セクサロイドは眠らない

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2002年10月10日(木) 他に男性を知らない私をやさしくリードしてくれたので、私は、簡単に、夫に抱かれることを好む女になっていた。

結婚して間もなくだった。あまり早くない時期に、私は、「そのこと」に疑惑を持つようになった。相手をあまり知らないうちに、相手の熱意にほだされての結婚。ハンサムで、やさしい人だったから、不安はなかった。ただ、言われるままに、身一つで彼の元に嫁いだ。

「そのこと」は、多分、女性ならすぐ気付く事。一緒に暮らしている人の事は、手に取るように分かる。最初は、ぼんやりとした違和感だったが、そのうち、その違和感はどんどん大きく、はっきりしたものになっていった。

「夫は二重人格ではないか。」という疑問。

結婚の当初から、夫は私を情熱的に求め、他に男性を知らない私をやさしくリードしてくれたので、私は、簡単に、夫に抱かれることを好む女になっていた。

だが、ある夜、私がいつものように夫が寝室を訪れるのを待っていたのに、いつまで経っても来ないから、しびれを切らし、私は夫の書斎を訪ねた。そこでは、夫は、読書用の眼鏡をかけ、難解な哲学書を読んでいた。

「まだ、お仕事遅くまで?」
「ああ。」
「お茶でも?」
「いや。要らない。」
「邪魔してごめんなさい。」
「いいんだ。だが、きみに知っておいてもらいたい。僕がここにこもったら、邪魔しないで欲しいんだ。集中して本を読みたいからね。」

私は、夫の冷たいとも思える態度に驚き、ベッドルームに戻ると泣き伏してしまった。昨夜はあんなに情熱的に愛してくれたのに、夫はもう、私の事を好きではなくなってしまったに違いない。

だが、そんな憂鬱も、あっという間に解消されるほどに、数日後には、夫は私を情熱的に求めてきたのだった。

その時、最初の違和感を感じた。

明るいスポーツマンタイプの夫と、繊細な読書家の夫。

読書好きな夫も、決して、私を愛していないわけではない。遅くにベッドルームに入って来た夫を、私が起きて待っていたことに気付くと、夫は私の肩を抱き、自分が書物から得た天文学の話、哲学の話、歴史の話を、いつまでも聞かせてくれる。それらをうっとりと聞き惚れる私がいた。

私は、二つの人格が入れ替わる夫に次第に慣れた。そして、ある日、あっというものを見ることになった。

--

夫が二人いたのだ。同窓会で遅くなると言って出掛けたのはいいが、しつこく絡んでくる、すっかり腹の出た中年男になっていた元のクラスメートに嫌気がさして、随分と早い時間に帰った。

「ただいま。あなた、誰かお客様?」
その時、私は見てしまった。振り返った、二人の夫。

「どういうこと?」
驚いて取り乱す私に、二人の夫はバツが悪そうな顔を向け、
「僕らは、双子なんだよ。」
と、言った。

それから、長い時間掛けて、私は二人の夫が言うことを理解しようと試みる。

「僕が次郎で、弟が三郎。」
と、情熱的なほうの夫が説明する。

私は、混乱して、半分泣きそうになりながら、二人の話を聞く。

二人は、あまりにも仲が良いために、同じ女性を愛していく事にしたのだと。そんな風なことを言った。

先に私を見つけた三郎のほうは、ひどく内気で私に交際を申し込むことすらできず、もっぱら、次郎が、私をデートに誘っていた事など。

二人の男に交互に抱かれていた嫌悪が波のように高まった。

私は部屋にこもり、中から鍵を掛けて、泣き伏した。

--

だが、二人の夫は、その後の生活で辛抱強く私を愛してくれたため、私の心はその奇妙な事実を受け入れるようになっていった。

私は、いや、私達三人は、だが、しかしここに来て一つの問題に突き当たる。

三人共、子供を欲しがっていた。だが、どちらの子供を産めばいいのだろう?私達は話し合った。そうして、まずは、次郎の子供を。それから、三年して、三郎の子供を身ごもった。

受け入れてしまうことで、幸福になれることもある。私は、二人のやさしい夫と、二人の可愛い子供に囲まれて幸福だった。次郎と三郎は、交互に、家にやってきては、私と子供達を守り続けてくれた。

だが、ある日、私は、それまで気にはなっていたが,怖くて口にできない言葉をそっと切り出す。
「ねえ。次郎と三郎ってことは、一郎という人がどこかにいるの?」

二人は、初めて、私が二人一緒のところを見つけた時のようにきまりが悪い顔をして、それから、
「あのね。怒らないで聞いて欲しい。実は僕達は三つ子なんだ。」
と、言った。

私は、もう、何を言われても驚かなかった。ただ、少し心がドキドキした。二人の男に抱かれることで、ちょっとした背徳心に似た物を感じ、それが生活のスパイスになっていた私の人生に、新たにもう一人の男が登場したのだもの。

「一郎さんはどこにいるの?」
「病院だ。幼い頃から体が弱くてね。」
「今回の結婚に、一郎さんは関係がないの?」
「いや。それが・・・。怒らないで聞いて欲しい。一郎も、きみを愛している。」
「そんな。会った事もないのに?」

それから、私は、ふと、結婚式の時の事を思い出す。随分と遠くから車椅子に乗った男性が私を眺めていた。夫となる人に良く似た人だったから、親戚か誰かだろうと、その時は、そんな風に思ったのだった。

「僕らは、きみのことを一つももらさずに報告している。きみの得意な料理。きみの好きな歌。どんな風に抱かれたら感じるか、まで。」
「ひどい。」

そんな風に言いながら、私は、本当には怒ってないのだった。私の性癖を、見知らぬ男性が覗き、そうして、愛する。なんて素敵なのだろうか。究極の愛とすら、言える。

「一郎さんに会いたいわ。」
「どうかな。兄さんは、とても内気なんだ。自分の体がみっともないと思ってるしね。」

それから、次郎が、手紙の束を渡してくれる。

そこには細かい字でびっしりと、私のことばかりが。寒くなったが、風邪をひいてないだろうか。つわりは重いと聞いたが、大丈夫か。子供達はもう、随分と大きくなったろうね。

私の目は潤み、手紙の束を胸に抱き締める。

奇妙な愛。三人の。いえ、四人の。

--

子供達は、もう、すっかり大きくなった。

実は、子供達が小学校六年と三年になった時、父親は一人ではないの、と、告げた。私が感じた違和感を、いつか子供達も感じるようになるだろうという懸念。それから、私のことは、次郎も三郎も同じように愛し、共有してくれていたが、子供のこととなると、どうしても、平等に愛するというわけにはいかなくなって来ていたから。

子供達は、少し時間が掛かったが、その事実を受け入れてくれた。

にっこりと笑って、
「つまり僕らには、お父さんが二人いるってわけだね。」
と、言ったのだ。

次郎と三郎は、お互い、自分の種を分けたほうの子供を可愛がりながらも、次郎は弟の子供に野球を教え、三郎は兄の子供に勉強の楽しさを教えてくれた。

そうだ。大きな家族。

ここにいない一郎も、全てを見ていてくれる安心感。

--

今、私は、病院のベッドにいる一郎のそばで、編み物をしている。

「もう、すっかり片付いたのかい?」
一郎は、やさしい声で訊ねる。

「ええ。明日、二人とも戻ってくるの。その時に。」

あんなに元気だった次郎と三郎は、息子達が成人したのを見て安心したのだろうか。二人ともバタバタと逝ってしまった。その間、支えてくれたのは一郎の手紙。

「結局、僕が最後に残ってしまったね。」
と、一郎は、皮肉な顔して笑った。

「今までの時間を取り戻しましょう。離れていた日々を。」
「こんな体の私でもいいのかい?」
「ええ。私も、次郎さんも三郎さんも、あなたがいたから。」
そこで、私は声を詰まらせる。

誰一人として、欠けて欲しくなかった。舞台上の登場人物。

息子達は二人共、海外で活躍している。明日、私は、息子達に全てを話す。お父さんは、もう一人いるのよ。と。

それから、一郎の手紙と私の日記を息子達に渡し終えたら、私は一郎と旅立つのだ。

あんまりにも長く、三人からのたくさんの愛を受け過ぎたせいで、私はすっかり甘やかされてしまった。この先、一郎までいなくなったら、私には耐えられないだろう。だから、出した結論。一郎と一緒に、永遠の旅に出る。最近では、お金さえ出せば、楽に、合法的に、そういった事ができるのだ。

明日。

次郎と三郎が待つ場所へ、一郎と二人で行く。

そこでは、楽しくて奇妙な関係の四人の男女が、尽きぬ話を交わすのだ。


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