セクサロイドは眠らない
MAIL
My追加
All Rights Reserved
※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →
[エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう
俺はさ、男の子だから
愛人業
DiaryINDEX|past|will
2002年09月12日(木) |
女は、自分が笑わない理由を、僕に話し始める。女が笑わない理由なんてどうでも良かったが、僕は、まどろみながらそれを聞く。 |
「なんで?私のどこが不満なの?」 目の前の彼女は呼び出した店で、大声を出す。
それから、顔をくしゃくしゃにして、ポロポロと目から・・・。
ああ。やめてくれ。僕は、顔をそむける。
「なんだって言う通りにして来たじゃない。」
だが・・・。
「あなたの言う通りの服を着て。」
違うんだ。
「じゃ、なんで、付き合うなんて言ったのよ?」
それはきみが・・・。きみが望んだんだろう?
僕は、黙って伝票を掴んで立ち上がる。
「ちょっと待ってよ。」 彼女が僕の腕を掴む。
「こっちを向いてよ。私の顔が見られないの?」
そうだ。見たくもない。そんな醜い顔など。歪んで、目からも鼻からも液体が流れ出してる。そういうのは、嫌なんだよ。
僕は、とうとう彼女を振り切って、店を出る。
--
何度目かな。またうまくいかなかったよ。僕にはどうにも手に負えないみたいだ。
「どうしたの?ぼんやりして。」 そう言われて、僕は 「疲れたよ。」 と、つぶやく。
「あなた、いつも疲れてるのね。」 女は無愛想に、言う。
「今日も、何もしないで、おしゃべりだけなのね。」 「ああ。」 「あなた、変わってるわ。」 「そうかな。」 「私のどこが気に入ってるの?」 「母と似てるところ。」 「あら。どんな方?顔が似てるの?私と?」 「さあ。良く見たら、全然似てないかもしれない。だけど、どこかが似てるんだ。」 「お母様、私に似てるなんて言われたら嫌かもよ。だって・・・。」
それから、女は、自分が笑わない理由を、僕に話し始める。女が笑わない理由なんてどうでも良かったが、僕は、まどろみながらそれを聞く。
あのね。私、昔は本当に無細工な子供だったの。誰からも相手されないで。親でさえ、顔をそむけたわ。同級生も、誰も友達になってくれなかった。大きくなってからも、恋人なんてできやしなかった。いろいろとからかわれてねえ。就職も、多分、顔のせいだわ。幾つも落とされて。だから、決心したの。ようやく私を採用してくれた会社で、私は必死に働いて、お金を貯めてね。それで、整形しようってね。
「それが、その顔?」 「ええ。そうよ。」 「それが、どうして笑わない理由に?」 「何回も整形を繰り返すうちに、笑うと顔が不自然に引き攣れるようになっちゃったの。だから、笑わない。私の顔は、完全に作り物の仮面よ。皮膚の下の筋肉では自然に動かせなくなっちゃった。」 「そう・・・。」 「だから、笑わない。客には不評よ。だけど、たまに、ね。あなたみたいな男がいるの。笑わないところが魅力だって言う男がね。」 「そうだ。笑わないほうがいい。」
僕は、その、作り物の顔を撫でる。
僕には、目まぐるしく変化する顔より、こんな風に表情の抜け落ちた顔のほうが好ましく思われるのだ。
それから、目を閉じて、思い出す。遠い昔。
--
僕は、泣いていた。
祖母が部屋に入って来て、 「泣いていると、お父様に叱られますよ。」 と、冷たい声で言った。
僕は、かまわず、泣いていた。
「今日から、これがあなたの面倒を見ますから。」 祖母は、そう言い残して、僕の部屋を出て言った。
僕は、振り返った。
そこには、ロボットが。人間の女の形はしているけれど、顔に表情はなく、のっぺりとした人口皮膚が機械の体を覆っている。
そんなもの、要らないと思った。死んだ母親は戻って来ない。
そのまま僕は、亡くなった母のドレスを胸に抱いて眠っていた。
途端に、焼けつく痛みで目が覚める。 「お前は、いつまでこんなものを。」
父は、何度も何度も僕を殴る。それから、母のドレスをズタズタにして、部屋を出て行ってしまった。
僕は、痛む頬を押さえて、立ち上がる。目を上げると、ロボットが僕をじっと見て、最初の命令を待っていた。
「これを捨ててきておくれ。」 僕は、始めて、その表情のない顔に話し掛けた。
--
「お母様の話を聞かせてよ。」 「本当の母は、僕が四歳の頃に亡くなったから、よく覚えてないんだ。」 「あら。」 「新しい母は・・・。そう。きみにちょっと似ていた。」 「お母様の事、好きだった?」 「どうかな。分からない。何でも僕の言う事を聞いて。どうかな。そんなもんだと思ってた。その日からは、それが僕の母だったし。」
--
あの屋敷で、僕は、そのロボットとほとんど二人きりで過ごすうちに、笑ったり泣いたりすることを忘れて行ったのだ。
あの事件があるまでは。
僕は、もう、十六になっていた。相変わらず、屋敷にこもったままで、父が買ってくれた書物で勉強し、ロボットを話し相手に生きていた。
その女の子は、どこから入って来たのか。
僕を見て、 「ああ。良かった。このお屋敷、人がいないのかと思ったわ。」 と、顔を奇妙な形に歪めた。
「きみ、誰?」 「私?近くに越して来たの。一人じゃつまらないから、お友達を探してるの。」 「そうか。」 「あなたは?学校にも行かず、こんなところで?」 「ああ。僕は、父に言われた勉強だけしていればいいから。いずれは、父の会社を継ぐんだ。だから、要らない勉強はしなくていいって。」 「へえ。あんたのお父さん変わってるのね。」 「父は・・・。父は立派な人だ。」 「それで、お母さんも、何も言わないの?」 「母は、いつも僕の言うことを聞いてくれる。」
その時、女の子は、母を見た。正確には、ロボットを。それから、不思議そうにそれを触って、突然、ケタケタと声を立てて。
僕は、驚いた。
女の子の顔がさっきと同じように奇妙に歪み、壊れたような音を立て始めたから。
「これ、何?変なお人形ね。」 女の子は、尚も声を立てる。
つまりは、それが「笑う」という事だと気付いたのは、随分経ってからだったが。
僕は、急に不安を感じ、女の子に飛びかかって行って。よせよ、とか何とか言いながら、その口を塞ぐと、今度は、女の子はキーキーと騒いで、今度は目から水を流し始めて。
それからは良く覚えていない。
祖母の声がして。
使用人が僕を女の子から引き剥がしたんだと思う。
--
あの時、気付いたのだ。僕は、人が泣いたり笑ったりするのを見ると、妙な不安を覚える。
「どうしたの?」 女は、相変わらず、口だけ動かして、僕に話し掛ける。
「何でもない。昔の事を思い出してただけだよ。」
そう。僕は、あの後、母を殺した。なぜかは分からないが、女の子の言葉を思い出し、目の前のロボットにむしょうに腹が立ったのだ。
「僕は、母を殺したんだ。」 ふと、そんな風に言ってみた。
女は、何も言わなかった。その皮膚の下にどんな表情が隠れているのかも、分からなかった。
|