セクサロイドは眠らない
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2002年09月07日(土) |
かすめるようなキスの後、彼女はうつむいてしまう。男もなぜか恥かしくて、照れ笑いして。「さ。行こうか。」と、立ち上がる。 |
母に頼まれて田舎から出て来た彼女は、届け物の紙袋をしっかり手に、目的地に向かう。動く歩道は、彼女の歩調と合わず、人の群れが背後からぶつかってよろける。
それでも、彼女は、見るもの全てが新鮮で楽しかった。見上げれば、視界を妨げるように伸び立つ建物が彼女の心をときめかせた。
以前、田舎に帰って来た兄が連れていた兄嫁が言ったことがある。 「ここらは、上を見ると空が見えるから、素敵ね。」
その時は言っている意味が分からなかった。空が見えることのどこが不思議なんだろう?
彼女は、一人歩いていて、ようやくその意味に気付く。
だが、今の彼女にとって、空をさえぎるビル群すら、見ていて楽しかった。
あ。
誰かが背後から激しくぶつかって来て、彼女が無理をして履いていたヒールの高いパンプスは、脱げて転がってしまった。
「ほら。上ばかり見て歩いてるから。」 男の声がやさしく笑って、手が差し伸べられた。
「ありがとう。」 男の手にすがってゆっくり立ち上がると、彼女の目の前の背の高い、色の浅黒い男は、微笑んだ。
「いや。さっきからさ。危なっかしくて見てらんねんだもん。」 「私が?」 「ああ。上を見て、あっちをキョロキョロ。こっちをキョロキョロ。」
彼女の頬がさっと染まる。
「いや。可愛いなって思って。」 そう言う男は、濃い色のサングラスをして、髪の毛をピカピカするもので撫でつけていたけれど、優しい人だと分かった。
「このあたり、始めてなんだろ?」 「ええ。」 「俺が案内してやろうか。」 「いいんですか?」 「ああ。暇だしな。どこに行くんだい?」
彼女は、母親に持たされた行き先の住所の紙を見せる。
男はヒュウっと口笛を鳴らして、 「偶然だな。ここは俺の家の近くだ。いいよ。連れてってやるよ。」 と、言った。
「助かります。」 「いいって。」
男は、そっと、人混みから彼女を守るように、彼女の背中に手を回した。
彼女はドキッとして、ほんの少し身をよじるようにしたが、男は手の力を緩めたりしなかった。誰かとこんな風に触れ合うのは、中学校のフォークダンス以来だ。と、彼女は思って、うつむいた。
男のほうは男のほうで、そんな彼女の甘酸っぱい感情に触れて、妙に気持ちが和らぐのだった。
「腹、空かないか?」 「え?」 「何か食べたくないかっての。」 「ええっと。」 「お前、ほんとトロいな。ここじゃ、そんな風にのんびり生きてたら大変だぜ。」
男は笑って、彼女を手近な店に連れて行って座らせると、苺の乗ったクレープを持って戻って来た。 「女の子はこういうのが好きだろ?」 「ありがとう。」
それから、食べ終わって彼女は笑い出す。
「なんだよ?」 「ほっぺたにクリームが。」 「え?そうか?」 「うん。この辺。」 彼女が肩から掛けたバッグの中を探ってハンカチを出そうとする手を彼は押さえて、 「あんたの口で。」 と、言うから。
彼女は、キョトンとして、それから頬を薔薇色に染めて彼の頬に唇を持っていく。
かすめるようなキスの後、彼女はうつむいてしまう。男もなぜか恥かしくて、照れ笑いして。 「さ。行こうか。」 と、立ち上がる。
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二人にとって、多分、その日はとても楽しい一日だった。
だけれども、彼女がふと、路上のパフォーマンスに見とれて立ち止まっている間。男がそれに気付かずに歩き過ぎてしまった間。
悲しい事に、二人はお互いを見失う。
男は、彼女を捜すが、結局見つけられずに、彼女が言っていた行く先で待つ事に決める。どうしても彼女に会いたかった。それが、男にとってはとても似つかわしくない場所でも。
その屋敷で、男は居心地悪そうにもぞもぞと体を動かしている。
目の見えない上品に髪を結った老婆が、使用人に連れられて入って来る。 「あなたが、孫を?」 「はい。ですが、残念なことに途中で見失ってしまいました。」 「あの子が悪いのよ。ほら、あの調子でしょう?都会はあの子には危険過ぎるの。」 「俺も・・・、いや、僕もそう思います。今頃、彼女、どうなってんだろ。」 「大丈夫よ。あの子は、もうじきここに来るわ。」 「分かるんですか?」 「ええ。あの子を一人にしとくような真似はしないわ。」 「なら、いいんですが。」 「ねえ。聞かせてちょうだい。あの子はどんなだった?」 「そりゃ、もう。可愛らしくて。天使みたいで。」 「あなたも、あの子を好きでいてくれたのね。分かるわ。あの子のそばにいてくれたこと、感謝します。」
男は、少女の祖母が立派な人格の持ち主だと分かって安堵する。
だが、ほどなく、部屋に入って来た素晴らしい体格の持ち主が彼の腕を掴んで連れ出す。
「待ってくれ。彼女に会いに来たんだよ。」 男が叫ぶが、鍛えた体の持ち主はそんなことには構わず屋敷の外に連れ出そうとするから。
男はしがみつくと、頬に一発、二発。気が遠くなるまで。
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「おばあちゃま!」 その愛らしい娘は、老婆の首に飛びつく。
「あらあら。大きくなって。」 老婆は、彼女が可愛くて仕方がないという風に抱き締める。
「おばあちゃまに、お土産。」 彼女は、よれた紙袋から、田舎で作られたワインを。母が作ったジャムを取り出して並べて見せる。
「無事に着いて何よりだよ。」 「あのね。素敵な男の人が途中まで一緒に探してくれたの。」 「そう。良かったわね。実は、さっき、その人がこちらに見えてね。」 「あら。会いたかったのに。」 「急いでるからって、帰られてしまったわ。」 「そう・・・。」
彼女は、どうした事か胸が痛い。
なぜだろう。
「さ。疲れたでしょう?部屋に。」 高価なスーツに身を包んだ、その男性は、その少女に話し掛ける。
彼は思う。さっきのチンピラを殴ったのは、自分勝手な行動だったかもしれないが、この屋敷と財産を相続する少女のフィアンセとしては適切だった筈だ、と。
また会えるといいね。都会のオオカミさん。
赤頭巾という名の少女は、痛いような酸っぱいような気持ちで、あの時、男の頬で味わったクリームの味を思い出す。
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