セクサロイドは眠らない
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2002年08月22日(木) |
「どうして、マミがこんな目に会うの?こんなにお祈りしたのに、神様はなんてひどい仕打ちをするのかしら。」 |
「ねえ。ママ。おめめをつぶって。」 「うん。」 「おてて、出して。」 「何かしら?」
手の平に、そっと暖かい感触が触る。
「もう、おめめ開けていいよ。」
私はそっと開ける。
手の平には、小さなキャンディの空き箱。
「開けてもいい?」 「いいよ。」 マミは、くすくす笑っている。
開けると、そこには、小さくたたまれた紙。開くと、「まま」と書かれた絵。それから、セミのぬけがら。
「お隣のおにいちゃんにもらったの。」 「これ、ママがもらってもいいの?」 「うん。だって、マミ、ママのことが大好きなんだもん。」 「でも、パパがやきもち焼いちゃうわねえ。」 「パパにもプレゼント作ったから、あとで渡す。」 「そう。」
五歳になるマミは、誰からも可愛がられる子だった。こぼれそうな瞳。少し茶色がかった髪。唇から飛び出す愛らしさあふれる言葉達。
きっと、隣の男の子は、少し男まさりなところがあるマミに何とか気に入ってもらおうと、セミのぬけがらをプレゼントしたに違いない。そんなことを思うと、私は微笑みが抑えられなくて、つい、マミを抱き締めてしまう。
「まま、暑いよー。」 「あら。ごめんね。おいで。ママ、マミの好きなプリン作ってあげる。」 「わーい。マミ、お手伝いするー。」
そうこうしているうちに、義父が訪ねて来る。
「あら。おとうさん。」 「いや。何。近くまで来たもんでな。マミに梨を持って来たんだ。甘くておいしいぞ。」 「あ。おじいちゃんだー。」
義父も、マミの顔見たさに、しょっちゅう立ち寄る。今晩辺り、また、義父が抜け駆けした事で、義父と義母の間で小さな喧嘩が起こるだろう。
不思議だ。
一人の少女がこれほどまでに周囲を明るくし、何かしてあげたいと思わせるなんて。
マミは、それでも、決して天狗になったりしない。やさしい子。空の天使はこんな顔をしているにちがいない。
誰もがマミの成長を見守り、その豊かな将来に思いを馳せる。
だが、その日はあっけなく訪れる。
ある日、マミの命は原因不明の病で天国に召された。
「どうして、マミがこんな目に会うの?こんなにお祈りしたのに、神様はなんてひどい仕打ちをするのかしら。」 私は号泣する。
夫が。義父が。義母が。多くのマミを知る人達が。マミの死を悼んで、泣く。
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その病院で、百歳を越える老人は、今、ようやくその長い長い寿命を使い果たそうとしていた。
集まった親族の顔は疲労困憊していた。
「今度こそ、本当でしょうね?」 「ああ。多分。」 「危篤だって何度も呼び出されたっていうのに、その都度持ちこたえちゃって。」 「そんなもんだよ。俺なんて、もう有給使い果たしたもんなあ。」 「だけどさあ。生きてる時も、周りにさんざん迷惑掛けてさあ。ミツエさんなんか、三度も流産したのは、お父さんのせいだってよ。」 「しっ。今、そんなことを言うな。」 「分かってるけど・・・。」
その時、患者の体に繋がっているモニターがフラットになり、一瞬、みな静かになる。
医師が看護婦に 「二十三時三分。」 と、時刻を告げた瞬間、ミツエと呼ばれていた女が号泣する。
あれは、悲しくて泣いてるんじゃない。皆が思った。
その老人は誰からも憎まれた。いっそ死んでくれたらと、何人の人間に思われながら生きて来たことだろう。
誰からも愛されずに最後の時を終えた魂は、長過ぎた勤めを終え、いそいそと天に昇って行く。
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今日も、地上からは、笑い声や泣き声が絶え間なく響く。私は、それらに耳を傾けながら、せっせと作業にいそしんでいる。
箱の中から、その創造物を一つ手に取って眺める。
「ええっと。これはとても愛らしくできた。まったく、私の最高傑作だ。誰からも愛されるだろう。こんなものが長生きしたら、地上は希望に満ちてしまう。よって、少ししかネジを巻かないでおこう。」
私は、キリキリとニ三度ネジを巻くと、地上に手を伸ばしそっと置く。
さてさて。
お次は。
別のを取り出す。
「おやおや。これは失敗作だ。見た目は良く出来ているが、中の作りが失敗してしまった。これでは、いつも曲がった方向にしか歩かないだろう。だが、面白いぞ。」
私は、キリキリ、キリキリ、と、目一杯ネジを巻くと、また、地上に置く。
「ねえ。遊ぼうよう。」 うるさい天使達が、私の足に絡みついて来る。キーキー騒いで、私の足の親指に齧りついて来るものもいる。
まったく、こやつらは何も考えていない。私を邪魔することばかりだ。なぜ、こんな邪悪なペットを作ってしまったのだろうな。と、自分を呪う。
「お前ら、これだけのネジを適当に巻いて、地上に運んでくれ。そうしたら、遊んでやるよ。」 すっかり疲れた私は、仕事を天使達に任せて、自分はゴロリと雲の上に横になる。
地上では人間達が私の事を「神」と呼んで崇拝しているらしい。
気まぐれ・怠惰・自分勝手。私は、自分の特徴をそっくり込めた創造物を作り続けることで、その愛に応える。
私は、魂の寿命のネジを巻くという我が仕事に、今日もうんざりしているだけの者。ネジの巻き加減はいつだって気まぐれなのだ。
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