セクサロイドは眠らない
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2002年11月08日(金) |
もう、この顔は二度と見られないかもしれない。そんな事を考えていると、気が変になりそうだった。 |
彼のどこか好きかと訊かれたら、私は多分、顔だと答えるだろう。
それぐらい彼の顔は整っていて、彼が笑った瞬間、その場がパッと明るくなる。
彼は、その事を知っていた。私が彼の顔が好きな事を。
そうして、彼は意地悪だった。私が、彼の顔に逆らえない事を知っていて。
私は、そう美しくもなければ、スタイルがいいわけでもなかった。ごく普通の平凡な二十三歳だった。私は、酔った勢いで彼に抱いてと頼み、彼はいとも簡単に私を抱いた。彼のセックスは特に上手いわけでもなく、むしろ独りよがりなものだったのに、私は彼から離れられなくなった。顔だ。その顔で見つめられたら、私はどんな無理を言われても聞かないわけにはいかなかったのだ。
彼は、そんな私の気持ちを知っていて、私の部屋に来てはお金を出させたりしていた。私は、彼が私の部屋で私の作った料理を食べ、機嫌良さそうにしているのが大好きだった。彼の機嫌がいい時は、彼がテレビを見ているそばに寄り添っても怒られたりしなかった。そうして、彼が更に機嫌が良ければ抱いてもらえるのだ。
逆に、彼の機嫌が悪い時は最悪だった。彼は、私がそばにいる事を嫌がり、私の顔や体つきに対して辛らつなコメントをしてみせる。あるいは、料理にケチをつける。挙句、もっとましな女と寝ると言って、部屋を出て行ってしまうのだ。時には、私は、自分のどこが悪いのか分からなくても、泣くまで謝らされたし、あるいは、会社に嘘を言って仕事を休まされたりした。
歪んだ付き合いだった。それは分かっている。だが、どうしようもなかった。彼は、その美貌故、周囲からチヤホヤされていて、いつだって私の代わりの女ぐらい見つけられるのだ。それに引き換え、私は、彼と別れたら、もう二度と彼のような美貌の持ち主に相手にしてもらえるとも思えないのだから。
それでも、彼の足は、私の部屋から次第に遠のいて行った。
寂しかった。
私は、待つばかりだった。彼の電話を。
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その日、めずらしく彼は酔って私の部屋を訪れた。数ヶ月ぶりだったので、私は、嬉しくて嬉しくて、彼の体に飛びついた。
彼は、あまりにも酔っていたので、私を抱けなかった。
私は、膝枕の上で眠る彼の美貌を見て、ふいに悲しくなって来た。もう、この顔は二度と見られないかもしれない。そんな事を考えていると、気が変になりそうだった。
本当に愛し合う男女が死を選ぶ事が、今までの私には理解できなかったが、今なら分かる気がした。唯一、永遠に一緒にいられる方法なのだ。
私は、彼の頭を膝からそっと外すと、台所に行って包丁を持って来た。それからはよく覚えていなかった。暖かいものが体に飛び散り、私の体は濡れて行った。気がつくと、血まみれの彼の体の横に、彼の美しい顔が血飛沫を浴びて転がっていた。
「ああ。」 私は慌てて泣きながら、彼の首を拾い上げた。それから、バスルームに行って丁寧に洗った。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」 私は、泣きながら、洗った。
それから、タオルで丁寧に拭いて、彼の髪を乾かし、きれいにセットした。彼は髪型にはうるさいのだ。
そうして、疲れ果て、眠ってしまった。
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目が覚めた時、私は、彼にもう会えない事を思い出し、また再び泣きそうだった。部屋は生臭い香りが充満していて、苦しかった。
「おい。起きてさっさとなんとかしろよ。」 突然、彼の罵声が響いた。
「何?」 「だからさ。この部屋。ひどいぞ。それにどうするんだよ。俺の体転がしたままにして。」
彼だった。彼が怒っている。彼の首が、私をにらんでいる。私は慌てて飛び起きて、彼の顔を眺める。
「さっさとしろ。相変わらず、役立たずだな。」 彼のののしり声さえ、いつも通りで、私は安堵のあまり泣き笑いをしていた。
それから、その日一日掛けて、私は彼の指示に従って、彼の体をバラし、彼の郷里の山奥にそれを捨てに行った。
彼の顔はどんなに怒っていても、無力に私の手の中にいるばかりで、私は、その事が愛らしく、その日は 笑ってばかりいた。
彼は、午後にはその事に腹を立て、ほとんど口をきかなくなったが、夜に私がいい香りの手料理を作ると機嫌が良くなり、私に食べさせられるままに、よく食べ、よくしゃべった。
それから、私は、彼の首と並んで、ベッドで眠る。
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その日から、私は幸福になった。
彼は、もう逃げ出さない。一日部屋で私を待っている。気に入らない事があっても、私を殴ったりもしない。他の女のところに遊びに行ったりもしない。
ただ、彼が吐く悪態を聞いていることさえ、幸福だった。
それから、私は、時折、他の男と遊ぶようになった。私のような女でもいいと言ってくれる男はいるのだ。だが、どの男も物足らなくて、私は、早い時間に逃げるように帰宅して、いとおしい生首を抱き締める。
彼は機嫌が悪い。
私は、笑顔で否定する。 「馬鹿ねえ。何もしないわよ。あなたが好きなの。あなた以外の男に抱かれたりしてないから。」
いつものように、彼が怒り、私は泣いて見せる。二度と他の男と会わないと誓わせられる。
だが、私は自由だった。彼との喧嘩は、遊びなのだ。
そんな時間も、だが、そう長くは続かなかった。
彼の首は、次第に気力を失って行って、あまりしゃべったり怒ったりしなくなった。私は心配で、いろいろと元気が付く料理を作ってみる。あるいは、車の助手席に乗せてドライブに出掛けてみる。だが、ダメだった。
「お前だって分かるだろう。首だけになったところを想像してみろよ。」
それもそうだわ。
私は悲しかった。元気がない彼は、魅力的じゃない。奔放で、怒りっぽい彼が好きなのだ。
私は、彼の肉体を探し始めた。美しくしなやかな体の持ち主を探した。そうして、彼も私も気に入った体を見つけた時には、彼と、その肉体を手に入れる方法を画策した。
そうして、ようやく、彼は新しい肉体を。
肉体提供者の首は、彼の体を捨てたのと同じ場所まで捨てに行った。
「どう?新しい体は?」 「ああ。素晴らしいよ。」
一番気になっていたのは、体側の首の太さと、頭側の首の太さだったが、それも問題なかった。
彼は、新しい体を見ると俄然張り切り、体の上に頭を乗せると、すぐさま体を支配し始めた。私は、改めて彼の生命力に驚嘆せずにはいられない。
新しく得た手足が思うように動き始めた時、彼は心の底から嬉しそうな顔をした。
「ありがとう。」 笑顔がまぶしくて、涙が出た。
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「それからどうなったんだね?」 「それから・・・?」 「ああ。それから。」 「彼は出て行きました。それが、私を打ちのめす一番の方法だって知ってたんです。彼は、本当は、私に首を切り落とされた事を恨みに思って、ずっと私に仕返しする方法を考えていたんです。」 「で、きみは?」 「私は、代わりを探しました。彼はもう、多分、二度と戻って来ないから。だから、彼のような生命力。彼のような男を。」 「だからと言って、他の人間の首を幾つも切り落としていいってもんじゃない。」
初老の刑事は、優しそうに私を見ていた。多分、私のことを狂人と思っているのだろう。あの後、切り落とした首はどれも、切り落としてから生き長らえる事はなかった。山から体と首のバラバラの遺体が見つからなければ、多分、彼との事は全部夢だと思ってしまえていたかもしれなかったのに。
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