セクサロイドは眠らない
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2002年10月03日(木) |
「三丁目の空き家があるだろう?」「うん。」「そこのポストに、返して欲しいものを書いて入れるんだ。」「そうしたら?」 |
小学校の頃だ。
僕は、田舎のその学校で、どちらかというといじめられっ子だった。今みたいな陰湿ないじめじゃないけれど、何か班を作って活動しよう、という時なんかは、どこにも入れてもらえず、先生が困ったようにどこかの班に頼んで僕を無理に入れてもらう、というようなことがしょっちゅうあったりした。
そんんな僕にも友達が出来た。都会のほうから転校して来たナガミネくんという子だ。
ナガミネくんは、眼鏡をかけていて、痩せていた、どちらかというと内気な子だった。教室の前で初めて見た時、「こいつ僕よりひどい。」そんな風に思ったことを覚えている。
担任は、ナガミネくんを僕の横に座らせた。僕も、ナガミネくんも、最初は、同属嫌悪とでもいうのだろうか。お互いに口を利かなかった。だが、次第に、ゆっくりと、僕らは仲良くなった。多分、一番のきっかけは、ナガミネくんが持っていた科学雑誌を、僕が勇気を奮って「貸して。」と頼んだ事だっただろう。僕らは、急速に仲良くなり、「同類相憐れむ」などというクラスメートの陰口をものともしないぐらい、仲良しになった。
ナガミネくん。
僕の親友。
彼がいなければ、僕の小学校生活はとても味気ないものになっていただろう。
--
ある日の事。
僕は、親戚のお兄さんが訪ねて来てお土産にくれたドイツ製の小型のナイフが嬉しくて、学校に持って行く事を禁じられていたのにも関わらず、こっそり持って行き、ナガミネくんに見せた。
「へえ。すごいな。」 「だろう?すごくよく切れるんだ。」
僕は、そう言って、鉛筆を取り出すと、ナイフで削って見せた。
ナガミネくんは、だが、あまり興味を示さずすぐ話題を変えて来たので、僕としても、ナガミネくんの態度が興醒めで、あきらめてナイフを机に放り込んだ。
それから、体育の授業があり、僕は、ナイフの事はすっかり忘れて帰宅した。
夕飯の後でナイフの事を思い出し、慌てて記憶を辿ったが、多分、学校に忘れたのだろうと思った。
次の日。
だが、しかし、ナイフは机の中にはなかった。僕は、ナガミネくんを問い詰めた。
「僕は知らないよ。」 「嘘だ。だって、きみにしか教えてないんだぜ。」 「僕は・・・。ナイフなんか、あまり好きじゃないし・・・。」 「じゃあ、どうして、失くなってるんだよ?」 「知らないよ。誰か他のヤツだろう?なんで僕がきみの物を盗らないといけないんだよ?」
僕は、激しい怒りで、ナガミネくんを殴らんばかりだった。クラスメートが、僕らを面白そうに眺めている。
結局、次の日も、その次の日も、ナガミネくんとはしゃべらなかった。両親からは、ナイフを失くした事でひどく怒られた。
ナイフが失くなってから三日目。ナガミネくんが下駄箱のところで、僕を待っていた。
「なんだよ?」 「あの・・・さ。あのナイフ、どうしても取り戻したい?」 「当たり前だろ。」 「失くしたものを取り戻したい時のおまじない。」 「なに、それ?」 「三丁目の空き家があるだろう?」 「うん。」 「そこのポストに、返して欲しいものを書いて入れるんだ。」 「そうしたら?」 「何日かして行ったら、書いたものが戻ってくるって。そこの家の樫の木の根元を掘ったらいいって。」 「なんでお前がそういうこと知ってんの?」 「聞いたから。」 「誰に?」 「ばあちゃん。」 「ま、いいや。連れてってくれよ。そこん家。」 「うん。」
僕らは、黙って三丁目まで歩いて、その家に辿り着いた。僕は、ランドセルから取り出したノートに、「ナイフ」と書いて、その家の郵便受けに放り込んだ。錆びた郵便受けは、コトリと音を立てて僕からの手紙を飲み込んだ。
数日後。
僕とナガミネくんはその家の樫の木の根元を掘る。
あった。
土の中からナイフが。
本当だったんだな。
僕は、ナガミネくんを見て、笑った。
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郵便受けの話は、もう一つある。
僕とナガミネくんは、ある時、学校の帰りに拾った子猫を空き地でこっそり飼っていた事がある。一人っ子の僕は、猫が可愛くて可愛くて、夢中になった。それで、学校の給食なんかをせっせと持って、猫に会いに行ったのに、ある日猫はいなくなっていた。
だから、僕は、「ねこ」と書いた紙を郵便受けに入れた。
それから一週間後、僕とナガミネくんは、再び樫の木の根元を掘った。
僕は、ひっと声を出して、しりもちをついた。猫の硬くなった死体は、二度と目を開けなかった。僕は、泣いた。
それっきり、僕は、郵便受けに失くしたものを探してもらうことはなかった。
その後、転勤の多いお父さんに付いて、ナガミネくんは転校して行った。僕は、見送りに行って、あのナイフを渡した。
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数年ぶりに、ナガミネくんから電話があった。出張のついでに、寄る、と言う。
僕は、知人に頼んで新鮮な魚を用意してもらった。それから、上手い地酒。ナガミネくんは、酒は好きだろうか?
僕は、あれやこれやを並べた食卓で、ナガミネくんを出迎える。 「狭い部屋だけどさ。」
訪ねて来たナガミネくんは、相変わらずだった。眼鏡を掛けて、内気そうに微笑む。
僕は、酒を勧めながら、 「どう?最近は?」 と、訊ねた。
「まあまあだよ。相変わらず。メーカーの研究室にこもりっぱなしだよ。」 「そうか。」 「きみは?結婚したって聞いたけど?」 「それが・・・。妻は出て行った。」 「そうか。」
ナガミネくんは、それ以上聞かなかった。
それから、酒を酌み交わしながら、ポツリポツリと、今のお互いのこと。子供の頃の事。
ナガミネくんは、言う。 「結局、転校してからも友達はできなくてさ。なんていうのかな。表面的には親しくなるんだけど、本当に心を許して付き合えたと言えるのはきみだけだったんだなってね。」 「俺もだよ。結婚しても、妻の事は結局わからずじまいだし。」
僕はもう、随分飲み過ぎて、ふいにこんな言葉が口をついて出る。 「なあ。覚えてるか?あの空き家の郵便受けの事。」
「え・・・。ああ。」 「あれさあ。お前、本当に信じてた?」 「いや。あれなんだけどさ。本当は・・・。」 「俺さあ。最初はナガミネくんのこと疑ってたんだよね。ナイフの事は、本当はね。」 「・・・。」 「だけどさ。猫の時、信じた。」 「・・・。」 「だってさ。ナガミネくんも、あの猫、好きだったろ?だから、猫を殺して土に埋めたりなんかするわけないもんな。」 「・・・。」 「なあ。もう一度、あの空き家へ行ってみないか?」 「いいけど・・・。もう、お前、随分酔ってるみたいだけど、大丈夫か?」 「大丈夫だよ。な。ナガミネくん。きみともう一度行きたかったんだよ。あの場所へ。」
僕は、ナガミネくんの返事を待たずに、立ち上がり、さっさと玄関を出て、夜道を歩く。
「おい。待てよ。」 ナガミネくんが追い掛けて来て、言う。 「何もこんな夜に行かなくても。」
「いいじゃないか。付き合ってくれよ。」
古い空き家は、以前のままそこにあった。
「先週、ここの郵便受けに探し物を書いて入れたんだよ。」 そう言いながら、僕は樫の木の根元を素手で掘る。
木の根元は、まだ、最近誰かが掘り起こした事があるかのように柔らかい。
「なんて・・・。書いたんだい?」 「いなくなった、僕の妻。」
僕は、もう、汗だくになる。
「なあ。あれ、嘘だったんだよ。」 ナガミネくんが、奮える声で、言う。 「ナイフが欲しかった。猫も。本当は、猫なんてどうでも良かった。だけど、何となく、きみが猫を可愛がり過ぎるから、つまんなくてさあ。」
「ほら。ナガミネくん、何かに当たったよ。」 「なあ。聞いてるか?きみの奥さんなんて、知らないんだよ。僕も知らないものが、ここに埋まってるわけないだろう?」
「僕の奥さんはね。僕を置いて出て行くような人じゃないんだ。だから、きっと戻って来たがってるんだよ。僕のところにね。ほら。」 その時、土の中から出て来た白い腕が、月光に光る。
「ナガミネくんは、嘘なんかつくわけない。親友だもん。」 僕は、にっこり笑ってみせる。
ナイフが欲しかったのなら、最初から言えば良かったのに。僕はそんなこととっくに知っていた。だって、僕達は親友じゃないか。
なのに、ナガミネくんは、どうしてそんな泣きそうな顔で僕を見ているのだろう?
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