セクサロイドは眠らない

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2002年10月15日(火) 僕はこんな調子だから、一人でいいけど。きみらは違う。愛し合う夫婦としては、子供を持つのが夢だ。

日曜の午後。友人夫婦が訪ねて来る、というので、僕は前から彼らが欲しがっていたハムスターを一匹カゴに入れて用意しておいた。

カタカタカタカタカタ・・・。

回し車がせわしなく動き、カゴの中のハムスターはどこに行くあてもなく、前に前にと進もうとしている。

「いらっしゃい。」
僕は、友人夫婦を出迎える。

「相変わらず、きれいに片付いているなあ。」
友人は笑う。

「ああ。暇なものでね。」
「妻といつもきみのことは噂しているんだよ。」
「いやだな。なんて言ってるんだよ?」
「きみは、気が効くし、きれい好きだし、ハムスターを育てる腕前もすごいってね。」
「それだけか。大した事じゃないなあ。」
「でね。何で結婚しないんだろう、って。」
「ああ。そのこと?」
「うん。きみならいい夫になれるのにって。妻と残念がっているんだ。」

友人の横で、彼の妻が微笑んでうなずく。

「前にも言ったろう。僕は、恋愛とか、興味ないんだよ。」
僕は、またその話かとうんざりした顔で答える。

「恋愛しなくても、結婚はできる。」
「じゃ、どうやって、この世の中でかけがえのない誰かってのを一人決める事ができるんだい?」
「かけがえのない?」
「ああ。そうだ。たくさんの女性の中から、この人じゃなくちゃいけない理由ってのはどうやって決めるんだい?」
「かけがえのない、ってのは、付き合い初めてからだんだんと作り上げて行くものなんだよ。」
「僕は、その前のきっかけの話をしてるんだ。」
「第一、きみは、知り合った頃から一度だって恋人を持ったことがないだろう?」
「ああ。きみの言うとおりだ。多分、本物の相手に巡り会ってないんだよ。僕はまだ。」

僕は、いい加減、この会話を終わらせたくなっている。

「妻の知人で、いい娘さんがいるらしいんだ。」

そう来たか。

彼の妻がバッグをゴソゴソと探って、写真を取り出そうとしている。

「いや。悪いが、紹介なんかで会うつもりはないんだ。」
「だが、しかし。紹介でもしなくちゃ、女の子と知り合う機会もないだろう?毎日、仕事に行く以外は真っ直ぐに帰って、ハムスターの世話ばかりしている。」
「ああ。これで満足なんだよ。」
「分からないな。」

友人は首を振る。

「とにかく、僕のことは放っておいてくれ。」
少々険悪な空気を感じて、僕はもう、一人になりたくなっている。

「帰るよ。すまなかった。いや。僕らはとても幸福なんだ。だからきみにも幸福になって欲しくてね。」
友人は、僕の顔を、理解不能だという表情で見つめている。

「そうだ。ハムスター。持って帰るんだろう?」
子供がいないから、と、友人が妻のために欲しがったのだ。

「ああ。それか。いや、実は・・・。」
「なんだ?」
「子供をね・・・。ちょっと無理したんだが。」
「そうか。おめでとう。」
「随分と金が掛かったよ。」
「そりゃ、そうだろう。最近じゃ子供を持つのは大変だ。で?いつ頃なんだ?」
「来年の三月。」
「そりゃ、めでたい。申請は通ったのかい?」
「ああ。何とか。年収やら、夫婦仲やら、いろいろ調べられて大変だったよ。」

少しきまりが悪そうに、友人夫婦は微笑んでいる。

ああ。本当に心からおめでとう。僕はこんな調子だから、一人でいいけど。きみらは違う。愛し合う夫婦としては、子供を持つのが夢だ。

「じゃあ、ハムスターは要らないんだね。」
「ああ。せっかくだが。すまない。」
「何。いいんだ。ハムスターなんかより、子供が大事だからね。」

僕は、笑って友人夫婦を見送る。

結局、夫婦の幸福を、子供を持つ幸福を。伝えに来た彼らに、僕は何一つ応えることができなかった。

--

僕は、毎日、仕事に出る。それから、無人監視システムの元で、長い長いベルトに乗ってやって来る部品をスパナでぎゅっと締める。コンベアが、それからどこに行くのかは、僕らも知らない。みんなそうだ。僕の友人も、違う場所で、そっくり似たような事をしている。多分、彼の妻も。

そうやって、仕事は決まっていて、僕らはそれを延々と繰り返す。

現代を生きる者達にとって、娯楽とは、恋愛であり、結婚であり、子供だ。

テレビをつければ、恋愛ドラマを。ホームドラマを。恋愛は素晴らしい。恋愛をしよう。

僕はテレビを消す。恋愛って、何だ?今日、すれ違ったあの子と、隣に住むあの子じゃ、どこがどう違うっていうんだ?ネジ穴にネジがぴったりと合うように、僕にぴったりの誰かがどこかにいるんだろうか。

僕は、よく分からない。

帰宅して、地下室に行く。ハムスターが入ったゲージが所狭しと並んでいる。僕は、それを眺める。

その時、ガタンと大きな音がして、振り向くと、一人の子供がいた。
「誰だ?」
「お願い。ここに泊めて。」

10歳ぐらいのすっかり汚れた顔をした子供は、何かに怯えたような顔をしている。

「未登録の子供だな?」
「うん。」
「今まで、どうしてた?」
「あっちこっち逃げ回って。」
「どうしてうちに?」
「あなた、子供いないでしょう?もう子供がいる家は、駄目だと思ったから。」
「そうか。」
「最近じゃ、結婚してなくても養子を欲しがっている人は多いって。」
「生憎と、僕は養子は必要としてないんだ。」
「そう・・・。じゃ、すぐ出てくから。お願い。警察に言わないで。」
「大丈夫だ。しばらくここにいていいよ。」
「ありがとう。」

子供は、ようやくホッとした顔になる。

僕は、子供をバスルームに連れて行って、洗ってやる。

「女の子だったのか。」
僕は、驚いて、その子を見る。

「うん。でも、どっちだっていいんだ。名前だってないし。」
「名前・・・。名前か。あとで素敵な名前を考えよう。」

僕は、子供の髪をゴシゴシ拭くと、僕の少々大きめのトレーナーを貸してやる。

「明日、新しいの買って来てやるから。」
「これでいいよ。」

子供はようやく嬉しそうな顔を見せる。

僕は、少し安心して、テレビを見せている間、空いた部屋に寝床を作りに行った。

--

「最近、奇妙な噂を聞いたんだよ。養子を取ったって?」
「ああ。まあね。」

友人からの電話で、僕は少々慌てる。

「変だな。この前行った時には何も言ってなかったじゃないか。」
「気が変わったんだ。」
「申請には、何ヶ月も掛かる筈だが。」
「だろうな。」
「非合法か?」
「それ以上は聞くなよ。」
「分かった。だが、あまり面倒な事に巻き込まれないようにな。」
「ああ。」

電話を切ると、こちらを心配そうに見ている子供の視線とぶつかる。

「大丈夫だよ。」
僕は、彼女を抱き締める。

誰かに触れるのは久しぶりだ。

「ハムスター、見たい。」
「ああ。」

相変わらず、回し車の音がカタカタと鳴るその地下室で、その子はじっとハムスターを眺めて。それから、一匹のハムスターに、つっと手を伸ばすと、ゲージから出す。

「うまく出来てるね。おもちゃ屋さんで見かけるのより、ずっと。」
「ああ。これぐらいしか、趣味がないから。」

僕の作るハムスターロボットは、後ろ足で立って、小首をかしげて見せる。

「このしぐさが、マニアには人気なんだ。」
と、説明する。

「一匹ずつ、全然違うね。動き方も。」
「そりゃ、そうさ。この子は少しやんちゃだから、すぐカゴを抜け出す。この子は内気だけど気が強いから、他の子と一緒に入れると喧嘩を始める。」
「楽しそう。」
「え?」
「おにいさん、楽しそう。」
「そうかな。」
「うん。恋愛も、結婚も、子供も、好きじゃない、なんて言って。だけど、自分の作ったロボットは、すごく大事そうに扱ってるよ。」
「そうかもな。」

僕らは、地下室から一階に戻る。

「いつまでこんな生活が続けられるかな。」
彼女は、ぽつりとつぶやく。

「ずっとだ。」
「ずっと?」
「ああ。ずっとだ。」
「じゃあ、ずっとここにいていいの?」
「もちろん。」

僕は、彼女に少しずつ生活費を渡すようになった。
「好きな服なんかも買っていいんだよ。」
「おにいさんのトレーナーが一番好き。」
「でも、そんな格好じゃ、誰もお嫁さんにもらってくれないよ。」

僕は、笑って。

静かな夜。幸福な。

幸福。そうか。これが、かけがえのない・・・。

--

そうやって、一年が過ぎ。

「おかえりなさい。」
出迎える彼女に、僕は花束を渡す。

「なあに?これ。」
「お誕生日、おめでとう。」
「お誕生日って?」
「きみと僕が初めて会った記念日。」
「嬉しい。」
「それから、これがきみのハムスター。」
「新作ね?」
「うん。可愛がってくれる?」
「ええ。あなたの作るハムスターロボットは、世界に一匹しかいないから。」

僕らは、キャンドルに火を点し、新しいドレスを彼女に着せる。

「おにいさん、いつか、お嫁さんもらっても、私のこと忘れないでね。」
僕の胸に額をつけて、彼女が懇願する。

「馬鹿だなあ。結婚はしないって言ったろう?」
「でも、私は、いつまでもこのままだもの。あなたのお嫁さんにはなれない。」
「なれるよ。」
「そうだといい。」
「きっと、なれる。」

今は、ほんの子供だけど、いつか。僕の手で。

僕らは寄り添って夢を見る。

その時、けたたましいサイレンの音。飛び交う怒声。

「何?」
彼女は身を起こす。

「ここで待ってろよ。」
僕は立ち上がる。

ドアが開く。

「何ですか?あなた達は。」
「警察です。」
「一体・・・。」
「非合法に子供ロボットを家に連れ込んでいるとの噂を聞きまして。」
「待ってください。必要な手続きはしますから。」
「申し訳ないですが、規則ですから、回収します。」
「待ってください。待って・・・。」

逃げろ。

僕は、叫んだ。

僕は、警察に殴られて、足をどうにかしたようだ。

逃げろ。

だが、その時、銃声が。

何てことだ。

歯車が僕の足元に転がって来る。

僕は、それを拾い上げて、シリアルナンバーを見る。S−289001099、これがきみのユニークな名前。

僕のシリアルナンバーは、A−759581002。古い型だ。

--

大昔、人間という生き物がこの世を支配していた頃、人間をモデルに作られたのが、僕らだ。いつしか人間が死に絶えて、僕らはどこに進めばいいか分からなくなった。回し車の中のハムスターのようにどこにも行けない。恋愛だとか、子育てだとかは、人間の習性の名残だと聞いた事がある。そんな事を一生懸命信じていれば、いつか、僕らは人間のように想像力に富んだ生き物になれるんじゃないかと。そうやって、どこにも行けない僕らは、子供ロボットを手に入れる。随分とたくさん働いてようやく手に入る、その子供ロボットは、高価過ぎて一生に一度持てるかどうか。

名前をちゃんと付けたら良かったな・・・。そこにある幸福は、あんまり日常的過ぎて、僕は名前を付けて呼ぶことすら、うっかりと忘れていた。


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