セクサロイドは眠らない

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2002年09月15日(日) そうだ。頬はバラ色に。唇は、鮮やかな赤。しゃべると、そこから花が零れ落ちて来るような。

「M企画」とだけ記されている、そのマンションのドアの前で、僕はさっきからうろうろしている。最近仕事に行き詰まっている僕を心配する友人から耳打ちされたその場所は、ただ、そっけなく、そこにあった。

そうしているうちに、非常階段のほうから足音が聞こえて来たので、僕は、慌ててドアを開け、中に飛び込む。

それから、目の前に置かれたベルを鳴らす。

女性が出て来た。ひどく痩せていたし、髪の毛も自分で切ったかのように不揃いなショートカットでそれだけ見ると痛々しいほどだったが、彼女の笑顔とハスキーな声が、それを打ち消す。

「いらっしゃい。・・・さんから紹介のあった?」
「はい。」
「本当の名前でなくていいから、お名前、書いてくださる?名前なんていうのは、ただの記号だから何でもいいんだけど、呼び名がないと困るでしょう?」

言われて、僕は、柏木健二、と、本当の名前を書く。

「柏木さん、ね。いいわ。じゃ、リラックスするまで、少しおしゃべりしましょうか。」

僕は、その時には、もうすっかり目の前の女性に好感を持っていたので、
「すぐ始めてくださっていいですよ。」
と言ったが、
「私のためにも時間をちょうだい。イメージが湧くのを待ちたいの。」
と、笑って、それから紅茶を出してくれる。

「あなたも、何か訊きたい事があったら、訊いてちょうだいね。」
「ええ。いろいろ訊いてみたいんだけど、何から言えばいいのか。こういうの初めてなもので。」
「最初は、みんな初めてよ。」
「こういう仕事が存在している事すら知りませんでした。」
「私も。」
と、言ったところで、彼女は、ふふ、と笑う。

「何となくね。私が友達を撮った写真を見た人が、他の人を紹介してくれて。それからは、口コミでちょっとずつ。だから、変なお客さんはいないの。みんな、いい人だったのね。で、いつの間にか続いて。今じゃ、そうね。月に15人位かしら。それだけで、充分食べていけるから。」
「写真が好きなんですね。」
「ええ。本当は、カメラマンになろうと思ってたのよ。だけど、この仕事やって気付いたの。私って、人としゃべる事や、その人の持つ素顔を引き出すのが、もしかして好きなのかなって。」
「素顔・・・。」
「あはは。そうね。ちょっと変だけど。たとえば、お化粧で自信が付いた人が、初めて見せてくれた笑顔は、その人の素顔じゃないかなって。」
「なるほど。」
「やだ。私ったら、自分の事ばっかり。」
「いえ。面白いです。あなたに、是非、撮ってもらいたくなる。」
「いいわ。そういう気持ちになってくれる事がすごく大事なの。」

彼女は、立って、幾つかアルバムを抱えてくると、
「そろそろ始めましょうか。」
と、言う。

--

そこに並んだ写真の中から、衣装や、メイクのパターンを選ぶ。

僕は、そういうのに詳しくないからよく分からないが、昔、映画で観たマリーアントワネットが着ていたようなドレスを選ぶ。

メイクは・・・。そうだな。宝塚みたいなのじゃなくて、もっとナチュラルな感じで。

僕があれこれと思いついたように言うのを、うんうんとうなずきながら。

「いいわ。そういうの好きな人、すごく多いのよ。」
などという言葉に勇気付けられて、僕は、長い時間かかって、オプションを決定していく。

「うん。大体分かった。じゃあ、まずは顔から作って行きましょう。」

彼女は、いろいろな瓶やら化粧の道具のようなものを並べて、まずは、僕の顔の毛穴をきれいに塗り込めて行くところから始める。僕の顔の上を、彼女の繊細で誠実な指が動いて行く。それはとても気持ち良かった。僕は、ただ、彼女を信頼し、そこに座ってその心地良さを堪能しているだけで良かった。

次第に、鏡の中に僕以外の顔。ごつごつした男性的なラインは消え、柔らかい頬の線が浮かび上がって来る。

「魔法みたいだな。」
僕は、感心してつぶやく。

「いいわ。完成。」
最後、ドレスを着終えた時には、僕は、しぐさまでがどことなく女性らしくなっているように思えた。

「疲れた?」
「いや。なんていうか。気分がいい。」

彼女は、吸飲みで僕の口に水を含ませてくれて。
「じゃあ、このまま撮影、大丈夫ね?」

僕は、うなずく。

撮影スタジオに移った僕は、そこから先も彼女の指示通りにポーズを決めて行く。

「そう。すごくいい。可愛いわ。」
彼女がそう言ってくれると、僕は、本当に可憐な女性になった気分に浸るのだった。

何時間かかったろう。

気付くと、彼女が、
「おつかれさま。」
と、微笑んで、ミネラルウォーターを渡してくれた。

僕は、喉が乾いていることに初めて気付き、それをごくごくと飲み干す。興奮と、スタジオ内の乾燥。それに、思ったより衣装は重く、汗をかいたのだ。

興奮した僕の気持ちを静めるように、彼女の指が、僕の顔のメイクを丁寧に落として行く。

「シャワー、浴びてらっしゃいな。気分を高めるために香料使ってるから、良く流しておいたほうがいいわ。」
「ああ。」

まだ、夢さめやらぬ気分で、僕は、シャワールームに行く。それから、熱い湯で、意識をはっきりさせる。

--

「どうだった?」
ソファでくつろぐ僕に、彼女が訊ねる。

「楽しかったです。」
「写真は、二週間後。取りに来るでしょう?」
「ええ。」
「メールアドレスを教えてくれたら、デジタル画像も送るけど。」
「お願いします。」

僕は、普段プライベートで使っているメールアドレスを書いて、彼女に渡す。

「あの。予約はどうしたら?」
「そうね。来月以降で都合のいい日、教えてくれる?私、あんまりたくさんお客取りたくないのよね。ほら。結構疲れるし。」

それから、現金で言われた額を払い、もう、夕闇の色が濃い街の中に出る。

帰宅すると、娘が
「わーい。パパ、早いね。」
と、出迎えてくれる。

僕が、娘を抱き上げると、娘は変な顔をして僕を見る。

「ん?どうした?」
「パパ、いっつもみたいに臭くなーい。」
「そうか?」

僕は、どきっとして、娘をおろす。

「まだ、お食事の用意できてないわ。あなた、今日は随分早いんですもの。」

そういう妻に向かって、
「先に風呂入るから。」
と、僕は言う。

--

僕は、アルバムを1ページずつめくりながら、ふと、その写真に目を留める。唯一、二人で写っている写真。美しい男性と、ふっくらと愛らしい女性。

「きみの事、聞かせてくれないかな。」
「私の?」
「何歳で。恋人はいるのか、いないのか。とか。」
「なんでそんなことを?」
「さあ。気になるんだ。」
「恋人は、いない。」
「今までも?」
「前はいたわ。私がこんな写真を撮るきっかけになった人。だけど、皮肉ね。私の撮った写真を見て、彼、何かに目覚めちゃったみたいで。私を置いて、行っちゃったわ。遠くにね。どこか知らない、遠く。」
「可哀想に。」
「いいの。私も、知ったから。私の写真は、その人さえ気付かない何かを引き出してしまうって事が。」
「頼みがあるんだ。」
「なあに?」
「きみにも、写真に入って欲しい。」
「駄目よ。そういうオプションは、なし。」
「金なら、払う。」
「駄目。そういうのはお断りしてるのよ。」
「頼む。」

僕の目をじっと見て。

彼女は、いいわ、とうなずく。

「一回だけよ。」
「ああ。」
「衣装、僕に選ばせてくれるかな?」
「お願い。」
「メイクは、少し大胆に。きみは、唇がきれいだ。だから、そこを活かすようなメイクを。」
「ええ。」

僕は、先ほどみた写真の男女の衣装を選ぶ。彼女は、それを見たが何も言わなかった。それから、鏡に向かって、自分の顔にメイクアップを施す。そうだ。頬はバラ色に。唇は、鮮やかな赤。しゃべると、そこから花が零れ落ちて来るような。

それから、僕らは、二人して写り、お互いを写し合い、気付くとすっかり遅い時間になっていた。

「私ったら、すっかり調子に乗って。」
とまどう彼女に、
「そのままで。」
と、僕は、言い、衣装から大胆に出ている汗ばむ背中に口づける。

「そういうの、やめて。」
「どうして?」
「やめたのよ。誰かに愛される事を期待するのは。もう、随分昔に。」

僕は、構わず、唇を滑らせ、彼女のドレスを脱がす。

「お願い。こんな体、見ないで。」
「どうして?きれいなのに。」

僕は、恥らう彼女を抱き、彼女も次第に僕の指に応える。

それから、僕らは素顔になって。何度も何度も抱き合う。

「ずっと見たかったんだよ。きみの素顔が。」
僕は、彼女を抱き締めたまま、そうつぶやく。

--

夜、彼女の背中にそっと口づけると、僕は服を着て、外に出て、タクシーを捕まえる。

あの写真の女性は、確かに彼女だった。歳月が、彼女から女性としての喜びを忘れさせ、なかなか外せない仮面をかぶせた。

今日、僕は、彼女の仮面を外せたろうか?

--

しばらくして届いた、そのメールは、M企画の終わりを告げる簡単なものだった。

添付の写真には、一組の素顔の男女。あの日の、僕ら。二人共、素敵な顔をして笑っていた。

追伸にはこうあった。
「素顔の私に戻ります。」

僕は、そっとメールを閉じ削除ボタンを押すと、彼女の気持ち良い声と、指の動きを思い出す。違う衣装をまとってみなければ、気付かない素肌がある。それに一番気付きたがっていた彼女の笑顔を、心に刻む。


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