セクサロイドは眠らない

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2002年09月10日(火) それから、彼と二人で、まだ名前のない子猫に名前を考えた。さんざんもめた挙句、名前はセロリに決まった。

少し先の道端で、痩せ細った子猫がミィミィと鳴いている。

つい先日、ずっと飼っていた猫を亡くしたばかりの私は、思わず駆け寄ろうとして。

向かいから歩いて来ていたサラリーマン風の男性と顔を見合わせる事になる。相手は、思わず照れたように笑い、
「や。猫、好きなんで、つい。」
と、笑った。

つられて、
「私も、好きなんです。」
と、言う。

「いいんですよ。先にあなたが見つけたんですから。」
と、私が言うと、彼は、
「いや。僕んちは無理です。妻がアレルギー持ちで。」
と、言うから。

「私も、本当はアパートで飼っちゃいけないんですけど。でも、結構みんな飼ってるから。どうしようかなあ・・・。」
「うーん。猫好きとしては、是非、あなたみたいな人に拾って欲しいんですけど。」
「そうですか。じゃ、飼っちゃおう。」
私は、その、片手に納まりそうな子猫を胸に抱く。

「あの。良かったら、これ。僕の勤め先です。メールください。猫の餌代ぐらいは、僕もちょっとは負担しますから。」
「いいんです。実は、私も、飼ってた猫が・・・。」
「あのっ。変な意味じゃなく。本当に、僕も猫が好きで。」

なんだか、嬉しかった。初めて会ったその人は、とてもいい人に見えた。シンプルな結婚指輪が、彼を誠実に見せていた。

本当にいい人なんだな。

そういうのは見たら分かる。

「じゃ、猫、頼みましたよ。」
男性は、腕時計をチラと見ると、慌てて背中越しに手を振って、走り去った。

「あはは。面白い人だねえ。」
私は、猫に言う。

猫はしきりに私の手を齧っている。

--

それから数日して、入るはずのバイト代が入らなくて困ってしまい、考えた挙句、彼にメールをしてみる。

「先日、猫を拾ったミユキと言います。覚えていらっしゃいますか?」

返事はすぐ返って来た。

「覚えてますよ。あれから、猫、どうしてます?」

「とっても、元気。」

「見に行きたいなあ。なんて。あまり本気に取らないでくださいね。女性の部屋に行きたいなんて、僕も失礼なヤツだよなあ。」

「あ。いいですよ。来てください。良ければ今夜。場所は・・・。」

彼は、予想通り、猫缶を持って寄ると言う。私は、素直に餌代がないと言えば良かったかなあと思いつつ、猫の背中を撫でる。

彼は、両手一杯抱えた猫缶を置くと、
「これ、気に入るかなあ。猫ってさ。いろいろ好みがあるだろ?」
「大丈夫。この子、何でも食べるのよ。すごくいい子。」
「なら、良かった。」

それから、彼と二人で、まだ名前のない子猫に名前を考えた。さんざんもめた挙句、名前はセロリに決まった。

「名前、気に入ったかなあ?ママが考えたんですよう。」
「あ。ずるい。二人で考えたんだよ。僕がパパですよ。」
「で?なんでセロリなの?」
「妻が苦手で僕が大好きなもの。」
「あ。ひどい。奥さん、怒るよ。」

そんなことを言い合って、二人で笑った。セロリは、私達の顔を交互に見上げていた。

--

「お久しぶりです。」
大学時代のマンドリン部の先輩に誘われて、その家を訪れた時、私は、あっと息を飲む。マユミ先輩の横に立っていたのは、あの人。猫の人。

「主人のハラダよ。」
と、紹介するマユミ先輩の顔は、本当に幸福そうだった。

静かに微笑む先輩が、私は大好きだった。実は、今度、同じサークルだったRさんが結婚するから、結婚式に何か演奏したいの。そう持ち掛けられて、私は、それからしばしばマユミ先輩の家に遊びに行くようになった。

だけど。

どうしてかな。私は、彼と以前から知り合いだったこと、結局言えずじまいで。セロリの事は、マユミ先輩には内緒のまま、ハラダと猫を挟んでの逢瀬を続けた。

猫に会うために。猫を見せるために。

そう言い聞かせて、私達は、会い続ける。

だが、そうやって言い聞かせる言葉がもはや何の歯止めにもならないと気付いた時、私達は、抑えきれないほどの感情をぶつけ合って、抱き合った。

「駄目・・・。お願い・・・。」
私は、泣いていた。

「お願いだから、自分を責めないでくれ。今だけ。頼むから。」
ハラダは、そう言って、私をきつくきつく抱き締めた。

--

私は、ハラダに抱かれた後も、マユミ先輩の家に遊びに行った。子供がいないから、昼間は寂しくて。そう言って、私の職場の近くまで来たからとランチに誘い出してくれた時、そうつぶやいた。

「子供、欲しいですか?」
「そりゃ、もう。でもね。私、アレルギーがあるから。ステロイド剤が抜けるまでは待とうねって。主人と。」
その時、胸がチクリと。

「焦らなくても。」
「そうよね。主人もそう言うの。」
マユミ先輩は、微笑む。

それからしばらくしての事だった。

ハラダからの連絡が途絶えたのは。

何度、マユミ先輩に聞こうかと。それでも、それはできないと、受話器を置く。

もう、飽きたのかなあ。

セロリが、鳴く。

「待って、ね。」
私は、餌を皿に移す気力もなく、ただ、受話器を持って座り込む。

マユミ先輩から電話があって、
「今度の日曜、遊びに来ない?」
と、言われた。

「いいんですか?日曜は、ご主人もお疲れでしょうから、お邪魔しちゃ・・・。」
「いいのよ。彼、ね。入院してるの。」
「入院?」
「ただの検査入院よ。」
「どこか悪いんですか?」
「大した事ないの。血液の関係でね。」

私は、不安になり、どこの病院に?と、危うく訊くところだった。

「だから、ね。寂しいの。ね。来て。」
「はい。」

結局、私は、ハラダの情報が少しでも手に入れられたらと、そんな気持ちで、マユミ先輩が待つ家に向かう。

「明日、退院なのよ。」
そう笑う先輩に、私も、少し安堵してうなずく。

--

「入院してたんですって?」
ハラダが一ヶ月ぶりに訪れた時、私はさりげなく訊く。

「ああ。」
「どこか、悪いの?」
「いや。血液のね・・・。」
どことなく歯切れの悪い声でハラダが答えるから。

私はそれ以上訊くわけにもいかず、セロリの事に話題を移す。セロリがね。この前、川に落ちて。必死で猫掻きって言うのかしら?近所の男の子が、網で助けてくれたんだけどさあ。

そんな話をすると、ハラダの顔もほころんで。
「ほんと、俺達の子供みたいだよなあ。」
と、笑う。

いつか、あなたの子供を。

そんな夢、心の奥底に押し込んで、私も、一緒に笑う。

浮いたり沈んだり。小さなさざ波を抱えながら、私は、彼と、こうやって会えるだけで・・・。

--

夜中、電話が鳴る。

なに?

マユミ先輩だった。
「ごめんなさいね。こんな夜遅くに。今、病院からなの。あのね。ハラダが・・・。」
「どうしたんですか?」

やっぱり、悪い病気だったんですか?

「いえ。ごめんなさい。事故で。」
「先輩、落ち着いて。先輩。」

落ち着かないといけないのは、私のほうだった。

電話が切れた後、セロリを抱いて泣いた。
「パパがね・・・。パパが・・・。」

--

葬儀の席に、私はこっそりとセロリを連れて行った。

時折鳴く声がバスケットから漏れて。私は、つられて泣いた。

こんなことなら、あの人の子供が欲しかった。そんな事を思うのは、私が女だからだろうか。それでも、私と彼の間には、この子が。セロリが。でも、マユミ先輩には何もない。一緒に名付けた、子猫すら。馬鹿げた優越感で、ようやく自分を慰める。

火葬場で、マユミ先輩がつぶやく。
「彼ね。入院してたでしょう?」
「ええ。」
「あれ、ね。血液の検査っていうの、嘘なの。」
「え・・・?」
「子供がね。できないから。それで、彼、子供が欲しくて。自分から検査受けるって言って。」
「・・・。」
「結果はね。彼の問題じゃなかったみたい。精子の数も正常だって。だから、これから子供、頑張ろうなって言ってた矢先だったのに・・・。」

泣きじゃくる先輩を前に、私はポトリと手にしたバスケットを落とす。

中から、ニャーニャーと、また、鳴き声が。私は、それを拾おうとしてしゃがんだまま、立ち上がれない。

「ミユキちゃん・・・?大丈夫?」
マユミ先輩の気遣うような声に、余計涙が溢れる。


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