セクサロイドは眠らない
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2002年09月03日(火) |
そんなことはどうでもいい。手近な女に手を伸ばすと、女は彼の下半身をまさぐって、「あら。あんた、これじゃ無理よ。」と、笑った。 |
日曜の午後いつもの時間になると、そろそろ同室の人達が冷やかし始める。元気な者は気を利かせて、部屋を出て行こうとさえ、する。
「いいのよ。いてよ。いつものことなんだから。」 彼女は笑って、言う。
そんな調子だから、彼が花やら、こまごまとした包みを抱えて入ってくると、部屋の皆が、笑顔で出迎えることになる。 「待ってたわ。」 「いらしゃあい。」
彼は照れたように笑いながら、真っ直ぐに妻のところへ行く。
「遅くなってごめん。」 「ちっとも遅くないじゃないの。」 「きみを待たせてるかと思うと、いつだって遅刻した気分になっちゃうよ。」 「おかしな人ねえ。毎週も来なくたっていいのに。」 「来るの、迷惑?」
少し拗ねた顔になる彼に、彼女は、 「馬鹿ねえ。」 と、笑って、言う。
それから彼女は、数々のプレゼントを受け取る。それはもう、見舞いの品というよりは、恋人に贈るプレゼントと呼ぶほうが相応しく思えるのだった。 「あら。素敵なブレスレット。」 「だろ?きみに似合うと思って。今、着けてみてよ。」 「ありがとう。でも・・・。こんなの、私、していく場所ないわ。」 「早く退院して、遊びに行こうよ。」
そんな調子で、彼はいつも面会時間ぎりぎりまで彼女と語り合い、それから、看護婦に注意されて慌てて、さよならのキスをして、病室を名残惜しそうに出て行くという具合。
「本当にやさしいご主人よねえ。」 同室の中年女性が、彼女に聞かせるとも、独り言ともつかない口調で、言う。
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彼女は、親戚の紹介で彼と知り合った。お互い、一目見た時から気が合って、話し始めると、どこまでもどこまでも転がるボールのように、会話は続くのだった。
「結婚しよう。」 彼のその言葉は、普通なら、会って一ヶ月では早過ぎるものかもしれないが、二人にとっては早過ぎたりしなかった。彼女は、即座にうなずいた。
来月は東京に戻らなくてはいけない。だが、いずれは地元に戻ってくるから、故郷の女性と結婚したくて、あちらこちらにお願いしておいたのだ、と、彼は言った。 「だから、しばらくは東京について来て欲しいんだ。」
彼女は、 「もちろん、行くわ。」 と、言った。
二人共、気持ちは同じだった。片時も離れていたくなかった。
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東京での生活は、長くは続かなかった。彼女は、持病の喘息が悪化して、入退院を繰り返すはめになったから。結局、彼女や彼女の両親と相談して、彼女は一時的に故郷で療養することとなった。
「ごめんね。」 青ざめた顔で、ヒューヒューと苦しそうな息の下から彼女はつぶやく。
「何言ってんだよ。ちゃんと治すのは、この先、僕らが一緒に暮らすために必要な事なんだから。」 彼は、そう言って、彼女の目のふちに溜まった涙を人差し指で拾う。
それから、毎週、故郷に向かうのが、それを病室で出迎えるのが、彼と彼女の習慣になった。
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「ねえ。いいのよ。こんなにしょっちゅう来なくても。」 彼女の言葉に、彼はハッとして顔を上げる。
「どういう意味?」 「どういうって。お金、大変でしょう?東京の家賃、高いのに。それから、こんなにいつもいろいろ買ってくれて。入院費だって、かかってるわ。」 「何言ってんだよ?全部、お前のために。」 「だから。ね。お金もちょっとでも貯めて。いつか、あなたと住む家も欲しいし、子供も欲しいの。」 「当たり前だよ。」 「でも、ちょっとおかしいわ。これじゃ、お金貯まるはずないもの。」
彼は、随分と長いこと無言で。
それから、苦しそうに答える。 「分かったよ。これからは月に二回にする。こんなにいろいろ買うのも、やめる。」 「ええ。お願い。あなたの負担が気になるもの。」 「その代わり、手紙、書くよ。」 「そうね。それがいいわね。私も書くわ。」
その日、彼が病室を出て行く後姿を見て、彼女は、何となく声を掛けたくなったのだが、その言葉を飲み込んで、無言で見送る。
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「お母さん、どうしたの?」 いつもより少し暗い顔で見舞いに来た母が心配で、彼女は訊ねる。
「タカユキさんのことだけど。」 「あら。彼が何か?」 「どうやら、たくさん借金作ってるみたいでね。ちょっと心配なのよ。」 「借金?」 「ええ。ちょっと最近変な電話が掛かってくるようになってね。」 「変なって。」 「そっちに行ってないか、とか。でさ。うちも知りませんって言ってるんだけど。少し心配で、東京のほうに電話してみたけど、なかなか捕まらなくって、それどころか家主さんに家賃を滞納してるから払ってくれって言われちゃって。」 「そんな筈、ないわ。」 「ああ。あんたにこんなこと、言いたくなかったんだけどね。このまえ、やっとタカユキさんと連絡ついて、聞いても、何の心配もないの一点張りだから。あんたからそれとなく聞いてみてちょうだいよ。」 「ええ。ありがとう。ごめんね。お母さん。心配掛けて。」 「何言ってんの。あんたは早く治して。」 「ええ。」
彼女は、母親が帰ってしまうと、しばらくベッドの上で身動きしなかった。それから、彼からの手紙を開く。東京での生活ぶり、貯金の額、そんなものがすべて薄っぺらな言葉となって零れ落ちて行く。
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彼は、随分と酔っていた。今、どこにいるのか分からないぐらいに。
女がいた。
女は、彼の愛しい妻とは似ても似つかなかった。
妻が恋しかった。一人じゃ、ちゃんとやれない。それは恐怖にも似た気持ちだった。何とか、週一回、妻の笑顔を見ることで頑張ろうとしたけれど、それも減らせと言われたら、週末は耐え難く長かった。気付けば、あちこちの金融会社から借りた金額も増えていた。
そんなことはどうでもいい。手近な女に手を伸ばすと、女は彼の下半身をまさぐって、 「あら。あんた、これじゃ無理よ。」 と、笑った。
「そんなこと言わないでくれよ。」 と、尚も女の体を無理に抑えつけたところで、誰かが後から彼の肩を掴んで来て、一発二発と殴られて、後は記憶が途切れた。
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ようやくアパートに辿り着くと、電気が点いていた。急いで部屋に飛び込むと、彼女がいた。
「おかえり。遅かったのね。」 「どうして?」 「待ってたのよ。あなたが心配で。」 「なんだよ。待ってたのはこっちだよ。いつだって。」 「分かってるわ。」 「こっちこいよ。」 「ええ。」
彼女は、彼のシャツに血がついているのも構わずに、言われるままに寄り添って。彼は、安堵のあまり、そのままの姿勢で眠りに落ちた。ずっと待ってたんだぜ。おい。お前がいなきゃ・・・。お前がここにいなくちゃ、な。
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朝、電話の音で目覚める。
妻の姿を探すが、いない。買い物にでも行ったかな。
受話器を取る。
受話器から聞こえる声をうまく理解できなくて、彼は何度も何度も聞き返す。 「残念ですが、奥様は昨夜・・・。」
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彼女は、小さな木の箱に納まるぐらいになってしまった。
彼女の両親は、最後に彼にあてて彼女が書いた手紙を渡してくれた。
ずっと待たせて、ごめん。タカくん、私を待ってると、駄目になるから。私がいるせいで、駄目になるから。
手紙には、そんな事が書いてあった。なんだよ。何が書いてあるのか、よくわかんねえよ、と、彼は思った。
「あんなに発作がきつくて、一晩中苦しんだのに、ものすごく安らかな顔で逝ったんですよ。」 めっきり老け込んだ彼女の母親が、ぽつりと言った。
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