セクサロイドは眠らない
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2002年09月08日(日) |
「ねえ。抱いて。」リョウは首を振る。「抱きたくない。」「なぜ?」「きみが、僕を試そうとしてるのが分かるから。」 |
その生まれたばかりの悪魔は、草むらで少女に見つかってしまった。
「あら。あんた、何?」 「俺か。俺は、あんたを食うために。」
次の瞬間、少女の魂は悪魔に食べられてしまい、悪魔は少女の体に納まった。
それは、あっという間のことだったから。
あ。
と、驚いた少女の表情のまま魂は入れ替わり、背後から声がする。 「ボール、あった?」
少女と同じぐらいの年齢の少年の声だった。
「ないよ。」 悪魔は答えた。
「そんな筈ないよ。」 と言って、少年はやってきて、少女の背後から手を伸ばすと、少女の手元にあったボールを拾い上げる。
「な?」 少年は笑ってみせる。
「あ・・・。」 悪魔は、しまった、ボールぐらいどうして見つけられなかったのだろうと、なんだか恥かしくなってしまった。
「どうしたの?行こうよ。」 少年が悪魔の手を引っ張る。
--
その少女は、病的な嘘つきだった。次から次へと嘘をつくから、両親ですら、少女を愛そうとしなかった。担任の教師や同級生からも嫌われていた。だが、とても美しい顔をしていたので、少女は守られていた。美し過ぎて、誰も手だし出来なかったのだ。
唯一、少女の友達だったのは、隣の家のリョウという同い年の少年だった。
その少女が引っ越してきた時、リョウは少女のあまりの美しさに心打たれ、この少女を一生守ろうと心に誓った。だから、少女がどんなに嘘つきでも、その嘘すら愛そうとして、しばしば、少女の仕掛けた罠で怪我をさせられたり、少女の代わりにいじめられたりした。
それでも、リョウは、少女がか弱い存在だから、と、どこまでも少女を守ろうとしていた。リョウの両親に、「あんな娘と付き合うのはよしなさい。」、と言われたって。同級生の女の子達に、「あの子と付き合うなら、絶交よ。」と言われたって。
そんな時だったのだ。
悪魔はそうと知らず、少女の体を乗っ取ったのは。
--
悪魔の次のターゲットは、リョウだった。
だが、なかなか難しい。
悪魔は、自分が乗っ取った少女がひどい嘘つきだったと知り、だからあんなに簡単に乗っ取ることができたんだな、と納得した。だが、リョウの心は難しかった。
たとえば、何か後ろ暗い事があって、目の前の人間から目をそらそうとする瞬間などが一番魂に食いつき易いのだけれど、リョウはいつだって人の目を真っ直ぐに見るのだ。
悪魔は、とまどいながら、チャンスを狙い、リョウと行動する。
リョウは、いつだって少女の姿をした悪魔にやさしくしてくれて、どこにでも連れて行ってくれた。学校の裏山でセミをたくさん取ってくれた。
「すごい。どうやって取るの?」 悪魔は、リョウが魔法使いのように思えて、目を丸くした。
「簡単だよ。」 と、小さな虫かごを満たして渡してくれて、 「きみ、なんだか雰囲気変わったね。」 と、言った。
「どこが?」 と、悪魔は聞いた。
「どこがって。うまく言えない。あんまり嘘をつかなくなったし。前は、何も欲しがらなかったけど、今は、ほら。セミの捕まえ方とか知りたがるし。」 リョウは、そう言って嬉しそうに笑った。
つまり、いい人になったってわけか。これじゃ悪魔かたなしだな。
悪魔は、帰宅すると、カゴから一匹ずつセミを取り出してはその魂をチュッと吸い取りながら、こんな筈じゃなかった、と思う。
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いつしか、リョウも悪魔も、成長し、大学生になった。相変わらず、悪魔の乗っ取った少女は美しく、多くの青年達が周りを取り巻くようになった。
悪魔は、今でも、リョウの魂を狙っていた。
リョウは、変わらず、悪魔のそばに寄り添い、何かある時だけ手を差し伸べてくるが、それは随分と控えめだった。悪魔は、リョウの魂を奪えないことにイライラし、自分を取り巻く男達と遊んだ。それから、酒を飲み過ぎた。
酔った悪魔は、リョウのアパートに転がり込む。
「また、こんなに酔って。」 そんなリョウの悲しそうな顔を見ると、悪魔は少し嬉しくなる。
「私、いろんな人と寝てるの。」 悪魔は、にっこりと笑って打ち明ける。
リョウは、悲しそうな表情のまま、何も言わない。
「ねえ。怒らないの?」 「怒るって、何を?」 「私が、あなた以外の人と遊び回っても、それでもあなた、平気なの?」 「信じないよ。」 「あら。ひどいのね。最愛の人の言葉が信じられないの?」 「違うよ。僕は、僕の信じたいものを信じる。」
悪魔は、服を脱ぎ、その美しい裸身を晒してリョウに迫る。 「ねえ。抱いて。」
リョウは首を振る。 「抱きたくない。」 「なぜ?」 「きみが、僕を試そうとしてるのが分かるから。」
悪魔は、どうにもリョウの心を突き崩せない事を知り、腹を立て、それからワッと泣く。
リョウは、そんな悪魔の頭を撫でながら、言う。 「ねえ。きみ、覚えてる?きみが小さい頃。僕に初めて会った頃。きみは嘘つきって呼ばれてた。だけど、僕はきみを信じてた。なんでだと思う?僕がきみを信じたかったから。きみに頼まれたわけじゃない。誰に頼まれたわけでもない。僕が信じたいと思ったものを、ずっと勝手に信じて来たんだ。だから、ね。僕が信じるのを誰にもやめさせる事はできないんだよ。」 「どこからそんな勇気が出てくるの?」 「きみだよ。きみがいるからだよ。」
悪魔は、その晩、リョウの腕で眠った。
朝起きると、リョウが、 「腕がしびれたよ。」 と、笑いながら、コーヒーを入れてくれた。
悪魔は、つられて笑った。
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それから月日が経ち、悪魔の中の悪い心は、リョウの腕の中でウトウトと眠り続け、それから、すっかりと消えてしまった。
「結婚しよう。」 リョウがそう言ってくれて、迷わずうなずいた時、悪魔は、自分が悪魔だったことさえ忘れかけていた。
それから、愛らしい子供が生まれた。
母親に似た、とても愛らしい。
リョウは、子供を産んで疲れて横になっている妻に口づけて言う。 「ね。僕は、きみと、この子を一生守るよ。」 と、言った。
周囲がその美貌を誉めそやし、その愛らしい子供は甘やかされて育った。
そのせいだろうか。五歳になる頃には既にいろんな嘘つき始める。
嘘が一つ発覚するたびに、母親の心はチクリと痛む。自分の過去に遡って、いろんなことが思い出されそうで、チクリチクリと痛む。
だが、夫は、笑って、 「大丈夫だよ。僕達の娘だもの。」 と、言う。
そうね。きっと、大丈夫よね。
夫の笑顔に励まされて、妻は微笑む。信じること、愛すること、待つこと、全部、目の前のこの人から教えてもらったから。今度は、私もこの子に教えていけばいい。
「ねえ。パパ。セミの捕まえ方、教えてよ。」 息せき切って飛び込んでくる娘は、だって、かつての私と、とってもよく似ているから。
信じるのは、ずっと容易い。
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