セクサロイドは眠らない
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2002年11月20日(水) |
僕は、女の子としゃべった。名前は、知らないままだった。女の子に名前を訊くのは、なんとなくみっともない事に思えた。 |
僕は、一人だった。いつも、いつも。
遠くから引越して来たから、かな。いつまでも友達ができなかった。
だから、その町のはずれの森で。あんまり奥に行くと迷子になるよ。そう、おばあちゃんから言われて。でも、僕は、その森の薄暗い場所で遊ぶのが好きだった。誰も来ない場所で一人になっていると、むしろ寂しくなかった。本当に寂しいのは、大勢いる場所で誰にも話し掛けられない事だから。
夏でも、ひんやりと暗くて。僕はそこで一人遊びをする。
--
ある日、それに気付いた。
森の中のその場所は僕のお気に入りの場所で、そこにある太い木の上から何か紙コップのようなものが垂れ下がっている。糸電話だ。以前、学校の工作の時間に作った、二つの紙コップの間に糸を張り糸の振動を利用して会話するという、あの糸電話にそっくりだった。あの時、僕はペアを組む相手がいなくて、結局、作った糸電話は使われることなく、学校帰りの僕の足でぐしゃぐしゃに踏み潰された。
糸電話だと、思った。それが、そんな風に垂れ下がっていては会話などできる筈もない、というのは、その時の僕には思いもよらなかった。
僕は、それを手に取る。
「もしもし。」 声を出してみる。しゃがれた声はどこにも出て行かず、紙コップの中にとどまっているように思えた。
ふいに、 「もしもし。」 と女の子の声が聞こえた。
え?
僕は、紙コップにしっかりと耳を当てた。
「そこにいるんでしょう?」 と、小さな声が聞こえた。
「ああ・・・。」 僕は、うろたえて、手を離す。だが、気になって、もう一度手に取って。 「誰?」 と、訊ねた。
「私。」 「私?」 「うん。」 「僕は、タイチ。」 「タイチ?」 「そう。タイチ。ふといという字に、いちって書くんだ。」 「へえ。」
そうやって会話が始まった。女の子は、あまりしゃべらなかった。ただ、僕の話を黙って聞いて、時折笑い声を立てる。その声が、本当に楽しげに響くから、僕は一生懸命、女の子を笑わせるような事を考えてみる。が、あまり上手くはいかなかった。なんせ、僕は、普段滅多に人としゃべらないものだから。
いつのまにか、随分と長くしゃべっていた。
僕は、急に、女の子に 「帰らなきゃ。」 と言って、慌てて紙コップから手を離した。遅くなると母に怒られるのだ。僕は、慌てて森の出口のほうに走った。
ばいばい。
背後から小さく聞こえたような気がした。僕は、心の中で、ばいばいと返事した。
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次の日も、次の日も。僕は、女の子としゃべった。
名前は、知らないままだった。女の子に名前を訊くのは、なんとなくみっともない事に思えた。女の子は糸電話の向こうで、ほとんど聞き役だった。僕は、漫画雑誌やテレビから仕入れた話をしゃべって聞かせた。女の子は、些細な事でコロコロとよく笑った。
僕は、自分がすごく話し上手になった気がした。そうやって、少しずつ、ある事ない事。学校で、自分がどんな風に友達を笑わせたか。驚かせたか。そんな話は、次第に脚色され、僕は女の子としゃべっていると本当に自分がクラスの人気者になったような気がして来るのだった。
そうして、僕は、女の子を喜ばせるために嘘ばかり言うようになる。
「猫を拾ったんだ。」 「猫?」 「うん。三毛猫。三毛猫はめずらしいんだ。」 「オス?メス?」 「ええっと。メス。」 「赤ちゃんなの?」 「ようやく目が見えるようになったぐらい。」 「可愛いんでしょう?」 「ああ。可愛いよ。僕が指を出すと舐めてくるんだ。」 「素敵ねえ。」 「猫の舌はざらざらしているんだ。」 「ふうん。」
嘘だった。猫なんか飼った事はない。狭いアパート暮らしで、猫が飼える筈もなかった。ただ、女の子が喜ぶから、架空の猫を想像して話をした。それからしばらくは、話しをするたびに猫の事を話題にした。猫の名前は、僕と女の子の二人で「アケビ」と名付けた。アケビは、僕の想像の中で、日増しにやんちゃになり、数々のいたずらをするようになった。
ある日、女の子が僕にこう言った。 「ねえ。アケビの声、聞かせてよ。」 「アケビの声?」 「うん。聞きたい。ねえ。いいでしょう?」 「ああ。うん。いいけど。アケビは神経質だからなあ。」 「大丈夫よ。きっと。」 「そうだね。うん。きっと大丈夫だ。」
僕は、その日、その後の会話を覚えていない。架空の猫の声なんかどうやったら聞かせられる?僕は、必死で考えた。一番手っ取り早いのは、そこいらの野良猫を捕まえて来る事だろう。だが、駄目なのだ。アケビはすごく賢い猫で、僕が何か言うと、鳴き声のイントネーションを変化させて、うまい具合に返事をする猫なのだ。
駄目だ。駄目だ。そこいらにいる、食べ物屋のゴミで太った猫じゃ、代用できない。
僕は焦った。
そうして、結局、次の日、僕は森に行かなかった。次の日も。その次の日も。
だが、とうとう、僕は耐え切れず、森に行く。女の子が待っているのだ。自分はなんて卑怯なのだろう。
僕は勇気を出して、糸電話を手にする。 「もしもし?」 「タイチ?」 「うん。」 「久しぶりね。」 「ああ・・・。」 「楽しみにしてたのよ。」 「楽しみ?」 「うん。アケビの声、聞かせてくれるんでしょう?」 「ああ。それが。その・・・。」 「ねえ。早く。」 「アケビは、死んだんだ。」 「死んだ?」 「ああ。」 「どうして?」 「それが。車に轢かれて。」 「うそ。」 「本当だよ。」
電話の向こうですすり泣きが聞こえた。
「泣かないで。」 「泣かないでって。だって。」 「それで、なかなか電話できなかったんだ。」 「・・・。」 「アケビのお墓は?」 「お墓は・・・。作ってないよ。まだ、昨日起こったばかりだし。」 「ちゃんと作って。」 「ああ。」
その日はもう、女の子が取り乱してばかりだから、僕は早々に切り上げて帰宅した。まいったな。なんでこんなことになっちゃうんだろう。それから、ぞっとする。こうやって、これから幾つもの嘘をついて。だが、いつか暴かれて僕は女の子に徹底的に軽蔑されて。それは嫌だった。何がなんでも、嫌だった。
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それから、どうしたか。
僕の糸電話遊びは、いつのまにか終わってしまった。簡単だ。糸電話を手にしなければいいのだ。そもそも、そんな糸電話が存在して、いつだって電話の向こうに女の子が待っていること事体がおかしかったのだ。だが、その奇妙さに気付かないまま、僕は、僕がつく嘘で女の子にいつしか嫌われる事だけが怖くて、いつのまにか糸電話から遠ざかってしまった。
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僕はもう、社会人だ。
高校・大学と、それなりに友人ができて、ごく普通の平凡な人生を送るサラリーマンになった。
携帯電話も持つようになった。恋人はまだいないが、そのうち、きっと素敵な恋人ができるだろうと信じていた。不思議な事に、僕は、いつもいつか付き合う事になるだろう女の子の笑い声をイメージするようになっていた。あの日、森の奥で、糸電話越しに聞いた、あの子の笑い声のような。想像の中で、僕はいつも、話がうまくて、彼女を笑わせてばかりなのだ。
そんな暖かな想像をしていたある日。携帯電話に一通のメール。それは、多分、間違いであろう、メール。はずむような調子の、そのメールは、女の子が友達にあてたもののようだった。
「ねえねえ。タッチ。昨日はいきなり電話切っちゃうから、すっごい寂しかったぞ。タッチが急いでたのは分かるけど、あれはないんじゃない?私、思いっきりめげちゃった。」
僕は、丁寧に返信した。もうしわけないが、メールを読んでしまいました。どうやら、あなたは宛名を間違えたメールを送ったようです。
だが、次の日も、メールは届いた。次の日も。その次の日も。最初のうちは間違いを指摘するメールを返信していたが、僕はそのうち面倒になり、結局、その子からのメールを心待ちにするようになってしまった。もしかして、相手は知っていて送って来ているのかもしれないし、何か、新手の勧誘の類かもしれない。そんな風に思いながらも、携帯越しの彼女は、ごく普通の明るいOLといった感じ。他愛のない愚痴。やたら明るい調子のそのメールに、僕の口からは、時折クスリと笑いがこぼれる。
「ねえ。タッチ。うちの子がねえ。まーた、失敗したんだよ。」 どうやら、猫を飼っているらしい。最近は、もっぱら、その猫に夢中のようで。猫を、まるで我が子のように語る調子が微笑ましい。思わず返信したい衝動に駆られるが、それは抑える。何か、盗み聞きをしているような。そんな居心地の悪さだけは、終始付きまとっている。
だが、ある日、こんなメール。 「ねえ。タッチ。あの子が帰って来ないよ。どうしよう?車に轢かれたのかな。昨日、ちょっときつく叱っちゃったから、もう、帰って来ないかもしれない。どうしよう?どうしよう?どうしよう?」
あまりに取り乱したメールに、なぜか、どうしようもなくて、僕は思わず返事を書いた。 「しっかりして。猫はきっと帰って来るからさ。まずは落ち着こうよ。」
返事を送った後で、しまった、と思った。
メールがそれっきり止まってしまったから。次の日も、次の日も。
もう、来ないかもしれない。それは僕をとんでもなく寂しい気持ちにさせた。
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それから。メールが途絶えたと思ってから三日目。彼女からだ。
「ぜーんぶ、嘘だよ。あはははは。おかしかった?ね?騙されたでしょう?猫なんか、どこにもいないよ。全部、嘘。猫、可愛がってる女なんて、どこにでもいそうでしょう?そんな女が、みんな好きなんだよねー。だから、猫飼ってるふりした。ねえ。本当かって?じゃ、ね。森に行ってごらん。太い木があるところ。あそこにね。お墓があるからさ。猫のお墓。アケビって猫の骨が埋まってるよ。ね。誰かがずっと間に殺した猫。それと同じ。ただの遊びだよ。楽しかった?でもね、もう、終わり。嘘なんて、ずっとつき続けたら、結局、自分が振り回されちゃって馬鹿を見るんだよね。だから、自分が傷付く前に終わりにするのが賢いやり方。」
僕は、ただ、携帯電話のディスプレイを見つめる。どこの誰とも、名前すら聞かなかった女の子からの。そう、どこか知らない場所にいる女の子のちょっぴり意地悪い笑い声が響いてくるように思えた。
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