セクサロイドは眠らない
MAIL
My追加
All Rights Reserved
※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →
[エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう
俺はさ、男の子だから
愛人業
DiaryINDEX|past|will
2002年09月23日(月) |
僕にこんなおばあちゃんがいれば、いや。こんな母親がいれば。と思わせるような、聡明なやさしさが見えた。 |
「で?どうして僕のところに?」 僕は、目の前にいる三人の老人に訊ねる。
「シゲジさんが、インターネットやってるんでね。探し物ならインターネットだって聞いた事があるから。キヨエさんのね。飼ってる小鳥も、インターネット使って探したらどうかしらって言ったんですよ。」 ミツコと自己紹介した老婆が、説明する。
シゲジさんがうなずく。
手乗り文鳥を探しているという当のキヨエさんは、良く分からないという顔をして、お茶をすすって二人の顔を交互に眺めている。
「で、僕のホームページを見たというわけですね。」
「ええ。そうなんです。」 シゲジさんが、答える。
「だが、僕は、バード・ウォッチングが趣味というだけですから。」 「そうですよねえ。迷子の鳥探しまでは、なさらないですよねえ。」 ミツコさんが、少々がっかりしたような口調で、うなずく。
「亡くなった主人が、くれたんです。」 突然、キヨエさんが口を開く。
「とてもやさしいご主人だったのよねえ。」 と、ミツコさん。
「このままだと、主人に申し訳が立ちません。お願いします。」 キヨエさんが、頭を下げる。
そこまで言われては、僕も引き受けるしかない。 「分かりました。探すだけは、探してみましょう。」
ほっとしたように顔を合わせて喜ぶ老人達を見て、僕は、溜め息をつく。
「無理言って、本当にごめんなさいね。さっき、見せていただいたでしょう?なんていったかしら。ええっと。そう。フィールド・ノート。」 キヨエさんが、帰りがけに玄関で急に僕に話し掛けてくる。
「ああ。あれ。思いついた事だけメモしてるんです。」 「鳥の絵が素敵だったわ。なんていうか。素朴だけど、暖かいっていうのかしら?だから、あなたにお願いしたら大丈夫と思ったの。」 和服をきれいに着こなしたキヨエさんは、上品に微笑む。
言葉数は少ないが、キヨエさんという女性は、いつもおだやかな笑みをたたえ、柔らかい物の言い方をする。ふと、僕にこんなおばあちゃんがいれば、いや。こんな母親がいれば。と思わせるような、聡明なやさしさが見えた。ミツコさんとシゲジさんは、さしずめ、そんなキヨエさんの親衛隊というところだ。
インターネットも、罪なものだ。背後を見送りながら、僕は思う。
--
秋晴れの午後、僕は、キヨエさんと待ち合わせた駅に降り立った。
「こっちよ!」 キヨエさんは、前回と打って変わって、スラックスにスニーカーといったスポーティな服装で僕を出迎える。
「やあ。見違えましたよ。」 「主人とはいつも山歩きをしてたから。」 「そうですか。じゃ、早速、行きましょう。」 「あのね。このあたりだと、うちの近くの森林公園じゃないかと思うのよ。」 「じゃあ、案内してもらえますか?」 「ええ。」
キヨエさんは、足腰もしっかりしていて、なかなか早く歩く。平日は遅くまで残業していて運動不足の僕は、ついて行くのがやっと、というぐらいだ。
「いや。なかなかお元気ですね。」 「言ったでしょう。山歩きしてたって。」 「今でも?」 「今は、しないわ。主人がいないんですもの。」 「そうですか。」 「でも。ほら。こうやって、若い人にわがままを言って歩く事ができて、楽しいわ。」 途中、ベンチに座って、僕らはそんな話をする。キヨエさんは、僕に、ポットの熱いコーヒーを勧めてくれる。
「そうそう。先にお渡ししておくわね。」 キヨエさんがそう言って出したのは、白い封筒。
「これ・・・。」 「交通費よ。」
中を覗くと、一万円札が二枚入っていた。 「こんなにもらえません。」 「いいの。お願い。受けとってちょうだい。小鳥を探すのを手伝ってもらうんだし。ね。」
キヨエさんがあまりに真剣な顔で懇願するので、僕はしぶしぶそれを受け取った。
「すいません。でも、見つからなかったら、お返しします。」 「いいのよ。さ。行きましょう。」
キヨエさんは、立ち上がると、再びさっさと歩き出す。僕は、慌てて追う。
--
公園の中は、だが、残念な事に耳を澄ましても、鳥の声は聞こえて来ない。人工的に作られた、その公園で、キヨエさんの文鳥は見つかりそうになかった。
「ねえ。どうやって探すの?」
僕は、キヨエさんに双眼鏡を渡す。 「これ、貸してあげます。」 「ありがとう。」 「太陽を直接見たりしないでくださいね。」 「わかったわ。」
キヨエさんは、張り切った様子で、双眼鏡を覗き込んでいる。
だが、文鳥はいない。
どこにもいない。
二時間も歩き回ったろうか。
僕らは、ベンチに腰をおろし、再び休息を取る。 「ここじゃないみたいですね。」 「いいえ。きっと、ここよ。さっき、声がしたの。あれ、うちのチコちゃんだわ。」 「そうですか?僕には聞こえませんが。」 「じゃ、気のせいだったのかしら。」 キヨエさんは、急に不安な顔になる。
「まあ、ここじゃない違う場所にいるかもしれないし。」 「そんな遠くに行くなんて思えないけれど。」
結局、その日、夕暮れ近くまで探しても、キヨエさんの文鳥は見つからなかった。
「送って行きます。」 僕は、がっかりしているキヨエさんに、言った。
元気に歩いている時のキヨエさんは、しっかりしていて、年齢よりずっと若く見えたが、今のキヨエさんは、ずいぶんと小さく縮んで見えた。
僕らは無言で歩いた。
「おばあちゃんっ。」 その女性は、僕らの姿を見ると、慌てて駆け寄って来た。
「おばあちゃん、心配したじゃない。」 「ああ。ごめんなさいねえ。」 「もう。どこに行ってたのよ。」 「鳥をね。チコちゃんを探してもらってたのよ。この人に頼んでね。」
女性は、僕に向き直ると、 「どうも、母がご迷惑をお掛けしまして。」 と、頭を下げる。
「いえ。僕、結局何も力になれなかったんで。」 「本当に、すみませんでした。」
女性は、そう言うと、慌ててキヨエさんの背を抱えるようにして、 「さ。帰りましょう。」 と、少し怒ったように、言う。
キヨエさんは、僕に何度も頭を下げながら、娘さんらしき女性に連れられて行く。
--
あれから、数日。
僕は、キヨエさんの家を訪ねる。
手には、文鳥の入った鳥かご。
あの一万円の使い道を考えていたが、やっぱり、もらいっぱなしというわけにもいかなかったので。
ドアチャイムを鳴らす。
キヨエさんが顔を覗かせて、僕を見ると、パッと顔を輝かせる。 「あら。いらっしゃいな。」 「こんにちは。」 「ねえ。上がってちょうだいな。ちょうど、娘は出掛けててね。」 「じゃ、ちょっとだけお邪魔します。」
僕は、部屋に案内されると、キヨエさんに鳥かごを差し出す。
「ねえ。チコちゃん?見つけてくれたの?」 「ええ・・・。」 「ありがとうねえ。」
キヨエさんは、思わず涙をこぼす。
僕は、こんな嘘、許されるのかと思いながらも、キヨエさんにつられて、泣きそうになる。
キヨエさんが喜ぶのを確認した僕は、 「じゃあ、これで。」 と、腰を上げる。
娘さんが帰って来て、キヨエさんを怒る姿を見るのが何となく嫌だったのだ。
じゃあ、これで。
さようなら、キヨエさん。僕ができるのはここまでです。
--
キヨエさんと、僕の話はこれで終わり。だけど、もう少し続きがある。
あれから、二ヶ月ほど経って、僕は、キヨエさんの娘さんとバッタリ出会った。
「あら。いつかの・・・。」 「先日は、すみませんでした。キヨエさんを連れ回して。」 「あの時はごめんなさいね。本当は、文鳥なんていないのよ。」 「いない?」 「とっくに死んじゃったんですもの。ある日、かごの中で死んじゃってたの。だけど、母はそれをなかなか認められなくてね。」 「じゃあ、今は?」 「また、文鳥を探してるわ。」 「僕が渡したやつは?」 「渡したって?」 「あの後、僕、文鳥を持ってキヨエさんのところに行ったんですよ。」 「さあ。知らないわ。母の部屋には、空っぽの鳥かごがあっただけですもの。多分、逃がしちゃったんじゃないかしら。前にも似たようなことがあったの。」
どういうことだろう?
「母は、相変わらず、鳥を探してるわ。母のお友達も、根気強くそれに付き合ってくれてるの。」 「結局、僕がした事は無駄だったってわけか。」 「いいえ。少なくとも、母にとっては、とても大事な事だったの。いっしょに探してくれるって事がね。でも、あなたには悪い事したわね。小鳥、お幾らだったの?お金払うわ。」 「いえ。いいんです。」 「あなたには迷惑だったでしょうけど。母にとっては、鳥を探しながら、亡くなった父の事を思い出すのが大事な儀式なの。」
僕は、自分を恥じた。
ただ、同じ種類の鳥を買ってくれば、キヨエさんが喜ぶだろうと思った事。
あの日、確かにキヨエさんは、鳥を探しながら幸福そうだった。
「伝えておいてください。また、一緒に探しましょうって。」 僕は、別れ際、そう告げる。
キヨエさんの娘さんは、ありがとう、と、にっこり微笑む。
|