セクサロイドは眠らない

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2002年09月20日(金) 望み通り、隣家には、男と、女。だが、女は不自然に年上で、私はその生々しさから目をそらしたくて。

隣の家は、長く誰もいなかったので随分荒れていた。

今日も、自分の庭の花に水をやりながら、その家の持つ不気味な静けさを感じる。

「あの。駅前の不動産屋に聞いて来たのですが。借り主を探しているのは、この家ですか?」
突然、そう言って隣の家を指差しながら話し掛けて来た男性の背後には、青ざめた顔の奥さんらしき人と、彼女をかばうように立つ中年の女性。

「そうですけど・・・。」
行かないほうが、と言いたかったが、そんなわけにもいかなかった。

なにより、奥さんらしき女性は、お腹を抱えて苦しそうだ。

「妻の具合が悪くて。もうすぐ子供が生まれるんです。」
男性は、手短に説明すると、中年女性を促し、妻を抱きかかえるようにして隣の家の庭に入って行った。

「お隣・・・。」
私は、何も考えまいと頭を振る。

心なしか、隣の家の庭の草木は、元気を取り戻し、青さが増したように見えた。

--

次の日。

庭で花に水をやっている私に、昨日の男性が話し掛けて来た。
「昨日は失礼しました。あらためて、ご挨拶します。隣に住む事になったクボタです。」
「奥さん、どうです?」
「まだ、あまり良くないんですよ。医者を呼ぼうにも、電話も引いてないし。」
「もう一人の女性の方は?」
「ああ。あれは家政婦です。妻の実家は裕福でね。妻が嫁ぐ前から、妻に仕えていた者なんですよ。」
「そうですか。」
「それにしても。いや。格安で借りることができて、本当にラッキーでした。庭も素晴らしいし。」

庭の花は、昨日に比べると、確実に活気付き、花が咲き始めている。

「では、妻をあまり長く一人にしておけませんので。」
と、男は言い、家に入って行く。

--

前住んでいた夫婦は、老衰のため、ほとんど同時に息を引き取ったらしい。手を繋いで。長い長い間、その家に縛り付けられて、とうとう、外に出る事ができなかった。

本当のところは、分からない。私が今の家に越して来たのは、亡くなった父が残してくれたから。父は、私に言ったのだ。隣の家に関わるな、と。嘘か本当か、大昔、金持ちの情婦が、主人の気持ちを繋ぎとめるために心中を図ったとか。そんな陰惨な事件を教えてもらった。

私は、そんな血なまぐさい家の隣家に住んでいながら、引っ越す気にはなれなかった。人が住んでいる時の隣家は、花が咲き乱れ、家の壁のパステルカラーが愛らしく、見ていて幸福な気持ちになるから。

「そんなだから、いつまでも結婚ができないのよ。」
もう、とっくに嫁いだ姉は、笑う。

「いいのよ。」
と、私は、答える。

--

まだ、唇が青ざめて、大きなお腹を抱えてゆっくり歩くのがやっとのクボタさんの奥さんが、ご主人に支えられて庭に出て来た時の、愛に溢れる姿といったら!

具合が悪いせいで、声に力がないのだろう。ささやくように話す奥さんの口元に耳を寄せてやさしくうなずくクボタさんは、本当に幸福そうで。

ラバーズ・ハウス。

そんな風に、私は、その家を呼んでいた。

その家では、カップルが愛し合い、その愛を養分に、家が鼓動するのだ。

--

夜中、大きな声がした、と思った。

バタバタと音がして。それから、弱い猫の鳴き声が?

私は、うつらうつらと眠る合間に、いろいろな声や物音を聞いた。

「おはようございます。」
今朝も、庭越しに、クボタさんに挨拶をする。

クボタさんは、青ざめた顔で、
「妻が、昨夜・・・。」
と、だけ。

私は、言葉を失い、クボタさんの顔を見つめる。

「子供は、未熟児でしたが、何とか助かりました。」
「そう・・・。」
「お手伝いに行きましょうか?」
「大丈夫です。家政婦がやってくれています。」

クボタさんは、ふらふらと、家に戻って行った。

--

その家に住みついたら、そこからもう、出られない。

必要なものは、全て宅配で注文するようになる。

しばらくの間静まっていた隣家は、次第に活気を取り戻す。

隣の家から人が出てくる。クボタさんと、赤ちゃんを抱いた家政婦。家政婦の女は、びっくりするほど満面の笑みをたたえて、赤ちゃんをあやし、その腰にクボタさんの腕が回されている。

「こんにちは。」
声を掛けてみる。

「やあ。こんにちは。」
クボタさんは、なぜか幸福そうだ。

「赤ちゃん、どうですか?」
「ええ。何とか。彼女が面倒を見てくれてますから。」
と、顎をしゃくって、家政婦のほうを示す。

その家には、新しい一対の愛が生まれていた。

私は、
「良かったですね。」
とだけ言って、その場を離れる。

--

赤ちゃんは、だが、長くはもたなかった。

クボタさんは、さすがに元気がない。

私は、ただ、無言でうなずく。クボタさんの瞳は、何かを言いたそうにこちらを見ていた。

ええ。分かってる。

「でも、妻が支えてくれていますから。」
とだけ言って、後を振り返る。

家政婦、いや、新しい奥さんが、私とクボタさんが話をしているのを、家の窓からじっと見ていた。

最初から、決まっていたのだ。この家は、たくさんの人間を必要としない。一組の男と女が愛し合う事だけが、この家の望みなのだ。

--

家の望み通り、隣家には、男と、女。だが、女は不自然に年上で、私はその生々しさから目をそらしたくて、クボタさんが奥さんと庭に出ている時は、あまり庭に出ないようにしていた。

それでも、隣だから、声は聞こえてくる。

女の不自然に華やいだ声に、クボタさんはやさしく応える。知らない人が見ても、そこには揺るぎない愛があると思うだろう。

だが、クボタさんの瞳は、いつも寂しそうだった。

亡くなった奥さんと赤ちゃんの影を探しているように、虚ろだった。

私は、いつしか、そんなクボタさんを愛するようになっていた。クボタさんのほうは、どうだろう?だが、唯一、家の秘密を知っている私に興味を持ち、信頼してくれていたとは思う。

ラバーズ・ハウス。その家にとって、私は脅威となった。愛を脅かす存在。生垣は、棘を持ち、私を寄せ付けないように、張り出して来た。

私は、クボタさんを助けたい、と思うようになった。

--

その家の門は、外来者からの訪問を受け付けない。私は、クボタさんが庭に出ているのを見計らって、大声で呼び掛ける。

クボタさんは、何事かというようにこちらを見る。
「ねえ。ここから出ましょう。」

それは、無理だ、というように、クボタさんは首を振る。

「どうして?」
「妻を一人にはできない。」
「なぜ?」
「愛しているから。」
「それが、あなたの本心?」

さあ。わからないよ。

クボタさんの目はそう言っていた。

「ここで静かに暮らす事だけが、僕の望みだ。」
瞳と裏腹に、クボタさんの言葉は私を拒絶した。

「あなた達、何を話してるの?」
そこには、恐ろしい形相の、かつて家政婦だった女がいた。

「何って。クボタさんをここから出してあげようと思って。」
「どういうこと?」
女は、ほとんど叫ぶように、言う。

「ねえ。ひがんでるのね?そうでしょう?私達が愛し合っているから。あなたは、それに引き換え、一人ぼっちだから。」
女は、笑う。

私は、その時、棘に皮膚が引き裂かれるのを感じながらも、生垣を乗り越え、隣の家の庭に飛び込む。

さあ。これで、どう?ここには、一人の男と、二人の女。入ってしまえば、家がどちらかを選ぶ。

中年女が掴みかかって来た。

私がよけた拍子に、女は転倒した。

一瞬の事だった。そこにあった石に頭を激しくぶつけて、女は、死んでしまった。

私とクボタさんは、顔を見合わせ、それから、手を伸ばし、お互いを引き寄せた。

「ああ。僕の愛しい・・・。」
「ねえ。ぐずぐずしている暇はないわ。」

私は、クボタさんを突き飛ばし、家に、庭に、ガソリンをまいて、火をつける。

部屋に火が回るまでの間、私達は、束の間抱き合い、唇を重ねる。
「急がないと。私達の愛も、この家に食べられてしまう。」
「分かった。」
「さあ。逃げて。」
「きみは?」
「私は、どこにもいかない。この家に残るわ。」
「どうして?」

最後に、クボタさんは、私をかたく抱き締めて。

「お願い。行って。」
私は、叫ぶ。

クボタさんは、火が吹き出して来たのに驚いて、反射的に家のドアに向かう。

「さようなら。」
声は、炎にかき消される。

ねえ。ずっと、憧れていたの。この家に。ラバーズ・ハウス。欲しかった、完璧な愛。私、家に抱かれて眠るわ。


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