セクサロイドは眠らない

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2002年11月15日(金) 「あはは。私は、ね。独り者だから。そういうのはないんだけどね。」僕は、彼女が結婚していないのを知って、ほっとする。

「いらっしゃい。何、いたしましょう?」
時折買いに行く弁当屋に新しく入ったパートの人の笑顔は素晴らしかった。

僕は、思わず顔を赤らめて、
「唐揚げ弁当。」
と、答えた。

弁当ができあがるのを待っていると、彼女が、
「学生さん?」
と訊いて来た。

「いえ。」
「あら。若く見えたから。」
彼女はにこにこして。

それから、できた弁当を手渡してくれて、
「寒いから、気をつけてね。」
と、声を掛けてくれた。

それだけの会話が、帰り道、僕を暖かくしてくれた。

--

それから、あまり頻繁にならないように気を付けながら弁当を買いに行き、僕は少しずつ彼女と親しくなった。
「寒くなりましたね。」
今日は思いきって、こちらから声を掛ける。

「そうねえ。朝、早いから大変だわ。」
「家族の食事とか作るの大変でしょう。」
「あはは。私は、ね。独り者だから。そういうのはないんだけどね。」

僕は、彼女が結婚していないのを知って、ほっとする。

「お待たせ。毎度ありがとうございました。」
彼女が僕に弁当を渡す指先がかすかに触れる。僕はまた、顔を赤らめる。

今年の冬は暖かい。勝手にそんな風に思いながら。僕は、何もないアパートに戻る。

--

「あら。」
その日、たまたま出向いたショッピングセンターで彼女とばったり出会う。

一瞬、誰かと思った。いつもの、弁当屋の名前が入ったエプロンをしていなかったから。

「あ。こんにちは。」
「ふふ。今日はね。お休みだから、コートでも買おうかしらと思って。」
「あ。僕も、冬物の衣装を。」
「まあ。偶然ね。」

それから、僕らはあれこれと冬服を見て回る。結局何も買わずに、「見てるだけで疲れたわ。」と笑う彼女に、「お茶でも。」と誘うのは、僕の精一杯だった。

「いいわね。」
彼女は、いつもの笑顔で応じてくれた。

「ねえ。お仕事、何なさってるの?」
「何も・・・。」
「あら。無職?」
「ええ。まあ。」
「じゃ、退屈でしょう?」
「そうですね。なんていうか。病気療養中なんです。」
「そう・・・。」
「僕のことより。ねえ。あなたは?ずっと一人だったんですか?」
「ううん。夫も子供もいたの。でも、いろいろあって。ね。今は一人。一人は気楽よ。自分が食べて行く分だけ稼げばいいしさ。」
「寂しくはないですか?」
「寂しい・・・、か。」
「ええ。」
「どうかな。まだ、そんな。一人になった途端、生きるのだけで精一杯になっちゃった。」

僕は、彼女の孤独故に、更に彼女を愛する。

「ねえ。変な話、今年のクリスマスまでにお互い一人だったら、一緒にお祝しません?」
「あら。いいけど。」
「誰か他に過ごす人ができたなら、いいんです。」
「今のところ、一人よ。どうせ、仕事だろうし。でも、素敵ね。クリスマスに誰かと過ごす約束なんて。」
「すいません。変なこと言って。僕とじゃ面白くないだろうけど。」
「あら。嬉しいわ。」

彼女は、笑った。本当に。心から。それが、僕の、その冬の最高。

--

弁当屋に行くと、彼女以外の店員が出て来た。僕は動揺を抑えつつ、訊いた。
「あの。いつもの人は?」
「ああ。彼女ね。入院しちゃったよ。安い時給で働いてくれる人は重宝してたんだけどさ。」
「すいません。どちらの病院ですか?」
「さあねえ。」

僕は、その日から、必死になって彼女を探した。

ようやく見つけた時、彼女は、青ざめた顔をこちらに向けて、
「来てくれたの?」
と、ぼんやりと言った。

「だって、約束してるし。」
「ごめんなさいねえ。咳が止まらなくてさ。お弁当屋でしょう?辞めてくれって言われて。」

僕は、小さな小箱を差し出す。

「なあに?」
彼女はゆっくり箱を空ける。

中には、小さなルビーの指輪。
「これ、どうしたの?」
「プレゼントです。」
「すごく変わった色だわ。こんなの初めて見た。」
「ええ。」
「ねえ。もらえないわ。」
「もらってください。」
「入院費もろくに払えない人間が、こんなの持っててもしょうがないもの。」
「馬鹿だなあ。これは、あなただけにふさわしい。」

その指輪を、無理に彼女の指にはめる。その指は少し痩せて。指輪がくるくると回りそうだった。

胸がつまって、慌てて、言う。
「ねえ。話をさせてください。退屈でしょう?」
「ええ。じゃ、聞かせて。」

僕は、ルビーを生み出す少年の話をした。

その少年の血は、切り口から滴って、落ちると同時に美しいルビーになる。少年の両親は、それを知って、少年の腕や足を切り続けた。少年は、黙って耐えていた。お前のせいで苦労しただとか、そんな事を言われて。確かにその家は、子沢山で、貧乏だったから。兄や弟達は、スポーツや勉強が得意だが、少年には何も取り柄がなかったから。

だから、言われるままに、血を差し出した。

ある日、本当に、どうしようもなくそんな生活が嫌になって、少年は逃げ出した。その頃には両親はすっかり少年を頼るようになっていて、働こうとしなかったから。少年は、命からがら逃げ出して、傷を癒す生活。自分に頼っていた親が今頃どうしているかなんて。むしろ苦しんでいればいいと。願った。それなのに。ねえ、僕がいないことで、とうさんやかあさんは悲しんだりしてくれているかな。その事ばかりが、少年を悩ます。

「それから、どうしたの?彼は、ご両親の元に帰ったのかしら?」
「いえ。帰りませんでした。」
「じゃ、どうしたの?」
「自殺しました。ルビーを生まなくなった彼は、生きている理由が分からなくなった。人に利用され続けると、人間、そんな風になってしまうのでしょう。」

彼女は、疲れたのか。目を閉じて。
「悲しいお話ね。」
と、言った。

「すごく、悲しい。」
「ええ。」

僕は、彼女の指輪をした指に、そっと口づけた。

--

手術が行われるという日、彼女は医者に聞いた。
「でも、私、手術代が払えないんですよ。」
「親戚の男性の方がね。お金を置いて行ったんです。」
「親戚の?」
「ええ。ともかく手術したらきっと良くなります。」

彼女が病室に帰ると、ベッドに置かれた小包。

彼女の膝の上で、振ると、コトコトと音を立てる箱。箱の包みは、茶色い染みが幾つかあって、それはまるで、血の痕跡のようだった。

彼女は、ふと、あの、悲しい目をした青年の事を思い出す。箱を開けようとするが指が震えて、うまく開けられない。箱の中には、見たこともないほど大きくて、赤く美しい石。彼女は息を飲む。

これだけの量の血を流すには、ずいぶんと。いえ。私の入院費まで作るのなら、きっと体中の血が必要だったのかもしれない。そんな馬鹿げた妄想を頭から振り払おうとするのだけれど。

馬鹿ねえ。あの少年の話は作り話。それにお話では自殺したって言ってたじゃない。彼女は何度も自分に言い聞かせる。けれども、尚、死んだような顔をして生きていた青年の目が思い出されてしょうがない。そうして、想像の中では、なぜか彼は幸福そうな顔で微笑んでいるのだった。


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