セクサロイドは眠らない

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2002年09月21日(土) 木の根元で眠る。犬になるのは、不思議な感じだ。敏感な鼻をさまざまな匂いが通過する。

犬の唸り声が聞こえて、目が覚める。

暗いので、自分がどこにいるかよく分からなかった。

「ここ、どこだい?」
私は、口に出して言ってみた。

唸り声が止み、
「おとうさん?」
と、声がした。

「いや。私には息子はいないが。」
「そうか。お父さんかと思った。」

少しガッカリしたように、その若い犬はつぶやいた。

「きみ、お父さんいないのかい?」
「ええ。生まれた時から。」
「私を、父親だと?」
「そうです。母に聞いていた、父の特徴に似ていたもんですから。」
「そうか。残念だったな。私は、今日、犬になったばかりだし。」
「望んで?」
「ああ。多分。」

私は、ゆっくりと立ち上がる。関節が痛むのも、目が見えにくいのも、全部、人間の時と変わらなかった。私は、随分と年老いてから犬になることを望んだ。死ぬ前に一度。どうしても果たしたい希望があったから。

「お父さんって呼んでいいですか?」
その若い犬は、聞いて来た。

「ああ。いいよ。果たして、私のようなものがいい父親になれるかどうか、分からんが。」
「とても思慮深くて、聡明な方に見えます。」
「見えるだけだろう。」
「それから、なんというか。とても悲しい事を耐えて来たような目をしていますね。」
「これぐらいの歳になるとね。悲しい事ばかりだ。」

私は、まだ慣れていない足取りで、その若い犬のほうに行く。

「きみ、飼い犬じゃないんだね。」
私は問う。

「ええ。ちょっと前に綱を切って逃げて来たんです。」
「どうしてまた?」
「飼い主と折り合いが良くなくて。」
「そうか。」
「どちらへ?」
「ああ。探し物の旅だ。」
「一緒に行っては駄目ですか?」
「一緒に?」
「ええ。お願いです。父さん。」
「それは勝手だが。」
「恩に着ます。」
「夜が明けるまで、一眠りしよう。」
「ええ。」

私と、若い犬は、その木の根元で眠る。犬になるのは、不思議な感じだ。敏感な鼻をさまざまな匂いが通過する。そうだ。この鼻が欲しかったのだ。目は薄くても、鼻が効く。

夜が明けて、私と若者は、出発する。

「ちょっと待ってください。朝ご飯を食べて行きましょう。」
「朝飯?」
「ええ。」

小学生が学校に行く時間。若い犬は、公園のベンチの陰で座る。

しばらくすると、男の子が一人、僕らの方に向かってやってくる。

「あ。もう一匹増えたんだね。きみの家族?」
そう言いながら男の子は、ランドセルからパンの切れ端と、鶏の唐揚げの入ったビニール袋を取り出して、中身を僕らの前に置く。

「仲良く分けてね。」
そう言って、男の子は、走り去る。

「さあ。どうぞ。」
「私は肉はいいよ。歯が悪い。」
そう言って、パンを少し口に含む。

腹ごしらえが終わると、私達は先に進む。

若い犬は、「どこへ行くんですか?」とも訊かず。私も、何も言わない。

「お父さんは、どんな犬だったのかね?」
「母から聞くところによると、とても勇敢な犬だったそうです。」
「そうか。」
「正義感が強くて。弱い者にもやさしくて。」
「私には、きみのお父さんは務まりそうにないな。」
「良く分からないけど、あなたは立派な犬に見えます。」
「ひどいもんだよ。私は。きっと、お前もそのうち軽蔑するだろう。」
「そんなことを言わないで。父さん。」

父さん。父さん。

私にそんな風に呼ばれる資格はあるだろうか?

だが、無条件に信じてついてくる若い犬にそう呼ばれて、私は、かつてこんな風に慕ってくれる息子がいれば、人生の終焉は全然違ったものになっていただろうにと思う。

「もうすぐだ。」

だが、私は、そこでくじけそうになる。大きな川があり、その向こうに森が見える。

だが、私は、川に渡された端の前で足がすくむ。

若い犬なら平気で行くだろう、その一メートルほどの幅の橋を前に、怖くて一歩も踏み出せない。

「父さん?」
「ああ。すまん。目があまり見えないのでね。」
「父さん大丈夫です。僕の尻尾を咥えて。」
「しかし・・・。」
「大丈夫だから。ここまで来たじゃないですか。欲しい物は、この先にあるんでしょう?」
「ああ・・・。そうだ。」

私は、若い犬の言う通り、彼の尻尾を口に咥え、ソロリソロリと橋を渡った。

時間を掛けて渡り終えた時、私は、「ほうっ。」と溜め息をつく。本当は、先ほど橋を理由に引き返したくなったのかもしれない、と思う。今ここで引き返して若い犬に父さんと慕われて、残りわずかな時間を過ごす。一瞬そんなことを夢見た。だが、若い犬のお陰でここまで来ることができた。

「もう、いいよ。」
私は、言う。

「駄目です。一緒にいさせてください。」
「もういいんだ。きみは。」
「父さん。」
「もう一回呼んでおくれ。」
「父さん。馬鹿みたいだと思うかもしれないけど、父さんに会えて良かった。ずっと家族が欲しかったんです。」
「家族・・・。」
「お願いです。父さん。」
「頼みがあるんだ。」
「なんですか?」
「全てが終わったら、私を殺して欲しい。そのために、私はここに来た。」
「嫌だ。」
「じゃあ、ここ引き返してくれ。」

押し問答の末、私達は、悲しみにくれてその先に進む。

落ち葉が深く降り積もった、薄暗い場所で、私は落ち葉を掻き分け鼻を頼りに「それ」を探す。

そうして、その場所を、探し当てる。

ああ・・・。

私は、落ち葉を掻き、その下の土を掻く。

白い骨が出て来た。

「私の妻だよ。」
と、若い犬に向かって言う。

「息子が、生まれてすぐ死んだ頃だ。私はいつまでもめそめそしている妻を責め、出て行こうとした彼女を殺したんだ。」
「・・・。」
「最後に、償いがしたくてな。こうやって探しに来たってわけだ。」
「・・・。」
「なあ。言っただろう?お前はきっと、私を軽蔑するだろうって。」
「しません。」
「どうして?」
「あなたは、こうやって戻って来たから。愛してたんですね。」
「ああ。愛していた。どこにもやりたくなかった。さあ。私を殺してくれ。妻と一緒にここに眠るよ。」

若い犬は、とても悲しそうな顔をして。

私は目を閉じる。

喉に歯が立つのを感じる。

すまない。こんなことをさせてしまって。ごめんよ。

--

朝のニュースで、森で発見された白骨死体と、その傍に倒れていた男性の死体。そうして、餓死したらしい犬の話題が流れていた。

「僕の犬かも。」
男の子が叫ぶ。

男の子の母親は、言う。
「うちに犬なんていないじゃない。そんなことよりご飯、早く食べてしまいなさい。」

最後に見た時、僕の犬は、他の犬と一緒だったから、寂しそうじゃなかった。男の子はそんな事を思い出す。


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