セクサロイドは眠らない

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2002年09月09日(月) 何より興奮するのは、その手首の切り口で。赤い肉の間から、骨がにょっきりと飛び出している。

その店で、僕は面接を受けていた。どうしても働かなくてはいけなくて、どんな仕事でもするからと頼み込むために入ったその店で、思わぬ美しい店のママにドギマギしてしまい、僕はこの店でならただ働きでもいいや、と、思わず、そんな事を口走っていた。

ママは、その美しい切れ長の目をこちらに向けて、
「馬鹿ねえ。お金が要らないなんて、そんな風に自分の労働を安く売る人に限って、ろくな仕事をしないんだから、そんなことを言うのはおよしなさいよ。」
と、僕を叱責した。

僕は、もうこれで、ここに勤めることは成らないかと思い、ひどく失望して、あわや、椅子を立ちかけた。

「ねえ。一つお願いがあるの。もし、引き受けてくれたなら、来週からお店に来てもいいわ。」
と、ママは言った。

「なんでしょう?」
僕は、腰を落ち着けるつもりで座り直し、問うた。

「あのね。預かって欲しいの。これを。」
と、小さな小箱を取り出した。

その、突き出したママの手は、手首から先が包帯でぐるぐる巻きになっていて、僕は、先ほどからこの手のせいで余計にドキドキしていたのだと気付く。

「これ、なんですか?」
その小箱は、大人の男の弁当箱ぐらいで、受け取ると思っていたよりも手にずしりと重かった。詰め物でもしてあるのか、振っても音はしなかった。

「何でもいいでしょう?」
と、彼女は一度はそう言ったけれど、僕の不安気な顔を見て、
「教えてあげましょうか?」
と、言い直した。

「ええ。そうしたら、取り扱いなんかにも気を付けることができますし。」
「あのね。それは、私の手よ。」
「手?」
「ええ。」
そう言いながら、彼女は包帯を巻いた手を、僕に差し出して見せた。

わけが分からなかったが、そう言われたらそれぐらいの大きさだった。

「なんで、これを僕が預かるんです?」
「男が取りに来るからよ。私の手を、ね。」
「なんでまた?」
「さあ。ちょっと異常なの。その男、ね。倒錯っていうのかしら。普通の体じゃ、欲情しないのよ。詳しい事は今は言えないけどね。でね。お友達に頼んで、私の手を保存する容器を作ってもらったの。」

ママは、ふふっと笑って。
「ね。絶対、開けちゃ駄目よ。開けたら、私の手、組織が駄目になってくっつかなくなるから。」
と、声を潜めて言うのだった。

「分かりました。」
僕は、ただ、ママの要望とあらば何だって聞きたい気分になっていた。

「で、その手は、なんです?義手?」
「ええ。まあ、ね。ダミーよ。」
「それでも取りに来たら?」
「大丈夫よ。あいつは馬鹿だから、偽物とは気付かずに持って帰っちゃうわ。それで、怒り狂うに違いないの。」

そう言って笑うママの顔は、言っている事の内容とは裏腹に、冷静だった。

「とにかく、預かります。」
「ええ。お願いね。何かあったら、ここに電話して。」
「はい。」

僕は、名刺を受け取ると、その小箱を高級菓子屋の紙袋に入れて、持って帰った。

変な女だ。

僕は、部屋で小箱を前に、そうつぶやいた。

それから、ママが煙草を吸う仕草を思い出す。包帯を巻いてないほうの手の、細くて白い指の爪先に塗られたマニキュアが美しく踊って、僕はそれにじっと見惚れていたのだった。

なるほど。あの手なら、僕だって自分の物にしたくなるかもしれない。

そんなことを思った。

--

僕は、部屋で、ただじっと小箱を見つめて座っていた。何となく、目を離した隙に失くなってしまうのじゃないかと不安で、そばを離れることができなかった。

だが、ただ時間が経過するだけで、何も起こらない。

10分・・・。20分・・・。1時間。2時間。

それから、僕は腹が減ったので、小箱を紙袋に入れると、手に下げてコンビニまで行き、弁当とお茶を買った。その間も、なぜか僕は異様に興奮していた。誰も知らないが、今、僕は、女の手を。真っ白で美しい手を。

それから、部屋に戻り、僕は、小箱をまたテーブルの上に置くと、それを眺めつつ、弁当を食べた。

それから、激しい衝動が起こった。箱を開けたいという衝動。

それは何気ない小さな疑問からだった。あの女、結婚してるんだろうか。そんな疑問が、急に湧いて。今、預かっているのは左手だ。もしかしたら、この箱の中の手は、指輪をしているだろうか。

箱には、鍵はどこにも無さそうで、簡単に開けられそうだった。

気にし始めたら、気になるもので。僕は、箱を撫でさすり、何度か蓋を開けようと、手を掛けて。いやいや。僕は、試されているのだ。今、僕が箱を開けたりしたら、職と、彼女の信頼と、彼女の手そのものを全て駄目にしてしまうのだ。

僕は、気分転換に、シャワーを浴びる。

それから、部屋に戻ると、やっぱりその箱は、誰かが手を掛けるのを待っているかのようにそこにあった。僕は、いつもならビールを飲むところを、ぐっと我慢した。酔ったら、それこそ自制心を無くしてしまいそうだったから。

夜になり、僕は布団に入り、傍らに寄り添うように、小箱を置いた。

とても眠れそうになかった。

だが、いつしか、眠っていたのだろう。

夢を見た。

手首が、箱から出て来て、その美しい指で僕を愛撫する夢。何より興奮するのは、その手首の切り口で。赤い肉の間から、骨がにょっきりと飛び出している。

手は、まったくもって男の体を良く知っていた。僕は、手に導かれ、呻き声を上げ、その繊細な動きを拒もうとするが、拒めない。僕はうめく。

二度と持ち主の体に戻ることのない手。そう思うと、余計に興奮する。

僕は、この手を持って、どこに行こう。

目が覚めると、汗びっしょりだった。箱は相変わらず僕の傍らにあって、重さを確かめるが相変わらずだ。大丈夫だ。

夢か・・・。

僕は、安堵して、そのまま夜明けを迎える。

--

言われた通り、昼過ぎに店に行く。

ママが一人で待っていた。相変わらず、僕は、その包帯の巻かれた手が気になってしょうがない。

「開けなかったでしょうね。」
「はい。」
「じゃ、そこに置いて。今日はもう、帰っていいわ。」
「あの・・・。」
「仕事は、来週からお願いするわ。今日と同じ時間に来てちょうだい。最初は店の掃除からだけど。」
「はい。」

僕は、寝不足のせいか、足元をふらつかせながら立ち上がる。

「ありがとね。助かったわ。」
ママの声が背後から聞こえる。

店の入り口で、入れ替わりに体格のいい男が店の中に入ろうとするのとすれ違った。

僕は、ちょっとした好奇心から、近くの電信柱の陰に隠れて、その男が出て来るのを待った。

随分と長い時間が経ち、男は出て来た。

やっぱり。

手には、例の小箱が入っている筈の紙袋。後から出て来た店のママは、男の背後にしがみつくようにして、何やら言っているが、男はそれを振り切って言ってしまう。

心臓がドキドキしていた。

彼女の左手は、持って行かれてしまったのだろうか。

--

翌週、僕は、その店に行くと、相変わらずママが一人で出迎えてくれた。

左手を確かめると、もう、包帯はなく、普通に手がある。

「ああ。これ?」
ママは、笑って。

「あの箱の中身、まさか本当に私の手だって思ったんじゃないでしょうね。ちょっと遊んだだけよ。あの箱の中身は、預かり物よ。帰る時、入り口で会ったでしょう?あの男の。たまには、こんなおふざけでもしないと、やってらんないもの。」

ああ・・・。そうだよな。手のわけがない。

じゃ、あの箱の中身はおおむね、拳銃か何かだったのだろうか。

ママは、あはは、と、尚も笑っている。

なんで簡単に信じたんだろうな。僕もつられて、苦笑いする。

包帯のないママは、僕が記憶していたほどには美人じゃないなと、ぼんやり考えながら、手渡された掃除道具で店の掃除を始める。


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