セクサロイドは眠らない
MAIL
My追加
All Rights Reserved
※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →
[エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう
俺はさ、男の子だから
愛人業
DiaryINDEX|past|will
2002年08月23日(金) |
嫌な女の子だったと思う。長くした髪が風になびく時、男の子達がどんな風に見るか知っていて、髪に手をやっていた。 |
「ママ?ママったら。」 「え?」 「やだ。ぼんやりして。ちょっと出掛けて来るね。」 「デート?」 「ふふ。」 「あんまり遅くなっちゃ駄目よ。」 「はーい。」
娘は、明るく私に笑いかけると出て行った。
ぼんやりしていたのは、昔を思い出していたから。私が娘と同じくらいの年齢の頃、私は、男の子達に人気があった。自分でも自覚して振舞っていたから、嫌な女の子だったと思う。長くした髪が風になびく時、男の子達がどんな風に見るか知っていて、髪に手をやっていた。
何人かの男の子に、ひどい事を言ったかもしれない。
あの日。「交際して欲しい」と書かれた手紙を持って、断りに出掛けたんだっけ。校舎の裏で、私は本当に申し訳なさそうな顔して、「ごめんね。」と言った。あの時、私にじっと見つめられて、その子は、「いいんだ。」と曖昧につぶやいて、慌てて行ってしまった。
そんな事を思い出していたのは、夫が出て行ってしまう時、あの時の男の子と同じ目をしていたからだと思う。
--
夫がささやかな浮気をしたのが原因で、私達は離婚をした。私は、プライドがずたずたになり、夫をどうしても許す事ができなくなったのだ。離婚は私から切り出した。そうして何度も話し合いをした。
「しかし、僕には充分な養育費は払えないよ。ミユキだって、来年は大学受験だし。」 「働くわ。」 「そんな事、簡単にいきやしない。」
そんな会話をぐるぐると続けた。
夫は、娘のことを可愛がっていたので、できれば離婚したくなかったのだろう。だが、私は、突っぱねた。
先月、夫はとうとう出て行った。
--
私は、早速仕事を探しに行った。が、ハローワークは、予想外に人がごったがえし、その日は、仕事を求める人の多さと熱気に圧されて、早々に帰宅してしまった。
翌週、ようやく気力を振り絞って、再度ハローワークに行くものの、なかなかこれといった仕事が見つからず、がっくりと肩を落として帰った。
娘は私の焦りを察して、何も言わないでいてくれたし、時折掛かってくる夫から電話は、私のほうがさっさと切ってしまった。
少しの間は、貯金で食べていけばいいわ。
私は、取り敢えず就職をあきらめて、ワープロ教室に通うことにした。
ワープロを習うのは楽しかった。教室の仲間とはすぐ仲良くなり、教室の帰りにお茶を飲んだりするのも、学生に戻ったようで楽しかった。
だが、二週間の受講期間はあっという間に終わってしまった。
--
「ワープロが打てるかた」という募集文句のチラシを見て、面接に行ったのは、その翌週だった。
採用一人に対して、十数人が、順番に面接を受けようと並んでいるのを見て、その瞬間絶望してしまった。思わず、回れ右をして帰ろうかと思ったが、ここまで来たのだからと何とか踏みとどまり、中年の脂ぎった社長の面接を受けた。
「ママ、どうだった?」 「うん。駄目みたい。」 「大丈夫だよ。ママ、頑張ってワープロ練習したもんね。」
翌日だった。社長じきじきに電話が入ったのは。 「もう一度、お越し願えますかね。」
「やったね。ママ。」 「行ってくるわね。」
私は、その会社に再び足を運んだ。
今度は、会社の一番奥の社長室に通された。
ドアが閉まると、その男は切り出した。 「ワープロの要員はもう決まっちゃったんだけどね。うちも、もう一人ぐらいは何とかなるんだよね。」
私は、身を乗り出した。 「どんなお仕事ですの?」 「まあ、仕事ってほどのものはしてもらわなくていいんだ。ただ、たまに夜、食事とかね。そういうのを付き合ってもらえば。あんた、離婚してんでしょう?」
社長の視線に気付いた私は、慌ててソファを立つ。 「私、失礼します。」
尚も 「悪い話じゃないと思うから、ちゃんと考えてよね。」 という声を振り切るようにして、急いで帰宅した。
夕方、娘に起こされるまで、ぐったりと寝込んでいたらしい。
「ママ、大丈夫?」 「ええ・・・。」
涙の跡が残ってないか、慌てて鏡で確かめると、 「お夕飯、作るわね。」 と、キッチンに立った。
夫の言っていた通りだ。本当に大変だった。私は、今更ながらに働く大変さを噛み締め、同時に、離婚した女に向ける世間の目というものを知った。
--
ワープロ教室の仲間から電話で誘いがあった。
「気晴らしに行っておいでよ。」 娘に言われて、私は出掛けることにした。
私達は、再会を喜び合い、おしゃべりに花を咲かせた。みな、一様に、ワープロを習ったぐらいでは就職が難しいことを口にし、幾人かは、それでも事務の仕事などに就く事ができた、と言った。
「で、あなたは?」 私に話の矛先が向けられたので、私は、先日の面接の顛末を語った。
「ひどい男もいるわねえ。」 「だってさあ。こんなに色っぽい女性が離婚したなんて知れたら、周囲が黙ってないわよ。」 「元気だしなさいよね。」
口々の励ましに、私は、じんわりと涙が出て来る。
離婚してから、私は涙もろくなった。
夫の一度きりの浮気よりも、もっともっとひどいものがこの世には満ちていると知って、今更ながら甘えていた頃の自分にぞっとする。
別れ際、一人の女性がメモを手渡してくれた。 「ここの社長さん、最近事業拡大するって言うんでね。人を探してるかもしれないから、行ってみたら?あ。変な人じゃないから。私も知っているけど、立派な方よ。」
私は、ありがとう、とうなずいて、メモを大事に手帳に挟む。
--
気持ちの良いオフィス。
感じのいい従業員の対応。
先日行った会社とは大違いだ。
少し待たされた後、社長室に招き入れられた。
「お待たせしました。」 社長という男は、想像以上に若かった。
少し額が後退しているものの、腹に贅肉もついていない。
「知人に聞いたのですが・・・。」 「ああ。・・・さんですね。よく存じております。なんでも母と稽古事で知り合ったそうで。」 「実は、お仕事が欲しくて。」 「そうですか。」 「履歴書を持って来たんです。」
彼は、私の履歴書をじっと見て、 「失礼ですが、ご結婚は?」 と、訊ねてきた。
「恥かしいのですが、先月離婚いたしました。」 「そうですか。」 彼は、それ以上訊こうともせず、また、履歴書に目を落とした。
心臓がドキドキする。
そう言えば、随分と長い事、私は他人に評価されることなく生きて来たのだった、と思う。
「結構です。明日から来ていただきましょう。」 「え?本当ですか?」 「ええ。是非、あなたの主婦としての視点を、我が社に生かして欲しいと思います。」 「ありがとうございます。」
私は、深く頭を下げた。
--
入社して、数週間があっという間に過ぎ、私は企画室の仕事が楽しめるようになって来た。別れた夫とも、電話で近況を交し合う間柄になった。
「復縁はないの?」 と、問う友人達に、私は笑って首を振った。
その日、私の歓迎会が開かれ、職場のみなが私に声を掛けてくれた。一人でこんなに羽を伸ばすのは何年ぶりだろうか。
ほてりを冷ますため、廊下に出て開いた窓から顔を出していた私に、背後から社長の声がした。 「こんなところにいたんですか。」 「ええ。少し飲み過ぎてしまって。」 「みんなが待ってますよ。」 「すぐ戻ります。」
それから、社長のほうに向き直って、 「本当に、感謝しています。」 と、頭を下げる。
「こちらこそ。」 「社長は、結婚はなさってないんですの?」 「ええ。」 「もてそうなのに。」 「はは。理想の女性が忘れられなくてね。」 「それも、素敵ですわね。」
彼は、少しためらった表情を見せて 「まだ、僕の事、思い出せませんか?」 と、訊いてくる。
私は、彼の顔を見る。それから、記憶を探る。
「校舎の裏で、きみに振られた。」
私は、驚いて声が出ない。
「あの時の?」 「ええ。」 「やだ。私、全然・・・。」 「当たり前だ。僕は、大勢の中の一人だったもの。」 「それで、私を?」 「いや。それは違う。会社の飛躍の時に、若いスタッフ以外の意見を取り入れたかった。信じてください。あなたの採用理由に、個人的な感情は一切なかった。」
私は、動揺していた。
その奮える手をそっと握って、 「お願いです。これからも我が社に貢献を。」 と、言って。
それ以上は何も言わずに去って行く彼の背中にうなずいて。
多分、私は、多くの人の忍耐強いやさしさによって、導かれている。
そう思いながら、私も宴会の会場へと急ぐ。
|