように見えた。

「わざわざ呼びつけてすまなかったな。」
と、微笑んだ。

「いいのよ。あなたの妻ですもの。むしろ、本当はもっとここに来なくちゃいけないのに。」
「いや。いいんだ。お前の顔を見たいのはやまやまだが、自分が衰えて行く姿は見せたくないんだよ。」
「でも、あなた、今日はお元気そうですわ。」
「なに。無理してるんだ。」

言われてみれば、彼の体は、何十個ものクッションに支えられて、かろうじて座っているように見えるだけだった。私は、唐突に涙が出そうになる。

「大丈夫だよ。」
「何がですの?」
「私がいなくなっても、お前は。」
「そんなこと言われても、困るわ。」
「大丈夫だ。本当に。」

震える私の手を、乾いた彼の手がそっと撫でる。

ようやく涙の発作がおさまった私は、顔をあげて彼に笑顔を見せる。この笑顔が彼は好きだった。だから、私は、いつもきちんとお化粧して、彼に花のような笑顔を見せた。「お前の顔が生きる力になるよ。」、彼はそう言って、私の顔を、美貌を誉めてくれた。そうやって、幾つもの店を経営して、私達は裕福な生活を送った。どこに出かけても素晴らしいカップルとして称賛された。

不思議なことに、私は、いつまでも年老いることなく、美しかった。ほっそりした体。しみもしわもない顔。豊かな黒髪。彼が少しずつ老いて行くのに、私は変わらない美貌を保っていた。

彼は、その事実を驚きながらも、尚、愛してくれた。

そうして。彼は、充分に生きた。私が残りの人生を困らない程の財産を残して、そろそろ、その生を終えようとしている。

「私が死んでも泣かないでおくれ。」
「どうして?」
「お前は、無傷で生きて行くのがふさわしいからだ。」
「そんな・・・。私だって普通の人間ですわ。」

私は、彼の額をそっと撫でた。それから、頬に指を滑らし、唇に触れた。それは全て、私のものだった。

「本当は、お前は、私を愛してなかっただろう?」
「なんで、そんなことを?」
「いいんだ。お前は、私のことなど、さして愛していなかった。」
「ひどいことをおっしゃるのね。」
「じゃあ、言い換えるよ。私がお前を愛しているほどには、お前は私を愛していなかった。」
「それは・・・。そうかもしれませんわね。」

彼に嘘はつけない。私は、あっさりとその事実を認める。

彼は、私の顔を見て、なおも、微笑む。

たしかにそうなのだ。私は、彼がいなくなったら、また、似たような愛し方をしてくれる人を探す旅に出るだろう。私は、まだまだ、若く美しい。本当は、もう、八十を越えているというのに。どうしてだろう。なぜ、私は、いつまでも老いることなく生きているのだろう。

理由は分からないままに、私は、その美貌と若さを利用しながら生きて行く。

--

その夜、彼は永眠した。私は、あと始末を使用人に頼んで、旅に出た。私を愛してくれる人がいなくなった屋敷に残るのは、私にとって無意味だった。私は、小さな田舎町に移り住んだ。都会での贅沢な暮らしには、少しばかり飽いていたので、静かな場所でのんびりと暮らしたかったのだ。

その家は、小さくて可愛らしかった。私はそこが気に入った。

隣には、日焼けした美しい青年が住んでいた。異国の言葉を話すので、何を言っているのか分からないけれど、いつも笑顔で挨拶をしてくれた。

私は、その青年が気に入って、いつか会話ができるようになりたいと、その国の言葉を学び始めた。

私が気になっているのは、青年が庭に出て、いつもしていること。土に水をやっている。だが、その土からは、幾日経っても芽が出て来ない。

私は、片言で質問した。
「何に水をやっているの?」
「花だよ。」
「でも、ちっとも芽が出て来ないわ。」
「この花が咲く時期は、誰にも分からないんだよ。育てている本人にもね。」
「何の花?」
「愛の花だ。愛する人に巡り会えた時、花が咲くんだ。僕らの国の言い伝え。」
「素敵ね。」
「ああ。素敵だ。迷信だという人もいるけれどね。僕は、この球根を、結構高いお金を出して買ったんだよ。」

青年は、満足そうに微笑んだ。

私は、その笑みが嬉しくて。こちらの庭との境目の簡単な柵を乗り越えて、彼の家の庭に入る。

「やあ。美しいお客様だ。いらっしゃい。もっとちゃんとした招待をしなくちゃいけないのにね。」
「いいのよ。素敵な招待を受けたんですもの。」

私は、彼の腕に手を添えて、一緒に花に水をやる。水をやって済んだら、彼が私を抱きかかえて、部屋に。

簡素な部屋の壁には、花の絵。これが、愛の花ね。

彼は、私の化粧を落とし、服を脱がせる。美しい、と、つぶやき、そうしてやさしい手つきで愛撫を始める。

私達は、息をする暇もないぐらいに、何度も何度もキスをして。

気付いた時には、二人裸で、ベッドで笑っていた。

そういえば、誰かに素顔を見せたのは久しぶりかもしれない、と思った。

--

庭に出てみると、花が咲いていた。赤く、大きく、見た事もないぐらいに美しい花だった。

私達は、微笑み、互いの体に腕を回して、一生離れまいと誓い合う。

--

ここまでは、私の身によく起こった幾つかの恋のいきさつとそっくりだった。だけど、今度は違うのだ。今度ばかりは、本当の愛。私は、そんな確信に近いものを抱いた。

だが、恐ろしいことが起こった。

朝、鏡を見ると、目尻にしわが一本刻まれている。私は悲鳴をあげ、そこにくずおれる。彼が慌てて駆け付ける。

「どうしたの?」
「顔が。」

それ以上は言えない。彼は、慌てて私を抱き起こし、それから、心配ない、心配ないと、私の顔に何度も口づける。

私は、しわの一本ぐらい、取り寄せた化粧液でなんとかなるかもしれないと思い直し、その日は、彼と幸福な日を過ごす。

だが、次の日。また、次の日。日毎に私の皮膚は衰え、肉体は崩れて行く。

私は、嘆き悲しんで、彼を遠ざけようとする。

「神様、どうしてですか?ようやく、私は、安らぎの場所を得たのに。」
私は、泣いてばかりだった。

だが、彼は、変わらず私のそばにいて、手を取り、愛の言葉をささやく。

「どうして私みたいなお婆さんを愛せるの?」
私は、訊ねる。

「どうしてって。愛の花が咲いたから。」
彼は、そう言って、私のしわだらけの頬に唇を寄せる。

「ねえ。お願いだ。笑ってよ。愛していると、僕にも言ってよ。」

そんな言葉も空しく、私は泣いてばかり。

彼は、寂しそうに私を見ている。

--

今、私は、八十過ぎの老婆らしく、痛む関節を抱えて生きている。寄り添う彼の体は若く張り詰めている。私の体の調子が良ければ、愛の行為さえ、行う。

庭には、愛の花が、まだ、咲き続けている。

彼は、毎日毎日、その花が咲くものと信じて水をやっていたのだと、言った。私は、それが、私達が出会う前に土の中で腐ってしまわなかったことに感謝しながら生きている。

愛の花は、いつ咲くかも、それからいつ枯れるかも、私達には決められない。


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