セクサロイドは眠らない

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2002年09月04日(水) こんなに長く初対面の男としゃべっていた自分に驚きながら、どうしてもこのまま別れたくなくなっていて、思わずそう口にしていた。

いつもの店に入ると、アヤコは、
「生ね。」
と、言い、スギウラは、
「瓶で。」
と、注文する。

いつからだっけ。

運ばれて来た白く冷えたジョッキを口につけながら、アヤコは思う。

幾つになるんだっけ?目の前のスギウラを見ながら思う。最初に会った頃、アヤコは十八でスギウラは四十手前だったから、もう、五十ニ、三になるだろう。アヤコは来月で三十一になる。

「ほら。何でも注文しろよ。」
スギウラは、自分は飲み出すと食べ物を口にしない。そんな癖を知っているから、アヤコは、勝手に自分の好きなものを注文する。

出会った頃は、こんなに長く続く関係とは思ってもみなかった。

--

出会ったのは、スギウラが単身で赴任していた町に観光に来たのがきっかけだった。一人旅が好きなアヤコは、その日も、ちょっとした連休を利用して、さして観光場所もないその小さな町に来ていた。立ち寄った土産物屋では、自転車を貸してくれるという。見れば、サイクリング・ロードという札が立っていて、アヤコは暇つぶしに自転車を借りることにした。

ところどころ、方向を指し示す標識があって、それを辿りながらぐるりと一周すればいいという具合。それは思ったよりも距離があって、アヤコは、途中疲れてベンチに越し掛けて休息していた。

「どっちから来ました?」
急に声を掛けられて、顔を上げると、日に焼けた男が、ロードレース用の自転車を降りてアヤコの隣に腰を掛けた。

「・・・からです。」
「ああ。なるほど。僕も行ったことがあるが、いいところだ。僕は、二年前から単身赴任で来てるんですよ。」
「そうですか。自転車は趣味で?」
「ええ。この季節は毎週のように走ってます。」

グラブを外すと、手だけが綺麗に日焼けを免れていて、アヤコはその時、「この人、案外色白だなあ。」と思ったりして見ていた。

それから、男は携帯していた道具でコーヒーを沸かして、差し出してくれた。

「結婚、してるんですか?」
アヤコは何気なく、訊ねた。

「ええ。ですが、今は単身赴任です。妻は、実家のほうに帰らせてます。東北のほうなんですが。私もそちらの出身です。」
「じゃあ、滅多に帰れませんね。」
「そうですね。ここに初めて来た頃は、冬でしたが、みんなスカートを履いてたので、美人ばっかりに見えて驚きました。あっちじゃ、冬は寒くてスカートなんか履いて出たりしませんから。」

そんな調子で。ベンチに座って、アヤコとスギウラは日が暮れるまでしゃべっていた。

「すいません。汗、引いちゃいましたね。風邪ひくと大変だ。」
夕暮れの涼しい風が吹き始めた時刻になって、男は慌てて立ち上がった。

「楽しかった。すごく。明日も、会えます?」
アヤコは、こんなに長く初対面の男としゃべっていた自分に驚きながら、どうしてもこのまま別れたくなくなっていて、思わずそう口にしていた。

「明日?ああ。仕事だ。何なら、夜、どうです?僕の仕事が終わってからになりますが。」
「是非。」

この町に来た楽しみが、ようやく見つかったと思った。

翌日、スギウラと過ごした時間も楽しくて。

ほどなく、アヤコはその町に越して来た。

--

「今度、結婚するんだ。」
同僚のSが突然そんな事を言うから、
「うそ。知らないよ?誰と?」
なんて、アヤコは思わず訊き返してしまった。

「ほら。例の。」
「あの、紹介で会った、年下の?」
「うん。」
Sは、ふふっと笑って。

その顔はとても満ち足りていて幸福そうだった。

「ねえ。アヤコは?」
「私?」
「あの人とはどうなったのよ?」
「ああ。うん。別に。変わらない。」
「ちょっとお。いいの、そんなで。」
「うん。いいんだ。」

アヤコは、話題が自分の事になると、どう答えていいか分からなくなって、つい言葉があやふやになってしまう。既婚の男と付き合う女にとって、いかに愛で満たされているかを主張するほど虚しいことはないから。

「それよかさあ。式の準備っていろいろ面倒なんでしょう?」
急いで、相手に話を振ると、幸福の絶頂にいる彼女は笑顔で我が事を語りだす。

うらやましい?

わからない。

アヤコは、友人を笑顔で見つめながら自問する。

--

「ねえ。なんで、瓶ビールに変えたんだっけ?」
アヤコは、今日、何気なくスギウラに問う。

「ああ。これ?」
「うん。だって、前はジョッキで飲んでたよねえ。」
「そうだな。」
「なんで?」
「瓶だとさ。こうやって置いておくと、何本飲んだか分かるだろ。で、数えて、そろそろやめるかって、さ。ほら。俺、前、肝臓ちょっと悪くしてるから。ジョッキだと、飲み過ぎちゃうんだよな。」
スギウラは、そう言って苦笑いした。

アヤコは、そうか。と思った。

そんなことを言って、アヤコに気付かないところで自分の体をいたわっているスギウラは、アヤコより一歩先を一人で行ってしまう人のように見えた。

ちょっと寂しくて。

知らず知らずに、アヤコの顔が曇っていたのを見てとったのか。スギウラは急に口を開く。
「盆に。」
「え?」
「俺、妻に会いに行ってただろ。」
「うん。」

その話はわざと訊かずにいたのだ。

「ようやく、決めたよ。」
「何を?」
「離婚。」
「そう・・・。」

それ以上は、スギウラは何も言わなかった。アヤコも、訊かなかった。

ただ、アヤコは無意識に瓶を数えていた。

もう、随分と待った事だから。この先、あと幾らだって待てると思っていたけれど。

「三本。」
「え?」
「瓶が三本並んだら、やめさせてくれよな。」
スギウラが言うから、アヤコは嬉しくてうなずく。


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