セクサロイドは眠らない

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2002年10月01日(火) 「ねえ・・・。」「なに?」「あなたの言うので、正解。私は、あなたとセックスできる。」「だろう?比べるなんて、ナンセンスだよ。」

「いつも違う女の子連れてるんだもん。」
「そうだったかな?」
「だから、絶対無理と思ってた。付き合うのなんて。」
「はは。そんなにモテないよ。」
「振るの?振られるの?」
「どっちかっていうと、振られる。」
「モテる人ほど、そう言うのよね。」

私は、彼の膝に仰向けに寝転がって、上から見下ろす彼の頬を撫でている。こんな日が来るとは思わなかった。彼との三度目のデートの時、彼が、「うちに来る?」と訊いてきたから、私は、飛び跳ねて着いて来た。

彼は、頬を撫でる私の指をつかまえて、口に含む。

ああ。なんて幸福なのかしら。

ふと気付くと、猫が。ドアの隙間からこちらを見ている。

「びっくりしたー!猫、飼ってるの?」
「ああ。」
「好きなんだ?」
「まあね。」

私は、かまわず彼とイチャつこうかと思うが、猫の視線が気になってどうも集中できず、結局起き上がってスカートのしわを伸ばす。

「ねえ。外行かない?」
「部屋が落ち着くよ。」

私が彼から離れたのを見計らっていたかのように、先ほどの猫がスルリと部屋に入って来て、彼の膝に乗る。

「可愛いわねえ。」
私は、彼に気に入られようと猫に手を伸ばすが、猫は奇妙に身をよじって、私の手をかわす。

「やだ。嫌われちゃった。」
「はは。こいつは結構気難しいんだよ。」

気付くと、また、ドアの隙間から一匹。

また、一匹。

結局、五匹が部屋の中にいるのに気付く。

「ねえ。こんなに一杯飼ってるの?」
「ああ。そうだよ。」
「それって、すごくない?」
「そうかなあ。」
「拾って来るの?」
「まあね。いつのまにか増えるんだ。」
「へえ・・・。」

私は、あきれて。それから、なんだか落ち着かない気分になって、
「帰るわ。」
と、思わず言う。

「そう?」
「うん。なんだか、猫に監視されてるみたいだし。」
「すぐ慣れるよ。」
「ううん。今日は帰る。また、ね。」
「ああ。」

彼は、そこを動こうともしない。

部屋を出る間際、ふと振り向くと、彼は、膝を降りようとする猫を捕まえて抱き寄せるところだった。その光景が何だか不安で、私は、急いで部屋を出た。

たかが、猫じゃない。

だけど、あの猫達。私、嫌いだわ。いつか、猫のことで彼と喧嘩するようにならないかしら。

私は、そんな不安を抱えながら、彼のアパートを足早に去る。

--

「ねえ。聞いてる?」
「ん?」
「やだ。やっぱり聞いてない。」

私は、相変わらず猫とじゃれている彼にあきれて、頬を膨らませてみせた。

「何怒ってんだよ?」
「猫と私とどっちが大事なのよ?」
「どっちって。どっちもだよ。馬鹿だなあ。比べられるわけないしさあ。」
「じゃあ、質問を変えるわ。猫のどこが好きなの?」
「気まぐれなところ。僕が猫を愛するより、ずっと少なく僕を愛してくるところ。」
「じゃ、私は?」
「うーんと。セックスできるところ。」
「そんなの答えになってないよ。」
「そう?」

彼は、私の腕を引き寄せると、猫を膝からよけながら、口づけてくる。

「んん・・・。待ってよ。」
「どうして?」
「猫が見てる。」
「じゃ、あっちに行こう。」

彼は、私を立たせると、腰に手を回しながらベッドルームへ入り、内側からドアを閉める。

「見せつけてやろうと思ったのに。」
「趣味悪いわねえ。」

彼は私の唇を塞いだまま、器用に私の服を脱がせて行く。

「ねえ・・・。」
「なに?」
「あなたの言うので、正解。私は、あなたとセックスできる。」
「だろう?比べるなんて、ナンセンスだよ。」

私達は、お互いを味わい、唾液が絡む音を立てながら、深い深い場所へと分け入って行く。

「気持ちいい?」
「ん・・・。」

その時、猫がドアの外をカリカリと爪で引っ掻くかすかな音が聞こえて来る。

--

「ねえ。行くなって言ったら、やめるよ?」
「どうして?」
「だって・・・。」
「せっかくのチャンスじゃないか。」
「だけど・・・。」
「いいかい?きみは、会社で三人だけ選ばれたんだよ。せっかくの海外での活躍のチャンスを逃すのかい?」
「不安なの。」
「何が?」
「あなたと離れるのが。」
「どうして?電話もするし、会いにも行くよ。二年なんて、あっという間だ。」
「そうだけど。」

不安なのは、猫。

馬鹿みたいだって言われるのは分かっていて、だから、そんなこと言えなくて。違う言葉が口をついて出て来る。
「いつもそうなのよね。」
「何が?」
「私がどうなろうと、どうだっていいんでしょう?」
「どういう意味だよ。」
「あなたは、私がいようがいまいが、幸福そうだって事。」
「何言ってんだよ。」
「ねえ。お願いよ。行くなって言ってよ。そばにいてくれって。」
「・・・。」
「嘘でもいいから。」
「本当にそう言ったら、どうする?せっかくのチャンスもふいにして、ここで暮らすのかい?」
「ええ。あなたといる。あなたの猫なんかに負けたくないもの。」

私は、その瞬間、本気でそういう事を思っていた。

できることなら、猫になりたいと。

気まぐれで、彼の寵愛を受ける・・・。

そんなことを本気で思ったから。

--

次の瞬間、私は猫になっていた。

ニャア。

彼は私を抱き上げた。
「本当に猫になっちゃったんだね。」

彼は、あきれたように。でも、いとおしそうに、私を抱き上げる。

髭を引っ張って来るから、私は不快で暴れる。彼はクスクス笑う。
「まったく。きみ、なんて可愛い猫。」

五匹の猫が私を見ている。

ようこそ。私達の仲間。そんな風に言っているように見える。ねえ。もしかして?

--

彼には、新しい彼女ができたみたいだ。

眼鏡を掛けた、内気そうな女の子。

私達は、彼と彼女を見守る。それにも飽きると、私は、部屋を横切る小さな蜘蛛に気を取られて遊び始める。

「ほら。見て。猫の尻尾って、何て不思議に動くんだろうね。」
そんな風に笑う彼を、新しい彼女は微笑んで見つめている。

−今度は長続きするかしら?

−さあね。無理じゃない?ほら。彼があんまり私達をかまうから、彼女イライラしてるわよ。

−時間の問題ね。仲間が、また増える。

そんな会話を交わしながら、私たち猫は、それなりに仲良く、彼の気持ちのよい部屋で暮らすのだった。


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