セクサロイドは眠らない
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2002年10月04日(金) |
「愛していると一言。それだけでいいのに。」尚も、僕の手は激しく彼女を打ち据え、彼女がぐったりしたところで僕は彼女を抱き締める。 |
「ほう。最近じゃ、そんなことまでできるんだね?」 「そうです。脳の研究は、一般に知られているよりはずっと進んでいるのです。」 「じゃあ、こんなことはできるだろうか?たとえば・・・。」
僕は、ある一つの試みを、その男に向かってゆっくりと切り出す。
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「もっと力を抜けよ。そうしたら、そんなに辛くはない。」 僕は、そう彼女にささやく。
だが、無駄だった。
どんなにやさしくじっくりと時間を掛けて攻め立てても、声一つ上げようとしない妻を抱きながら、こんなことをしても結局は、絶望と怒りだけが残るのだということを僕は知っている。
「今日はもういい。服を着ろよ。」 僕は、長時間格闘した末に、あきらめて彼女から離れる。
彼女は、青ざめた顔でバスローブを拾い、小さな声で 「おやすみなさい。」 と言って出て行く。
僕は、ベッドの上に彼女の痕跡に、身悶えし、時には涙さえ流す。どうしたらいいのだ?どうすれば?
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大概のものは金で手に入れることができると、幼い頃から父に教わって育った。実際に、僕が持っていないものは何一つなかった。勉強だけはしろと厳しく言われていたが、その他の事柄の大切さは全く教わらずに大きくなった。
「いいか?金のある人間は、金を使えば済むことに労力を割く必要がない、という点において、金がない人間よりも、はるかに時間を有効に使えるんだ。」 父は、よく、そう言っていた。
そう言って、朝から晩まで飛び回り、あれやこれやと人々に指示を出し、おいしいものを食べ、女を抱くような男だった。
そんな男に育てられた僕はいろいろな面でクラスメートに馴染めず、学校生活に苦痛を感じていた。どうして、意味もなくグランドを走ったりしなければならないのだろう?どうして、すぐ汚れるのに自分達で毎日毎日教室を掃除しないといけないんだろう?だが、そんなことで教師と議論することすら無駄だと思っていた僕は、ただ、黙って目立たないように昼間の生活をやり過ごしていた。
大学を卒業すると、父の会社のそれなりのポジションが保証されていた。しかし、その頃の僕は、そろそろ自分の人生に疑問を持つようになっていた。父は、二言目には、金、金、と言うが、一体、金をそんなに貯めて、何を買えばいいのだろう?もう、大概のものは揃っている。車だって、洋服だって。欲しいものが分からなかった。あと、足らないものは・・・。足らないものと言えば・・・。
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彼女は、父の会社と取り引きのある、ちっぽけな会社のオーナーの娘だった。初めて見たのは、会社が主催する創立記念パーティだった。薔薇色の頬。漆黒の長い髪、白い肌。絵本から飛び出して来たように華やかで愛らしかった。彼女の父親も、娘が可愛くてたまらないのだろう。周囲が彼女の美しさに感嘆の声を上げるのをニコニコと幸福そうに聞いていた。
あれだ。
あれが僕の欲しいものだ。
僕は、いても立ってもいられず、早速、翌日から花束を届けさせ、電話をするようになった。
僕は、生まれてから一度も誰かを愛するために自分から行動した事がなかったため、愛し方はひどく不器用だった。
そうして、勝手に決めたプロポーズの日。
僕は、ドレスに靴に宝石に花束。ありったけを持って、彼女の家を訪れた。
「結婚しよう。」 その言葉を言うまで、僕は、僕のプロポーズが断られるなんて夢にも思ってなかった。
だが、彼女は、驚いて、それから、静かに首を振って、 「ごめんなさい。」 と、小さな声で言った。
「どうして?何が気に入らない?」 「私、あなたを愛せないわ。」 「愛?愛なんて、後からついて来る。大事なのは、二人が一生豊かに暮らせるだけの金であって、それが僕にはあるんだよ。」 「あなたのそういうところが、理解できないの。」
僕は、首を振り、呆然と立ち尽くす。
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欲しいものは、何でも金で買う。それが僕のやり方だ。
事は簡単だった。
彼女の父親の会社との取り引きを打ち切る。
そう宣告すればいいだけだった。小さな会社だ。ひとたまりもない。
その夜、彼女は泣きながら僕の元へやって来た。 「お願い。父の会社との取り引きを、今まで通り続けて。私、あなたのお嫁さんになります。」
僕は幸福に包まれて、笑った。 「いい子だ。」
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「なあ。どうして言わない?僕のために、愛していると言っておくれ。」 僕は、懇願する。
だが、彼女は、首を振って。 「私、父のために一度だけ嘘をついたの。父に向かって、あなたの事を愛しているから結婚させてくれと頼んだわ。父は、何度も何度も、私に本当のことを問いただしたけれど、私は嘘をつき通したの。父は、最後にはとてもとても悲しそうな目をして、『幸せにおなり。』と言ったわ。もう、嘘はつきたくないの。」
彼女は、美しい。
僕は、急にこみあげた怒りに任せて、彼女の頬を打つ。
彼女は、それでも静かに僕の顔を見つめる。
「愛していると一言。それだけでいいのに。」 尚も、僕の手は激しく彼女を打ち据え、彼女がぐったりしたところで僕は彼女を抱き締める。
「ごめんよ。僕の愛しい人。」 僕は、人形のように動かなくなった彼女の服を脱がせた。
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「そうです。脳の研究は、一般に知られているよりはずっと進んでいるのです。」 その、若くて意欲的な研究者は、僕に熱心に説明をする。
「どの細胞が、どの言葉をつかさどっているかも?」 「そうです。」 「じゃあ、こういう事はできるかな。一つの言葉以外を全部記憶から消す。何か言おうとしても、言葉として出て来る単語は一つだけ。っていうのは?」
研究者は、長く考えた末に、答える。 「できなくはないが、危険です。記憶を操作するのは。記憶の混乱。必要な記憶の破壊。」 「頼む。金はいくらでも出す。きみが欲しがっていた設備も、用意させる。」
研究者は、迷った挙句に、ゆっくりとうなずく。
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彼女は、病院のベッドで、まだ眠っている。体の検診と偽ってここに連れて来て、金に目のくらんだ研究者にある改造を施してもらったのだ。
彼女は、今、ゆっくりと目覚める。
自分がどこにいるか分からないようだ。
僕は、彼女のベッドに近付く。
僕の姿を認めると、彼女の顔がいつものようにこわばる。
「調子はどうだい?」 僕は、やさしく訊ねる。
「愛してるわ。」 「そうか。いい子だ。何か欲しいものは?」 「愛してるわ。」 「素敵な響きだ。もっと言っておくれ。」 「愛してるわ。愛してるわ。愛して・・・。」
彼女の指が、信じられないという風に、自分の唇を押さえる。
「もう、気付いたかい?」 僕は、微笑む。
「なに。ちょっとしたことさ。きみが本来、言うべきであって言えなかった言葉を、言えるようにしてもらった。それだけ。風邪を治すのと一緒さ。」
彼女の目は、今、怒りに燃えているが、唇から発せられる言葉はただ一つ。 「愛してるわ。」
そうだ。何度でも言っておくれ。その言葉一つに随分と金が掛かったのだから。僕は、壊れたゼンマイ仕掛けの人形のような女を抱き締める。
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