セクサロイドは眠らない

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2002年09月23日(月) 僕にこんなおばあちゃんがいれば、いや。こんな母親がいれば。と思わせるような、聡明なやさしさが見えた。

「で?どうして僕のところに?」
僕は、目の前にいる三人の老人に訊ねる。

「シゲジさんが、インターネットやってるんでね。探し物ならインターネットだって聞いた事があるから。キヨエさんのね。飼ってる小鳥も、インターネット使って探したらどうかしらって言ったんですよ。」
ミツコと自己紹介した老婆が、説明する。

シゲジさんがうなずく。

手乗り文鳥を探しているという当のキヨエさんは、良く分からないという顔をして、お茶をすすって二人の顔を交互に眺めている。

「で、僕のホームページを見たというわけですね。」

「ええ。そうなんです。」
シゲジさんが、答える。

「だが、僕は、バード・ウォッチングが趣味というだけですから。」
「そうですよねえ。迷子の鳥探しまでは、なさらないですよねえ。」
ミツコさんが、少々がっかりしたような口調で、うなずく。

「亡くなった主人が、くれたんです。」
突然、キヨエさんが口を開く。

「とてもやさしいご主人だったのよねえ。」
と、ミツコさん。

「このままだと、主人に申し訳が立ちません。お願いします。」
キヨエさんが、頭を下げる。

そこまで言われては、僕も引き受けるしかない。
「分かりました。探すだけは、探してみましょう。」

ほっとしたように顔を合わせて喜ぶ老人達を見て、僕は、溜め息をつく。

「無理言って、本当にごめんなさいね。さっき、見せていただいたでしょう?なんていったかしら。ええっと。そう。フィールド・ノート。」
キヨエさんが、帰りがけに玄関で急に僕に話し掛けてくる。

「ああ。あれ。思いついた事だけメモしてるんです。」
「鳥の絵が素敵だったわ。なんていうか。素朴だけど、暖かいっていうのかしら?だから、あなたにお願いしたら大丈夫と思ったの。」
和服をきれいに着こなしたキヨエさんは、上品に微笑む。

言葉数は少ないが、キヨエさんという女性は、いつもおだやかな笑みをたたえ、柔らかい物の言い方をする。ふと、僕にこんなおばあちゃんがいれば、いや。こんな母親がいれば。と思わせるような、聡明なやさしさが見えた。ミツコさんとシゲジさんは、さしずめ、そんなキヨエさんの親衛隊というところだ。

インターネットも、罪なものだ。背後を見送りながら、僕は思う。

--

秋晴れの午後、僕は、キヨエさんと待ち合わせた駅に降り立った。

「こっちよ!」
キヨエさんは、前回と打って変わって、スラックスにスニーカーといったスポーティな服装で僕を出迎える。

「やあ。見違えましたよ。」
「主人とはいつも山歩きをしてたから。」
「そうですか。じゃ、早速、行きましょう。」
「あのね。このあたりだと、うちの近くの森林公園じゃないかと思うのよ。」
「じゃあ、案内してもらえますか?」
「ええ。」

キヨエさんは、足腰もしっかりしていて、なかなか早く歩く。平日は遅くまで残業していて運動不足の僕は、ついて行くのがやっと、というぐらいだ。

「いや。なかなかお元気ですね。」
「言ったでしょう。山歩きしてたって。」
「今でも?」
「今は、しないわ。主人がいないんですもの。」
「そうですか。」
「でも。ほら。こうやって、若い人にわがままを言って歩く事ができて、楽しいわ。」
途中、ベンチに座って、僕らはそんな話をする。キヨエさんは、僕に、ポットの熱いコーヒーを勧めてくれる。

「そうそう。先にお渡ししておくわね。」
キヨエさんがそう言って出したのは、白い封筒。

「これ・・・。」
「交通費よ。」

中を覗くと、一万円札が二枚入っていた。
「こんなにもらえません。」
「いいの。お願い。受けとってちょうだい。小鳥を探すのを手伝ってもらうんだし。ね。」

キヨエさんがあまりに真剣な顔で懇願するので、僕はしぶしぶそれを受け取った。

「すいません。でも、見つからなかったら、お返しします。」
「いいのよ。さ。行きましょう。」

キヨエさんは、立ち上がると、再びさっさと歩き出す。僕は、慌てて追う。

--

公園の中は、だが、残念な事に耳を澄ましても、鳥の声は聞こえて来ない。人工的に作られた、その公園で、キヨエさんの文鳥は見つかりそうになかった。

「ねえ。どうやって探すの?」

僕は、キヨエさんに双眼鏡を渡す。
「これ、貸してあげます。」
「ありがとう。」
「太陽を直接見たりしないでくださいね。」
「わかったわ。」

キヨエさんは、張り切った様子で、双眼鏡を覗き込んでいる。

だが、文鳥はいない。

どこにもいない。

二時間も歩き回ったろうか。

僕らは、ベンチに腰をおろし、再び休息を取る。
「ここじゃないみたいですね。」
「いいえ。きっと、ここよ。さっき、声がしたの。あれ、うちのチコちゃんだわ。」
「そうですか?僕には聞こえませんが。」
「じゃ、気のせいだったのかしら。」
キヨエさんは、急に不安な顔になる。

「まあ、ここじゃない違う場所にいるかもしれないし。」
「そんな遠くに行くなんて思えないけれど。」

結局、その日、夕暮れ近くまで探しても、キヨエさんの文鳥は見つからなかった。

「送って行きます。」
僕は、がっかりしているキヨエさんに、言った。

元気に歩いている時のキヨエさんは、しっかりしていて、年齢よりずっと若く見えたが、今のキヨエさんは、ずいぶんと小さく縮んで見えた。

僕らは無言で歩いた。

「おばあちゃんっ。」
その女性は、僕らの姿を見ると、慌てて駆け寄って来た。

「おばあちゃん、心配したじゃない。」
「ああ。ごめんなさいねえ。」
「もう。どこに行ってたのよ。」
「鳥をね。チコちゃんを探してもらってたのよ。この人に頼んでね。」

女性は、僕に向き直ると、
「どうも、母がご迷惑をお掛けしまして。」
と、頭を下げる。

「いえ。僕、結局何も力になれなかったんで。」
「本当に、すみませんでした。」

女性は、そう言うと、慌ててキヨエさんの背を抱えるようにして、
「さ。帰りましょう。」
と、少し怒ったように、言う。

キヨエさんは、僕に何度も頭を下げながら、娘さんらしき女性に連れられて行く。

--

あれから、数日。

僕は、キヨエさんの家を訪ねる。

手には、文鳥の入った鳥かご。

あの一万円の使い道を考えていたが、やっぱり、もらいっぱなしというわけにもいかなかったので。

ドアチャイムを鳴らす。

キヨエさんが顔を覗かせて、僕を見ると、パッと顔を輝かせる。
「あら。いらっしゃいな。」
「こんにちは。」
「ねえ。上がってちょうだいな。ちょうど、娘は出掛けててね。」
「じゃ、ちょっとだけお邪魔します。」

僕は、部屋に案内されると、キヨエさんに鳥かごを差し出す。

「ねえ。チコちゃん?見つけてくれたの?」
「ええ・・・。」
「ありがとうねえ。」

キヨエさんは、思わず涙をこぼす。

僕は、こんな嘘、許されるのかと思いながらも、キヨエさんにつられて、泣きそうになる。

キヨエさんが喜ぶのを確認した僕は、
「じゃあ、これで。」
と、腰を上げる。

娘さんが帰って来て、キヨエさんを怒る姿を見るのが何となく嫌だったのだ。

じゃあ、これで。

さようなら、キヨエさん。僕ができるのはここまでです。

--

キヨエさんと、僕の話はこれで終わり。だけど、もう少し続きがある。

あれから、二ヶ月ほど経って、僕は、キヨエさんの娘さんとバッタリ出会った。

「あら。いつかの・・・。」
「先日は、すみませんでした。キヨエさんを連れ回して。」
「あの時はごめんなさいね。本当は、文鳥なんていないのよ。」
「いない?」
「とっくに死んじゃったんですもの。ある日、かごの中で死んじゃってたの。だけど、母はそれをなかなか認められなくてね。」
「じゃあ、今は?」
「また、文鳥を探してるわ。」
「僕が渡したやつは?」
「渡したって?」
「あの後、僕、文鳥を持ってキヨエさんのところに行ったんですよ。」
「さあ。知らないわ。母の部屋には、空っぽの鳥かごがあっただけですもの。多分、逃がしちゃったんじゃないかしら。前にも似たようなことがあったの。」

どういうことだろう?

「母は、相変わらず、鳥を探してるわ。母のお友達も、根気強くそれに付き合ってくれてるの。」
「結局、僕がした事は無駄だったってわけか。」
「いいえ。少なくとも、母にとっては、とても大事な事だったの。いっしょに探してくれるって事がね。でも、あなたには悪い事したわね。小鳥、お幾らだったの?お金払うわ。」
「いえ。いいんです。」
「あなたには迷惑だったでしょうけど。母にとっては、鳥を探しながら、亡くなった父の事を思い出すのが大事な儀式なの。」

僕は、自分を恥じた。

ただ、同じ種類の鳥を買ってくれば、キヨエさんが喜ぶだろうと思った事。

あの日、確かにキヨエさんは、鳥を探しながら幸福そうだった。

「伝えておいてください。また、一緒に探しましょうって。」
僕は、別れ際、そう告げる。

キヨエさんの娘さんは、ありがとう、と、にっこり微笑む。


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