セクサロイドは眠らない
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2002年10月27日(日) |
我慢できなかったのだ。妻の華奢な体を折れるほどに抱き締めて、その可憐な乳房に唇を這わせる。 |
目が覚めた時、僕は病院のベッドの上にいた。
「気付いたのね。」 妻の顔が見える。
医者や看護婦が集まってくる。
「僕は、どうしたんだ?」 「事故を起こしたの。」 「よく覚えてないな・・・。」 「ええ。ええ。ゆっくりでいいのよ。無理しないで。」
そういう妻は、とても悲しそうな顔をしている。どうしたんだろう?大好きな妻がどうしてそんな悲しそうな顔をしているのかよく分からないままに、僕は、痛む頭を押さえて、目を閉じる。妻のそんな顔は見たくない。何か僕のせいで悲しませているのなら、謝る。最愛の妻。僕の一番大事なもの。
--
退院の日。
医師は言う。 「どこにも異常はありませんでした。ですが、何かあったらすぐ病院の方で診察を受けてくださいね。」 「はい。」
僕は、妻に付き添われて自宅に戻る。
なつかしい自宅。一ヶ月ほど空けていただけの家がたまらなくなつかしい。
「ねえ。今、ハーブティーを入れるわね。」 「そんなのは後でいいよ。」 僕は、妻を抱き寄せようとする。
「待って。体に障るわ。」 「何言ってるんだよ。今すぐきみを抱きたい。」 「ねえ。お願い。少し待って。」 「どうして?」
僕は、病院にいる時から我慢できなかったのだ。妻の華奢な体を折れるほどに抱き締めて、その可憐な乳房に唇を這わせる。
「ねえ。あなた、退院したばかり・・・。」 「大丈夫だ。ね。大丈夫だよ。」
もう、僕は、妻の香りに溺れて、何も聞こえない。
--
退院祝いにどこかで食事をしようか、ということになり、僕は、たまたま手近にあった妻の女性誌に載っていた、イタリアンの店を選んで予約する。ここは、たしか、ワインの種類が多い。
「ワイン、あまり飲み過ぎないでね。」 妻が心配そうに、言う。
「大丈夫だよ。」 僕は、妻を心配させないように笑ってみせる。
車が大破したせいで、妻の車を使っての外出だ。あんな事故を起こしたのだから、少し運転は控えたら?と妻が言うのを振り切って、僕は自分で運転を受け持った。車は大好きだ。第一、なんであんな事故を起こしてしまったのか、どうしても思い出せない。なんでも、僕は深夜、一人でドライブを楽しんでいて、中央分離帯を越えてしまったという。
妻の顔が少しこわばっている。
「大丈夫だよ。事故はしないって。」 「ええ。あなた、運転上手いものね。信じてるわ。」
店は、ほどよく混み合っていたが、感じが良く、僕はすっかり満足だった。
「なかなかいいね。」 「そうね。」 「たしか、前回来た時、僕はワインを飲み過ぎて・・・。」 「前回?」 「ああ。前回・・・。」 「ねえ。あなた、一人で来たの?」 「いや。僕は一人じゃこんな店来ないよ。きみと一緒だったろう?」 「いいえ。私、ここは初めて。」 「おかしいな。僕の記憶違いかな。」
妻は、少し青ざめた顔で僕を見た。 「ねえ。大丈夫?」 「ああ。もちろん。」
どうしたのだろう。退院してから、何かが少し噛み合ってない感じ。
だが、僕は以前、確かに誰かとここに来て。何年も前、別の女性との話だろうか?目の前の女性と僕は、ワインを飲みながら、アレコレと話を。だが、それが誰かは思い出せない。
「帰ろうか。」 「帰りは私が運転するわ。」 「ああ。頼む。」
帰り、僕も妻も無言だ。
「なあ。」 「ん?」 「あの晩の事。教えてくれないか。」 「教えてって。あなた。話した通りよ。」 「一体僕はどうして車に一人で?」 「分からないわ。」 「きみ、何か隠しているんだろう?」 「いいえ。まさか。」
妻を困らせるのは本意ではない。僕は、そのまま口をつむぎ、窓の外を眺める。
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夜中、夢を見る。
僕と、目の前の女性は、笑いながらワインを幾杯も。無口で小食な妻と違って、その女性はよくしゃべる。僕は笑う。彼女も笑う。つい、料理を頼み過ぎ、ワインを飲み過ぎる。
僕はそこで目が覚める。
誰だ?
僕は、事故の夜、誰かと一緒にいたのだろうか?
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「なあ。ちゃんと話してくれ。僕は、誰といたんだ?」 「誰って。そんな事、私が知るわけないでしょう?」 「僕は、きみが知るはずのないあの店で、誰か知らない女と話をして笑っていた。」 「だから。それは、私の知らないところで起こった話。」 「事故の時、助手席には誰かいた?」 「いなかったわ。いるわけない。いたら、今頃もっと面倒な事になってたんじゃない?」 「それもそうだな。」
僕は、知らず知らずに掴んでいた妻の腕を放し、キッチンの椅子に座り込む。
「なあ。信じてくれよ。僕にはきみだけだ。」 「分かってるわ。」
だが、妻の言葉はどこか冷ややかで。
僕は、頭を抱えたまま、妻がキッチンのドアを出て行く音を聞いている。
その夜から、僕と妻は、抱き合わなくなった。折りにふれ、僕は妻を抱こうとするが、妻の体は固くこわばって僕を拒絶する。
僕のせいか?
誰だ。僕と妻の間にいた、もう一人の女。
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夢を見る。
その女の声は、か細く高い妻の声と違い、むしろ低く落ち着いた声。小柄な妻と違って、すらりと伸びた足が健康的な、バストの豊かな女。
その女の声が、僕に物語を読んで聞かせる。あるいは、僕にねだる。愛撫を。
僕は、飛び起きて妻のほうを見る。妻は、僕に背を向けて、丸くなって眠っている。
信じてくれ。僕が愛しているのはきみだけだ。きみだけを、生涯賭けて。
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「私達、別れましょう。」 妻の声が冷たく響く。
「どうして?」 「どうしてって。分かるでしょう?私達、こんななのよ。」 「だが、何もはっきりしていない。もう一人の女がいたのなら、彼女を見つけ出して、ちゃんと話を聞こう。」 「随分とひどい事が言えるのね。そんな事、よくもまあ。私の心をずたずたにして。」
妻は、震える声で言う。
そうなのか。本当に、そう思うか。この僕の心を疑うか。だが、僕には反論できない。
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「さようなら。」 妻は、つぶやく。
もう、その目は、僕のほうを見ない。
「ああ。行ってくれ。」 「ねえ。私・・・。」 「分かってる。」
妻を待って、玄関先には一台の車。僕がこんな調子だから、何かと相談に乗ってくれる人が必要だったの、と、妻は弁護士をしているという、その男のことを説明した。
ああ。好きにしてくれ。どっちみち、きみが不貞を働いたとしても、先に悪い事をしたのは僕なんだろう。多分。
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僕は、一人になった。
何もかもがあっという間だった。まだ、僕は事故の後病院で眠っていて、長い長い夢を見ているんじゃないだろうか。そんな風に思わないとやりきれなかった。謎の女は、僕の脳にかすかな記憶だけを残して、消えたきり。
おかしいな。おかしいだろう?ねえ。まるで、僕の人生をほんのちょっと突ついて、妻との離婚を画策して、また、そのままいなくなってしまった。
なんのために?
さあ。
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町で、一人の女を見かける。あの女だ。
僕は、行き交う人の間を縫って、その女を追う。
やっと追いついた。僕は、女の肩を掴む。
ゆっくりと振り向いた女は、恐怖の表情。
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「どういうこと?」 「知らない。」 「知らないわけはないだろう。きみは確かに僕の人生のワンシーンに登場している。」 「でも、知らないわ。」
ああ。この声。低く、官能的に響く。
「僕と、ワインを飲んだ?」 「ええ。」 「それから?」 「すぐ別れたわ。」 「それだけ?」 「ええ。それだけ。」 「僕はどうしてきみとワインを?」 「あなたは、あの日、一人で奥様を待ってらしたの。待ち合わせだったとか言ってたわ。で、あなたのテーブルのお水がひっくり返った拍子に、私のドレスにかかって。」 「僕は、どうしてその日の事を覚えていないのだろう?」 「薬を。奥様から頼まれて。ごめんなさい。」 「妻が?なぜ?」 「分からないわ。恰幅のいい男性もそばにいた。金は出すからと。私、お金に困っていたから、それだけの事ならと引き受けてしまったの。薬をワインに混ぜて。後は話し相手をしてくれたら、と。それから、適当なところで切り上げて、帰るように勧めたら、あなた、絶対、自分で運転して帰るって。」 「よく分からないな。全部仕組まれてたって事?」 「多分。あのお店の給仕さんも頼まれたんじゃないかしら?お水を引っくり返すようにって。」 「きみは、そのタイミングで、そこを通り掛かれと?」 「ええ。」
彼女は、震える手にハンカチを握って、目から涙を流している。
「僕は何もかも失った。」 「何もかも?」 「ああ。妻が全てだった。だから、妻がいない今、何も持ってないも同然だ。」 「ごめんなさい。私、とんでもない事をしてしまったのね。」 「いいんだ。悪いのは、妻だ。」
よしてくれよ。泣きたいのは僕だ。多分、妻は、僕から離れたかったのだ。自分は無傷で。
「私、お金をお返しします。それから、もう、二度とあなたを悲しませないように、遠くの町に越します。もっと早くそうすれば良かった。」 「いや。きみに会えて良かった。いろんな事を知る事ができた。」 「でも、あなたを悲しませてしまったわ。」
女は、立ち上がる。
「待ってくれ。」 僕は、叫ぶ。
「行かないでくれ。」 「だって、私の顔なんか見たくもないでしょう?あなたから奥様を奪ってしまった。」 「いいんだ。妻は、もう、とっくに僕から離れていた。」 「私にできる償いなら、何でもします。」 「じゃあ、僕のそばに。」 「・・・。」 「きみを探していた。ずっと。夢の中で、きみの声が何度も何度も、響いて。僕はもう一度聞きたいと思っていた。」
女は座り直す。 「ねえ。私は、お金のために、理由も知らずに人を傷付けるような事をした女よ。」 「だけど、きみは僕のために泣いてくれた。」 「私のために泣いたのかも。あなた、可哀想だわ。でも、それは私が可哀想だから。」 「あの夜、笑い合って楽しかった。そうじゃない?きみは。」 「それは・・・。」
女の瞳が夢見るように動いた。 「ええ。とても。あんなに笑ったのは久しぶりだった。」
思い出したんだよ。僕は、あの夜、ワインではなく、女の声に酔っていた。その直前までは、僕は僕の妻への恋心に酔っていたというのに、だよ。
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