セクサロイドは眠らない

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2002年08月23日(金) 嫌な女の子だったと思う。長くした髪が風になびく時、男の子達がどんな風に見るか知っていて、髪に手をやっていた。

「ママ?ママったら。」
「え?」
「やだ。ぼんやりして。ちょっと出掛けて来るね。」
「デート?」
「ふふ。」
「あんまり遅くなっちゃ駄目よ。」
「はーい。」

娘は、明るく私に笑いかけると出て行った。

ぼんやりしていたのは、昔を思い出していたから。私が娘と同じくらいの年齢の頃、私は、男の子達に人気があった。自分でも自覚して振舞っていたから、嫌な女の子だったと思う。長くした髪が風になびく時、男の子達がどんな風に見るか知っていて、髪に手をやっていた。

何人かの男の子に、ひどい事を言ったかもしれない。

あの日。「交際して欲しい」と書かれた手紙を持って、断りに出掛けたんだっけ。校舎の裏で、私は本当に申し訳なさそうな顔して、「ごめんね。」と言った。あの時、私にじっと見つめられて、その子は、「いいんだ。」と曖昧につぶやいて、慌てて行ってしまった。

そんな事を思い出していたのは、夫が出て行ってしまう時、あの時の男の子と同じ目をしていたからだと思う。

--

夫がささやかな浮気をしたのが原因で、私達は離婚をした。私は、プライドがずたずたになり、夫をどうしても許す事ができなくなったのだ。離婚は私から切り出した。そうして何度も話し合いをした。

「しかし、僕には充分な養育費は払えないよ。ミユキだって、来年は大学受験だし。」
「働くわ。」
「そんな事、簡単にいきやしない。」

そんな会話をぐるぐると続けた。

夫は、娘のことを可愛がっていたので、できれば離婚したくなかったのだろう。だが、私は、突っぱねた。

先月、夫はとうとう出て行った。

--

私は、早速仕事を探しに行った。が、ハローワークは、予想外に人がごったがえし、その日は、仕事を求める人の多さと熱気に圧されて、早々に帰宅してしまった。

翌週、ようやく気力を振り絞って、再度ハローワークに行くものの、なかなかこれといった仕事が見つからず、がっくりと肩を落として帰った。

娘は私の焦りを察して、何も言わないでいてくれたし、時折掛かってくる夫から電話は、私のほうがさっさと切ってしまった。

少しの間は、貯金で食べていけばいいわ。

私は、取り敢えず就職をあきらめて、ワープロ教室に通うことにした。

ワープロを習うのは楽しかった。教室の仲間とはすぐ仲良くなり、教室の帰りにお茶を飲んだりするのも、学生に戻ったようで楽しかった。

だが、二週間の受講期間はあっという間に終わってしまった。

--

「ワープロが打てるかた」という募集文句のチラシを見て、面接に行ったのは、その翌週だった。

採用一人に対して、十数人が、順番に面接を受けようと並んでいるのを見て、その瞬間絶望してしまった。思わず、回れ右をして帰ろうかと思ったが、ここまで来たのだからと何とか踏みとどまり、中年の脂ぎった社長の面接を受けた。

「ママ、どうだった?」
「うん。駄目みたい。」
「大丈夫だよ。ママ、頑張ってワープロ練習したもんね。」

翌日だった。社長じきじきに電話が入ったのは。
「もう一度、お越し願えますかね。」

「やったね。ママ。」
「行ってくるわね。」

私は、その会社に再び足を運んだ。

今度は、会社の一番奥の社長室に通された。

ドアが閉まると、その男は切り出した。
「ワープロの要員はもう決まっちゃったんだけどね。うちも、もう一人ぐらいは何とかなるんだよね。」

私は、身を乗り出した。
「どんなお仕事ですの?」
「まあ、仕事ってほどのものはしてもらわなくていいんだ。ただ、たまに夜、食事とかね。そういうのを付き合ってもらえば。あんた、離婚してんでしょう?」

社長の視線に気付いた私は、慌ててソファを立つ。
「私、失礼します。」

尚も
「悪い話じゃないと思うから、ちゃんと考えてよね。」
という声を振り切るようにして、急いで帰宅した。

夕方、娘に起こされるまで、ぐったりと寝込んでいたらしい。

「ママ、大丈夫?」
「ええ・・・。」

涙の跡が残ってないか、慌てて鏡で確かめると、
「お夕飯、作るわね。」
と、キッチンに立った。

夫の言っていた通りだ。本当に大変だった。私は、今更ながらに働く大変さを噛み締め、同時に、離婚した女に向ける世間の目というものを知った。

--

ワープロ教室の仲間から電話で誘いがあった。

「気晴らしに行っておいでよ。」
娘に言われて、私は出掛けることにした。

私達は、再会を喜び合い、おしゃべりに花を咲かせた。みな、一様に、ワープロを習ったぐらいでは就職が難しいことを口にし、幾人かは、それでも事務の仕事などに就く事ができた、と言った。

「で、あなたは?」
私に話の矛先が向けられたので、私は、先日の面接の顛末を語った。

「ひどい男もいるわねえ。」
「だってさあ。こんなに色っぽい女性が離婚したなんて知れたら、周囲が黙ってないわよ。」
「元気だしなさいよね。」

口々の励ましに、私は、じんわりと涙が出て来る。

離婚してから、私は涙もろくなった。

夫の一度きりの浮気よりも、もっともっとひどいものがこの世には満ちていると知って、今更ながら甘えていた頃の自分にぞっとする。

別れ際、一人の女性がメモを手渡してくれた。
「ここの社長さん、最近事業拡大するって言うんでね。人を探してるかもしれないから、行ってみたら?あ。変な人じゃないから。私も知っているけど、立派な方よ。」

私は、ありがとう、とうなずいて、メモを大事に手帳に挟む。

--

気持ちの良いオフィス。

感じのいい従業員の対応。

先日行った会社とは大違いだ。

少し待たされた後、社長室に招き入れられた。

「お待たせしました。」
社長という男は、想像以上に若かった。

少し額が後退しているものの、腹に贅肉もついていない。

「知人に聞いたのですが・・・。」
「ああ。・・・さんですね。よく存じております。なんでも母と稽古事で知り合ったそうで。」
「実は、お仕事が欲しくて。」
「そうですか。」
「履歴書を持って来たんです。」

彼は、私の履歴書をじっと見て、
「失礼ですが、ご結婚は?」
と、訊ねてきた。

「恥かしいのですが、先月離婚いたしました。」
「そうですか。」
彼は、それ以上訊こうともせず、また、履歴書に目を落とした。

心臓がドキドキする。

そう言えば、随分と長い事、私は他人に評価されることなく生きて来たのだった、と思う。

「結構です。明日から来ていただきましょう。」
「え?本当ですか?」
「ええ。是非、あなたの主婦としての視点を、我が社に生かして欲しいと思います。」
「ありがとうございます。」

私は、深く頭を下げた。

--

入社して、数週間があっという間に過ぎ、私は企画室の仕事が楽しめるようになって来た。別れた夫とも、電話で近況を交し合う間柄になった。

「復縁はないの?」
と、問う友人達に、私は笑って首を振った。

その日、私の歓迎会が開かれ、職場のみなが私に声を掛けてくれた。一人でこんなに羽を伸ばすのは何年ぶりだろうか。

ほてりを冷ますため、廊下に出て開いた窓から顔を出していた私に、背後から社長の声がした。
「こんなところにいたんですか。」
「ええ。少し飲み過ぎてしまって。」
「みんなが待ってますよ。」
「すぐ戻ります。」

それから、社長のほうに向き直って、
「本当に、感謝しています。」
と、頭を下げる。

「こちらこそ。」
「社長は、結婚はなさってないんですの?」
「ええ。」
「もてそうなのに。」
「はは。理想の女性が忘れられなくてね。」
「それも、素敵ですわね。」

彼は、少しためらった表情を見せて
「まだ、僕の事、思い出せませんか?」
と、訊いてくる。

私は、彼の顔を見る。それから、記憶を探る。

「校舎の裏で、きみに振られた。」

私は、驚いて声が出ない。

「あの時の?」
「ええ。」
「やだ。私、全然・・・。」
「当たり前だ。僕は、大勢の中の一人だったもの。」
「それで、私を?」
「いや。それは違う。会社の飛躍の時に、若いスタッフ以外の意見を取り入れたかった。信じてください。あなたの採用理由に、個人的な感情は一切なかった。」

私は、動揺していた。

その奮える手をそっと握って、
「お願いです。これからも我が社に貢献を。」
と、言って。

それ以上は何も言わずに去って行く彼の背中にうなずいて。

多分、私は、多くの人の忍耐強いやさしさによって、導かれている。

そう思いながら、私も宴会の会場へと急ぐ。


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