セクサロイドは眠らない

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2002年08月21日(水) 「ううん。違うわ。五年経って、ますます彼の事が好きで、彼のためにもっともっと綺麗になりたいって思ったの。」

双子の妹が電話をしてくるから、何事かと思って出向いていった。

最初は、分からなかった。

喫茶店でこちらに手を振っているのが、妹だとは。

「何?あんた、これ一体どういう事?」
思わず大声で叫ぶ。

「美容整形、したの。」
「整形って、あんた・・・。親からもらった顔に傷つけて、平気なの?」
私の声には、なじるような響き。

「やっぱり、怒られると思ったわ。」
「当たり前よ。大体、私達みたいな五十過ぎのおばさんが整形したなんて、周りだっていろんなこと思うんじゃない?」
「考え過ぎよ。」
「そりゃ、あんたは、一人身で気ままにやってるからいいでしょうけどね。」

正直に言えば、妹の整形は成功だった。シワが減り、鼻筋も通り、何より乱杭歯だった歯が美しく整っていた。笑顔が美しかった。

正直に誉めてあげるほど、私は器量が大きくないの。

そう、自分に言い訳しながら、妹の顔を溜め息まじりに眺める。

かつては、同じだった顔。大差ない人生。どこでどう違って来たのか。気付くと私は、夫と子供の世話に追われてくたびれた毎日を送り、妹は、気ままな一人暮しを時々の恋人が彩っていた。

「まったく、思いきったわねえ。」
「ええ。だってね。女として咲き誇れるのもあとちょっとじゃない?」
「まだ、これ以上、男を捕まえようっての?」
「いいえ。整形したのは今の恋人のためよ。」
「だって、今の人って、もう随分になるでしょう?」
「うん。五年。」
「今更、顔が理由であんたの元を去ったりしないと思うのだけど。それとも、若いライバルでも現われたの?」
「ううん。違うわ。ただ、どういえばいいのかしら。五年経って、ますます彼の事が好きで、彼のためにもっともっと綺麗になりたいって思ったの。」
「まったく・・・。」

美しくなれば、人生のいろんなものが、好きな男が、思うままに手に入るわけじゃなし。ましてや、整形なんて半分は自己満足だ。確かに以前より美しくはなったけれども、整形をした事を知らない他人から見れば、絶世の美女というわけではない。そんなにまでして、手に入れられるものがたった一人の男の心なんて。

わからないわ。

私は、立ち上がる。

「おねえちゃん、ごめん。」
振り向くと、妹が頭を下げている。

なんで?なんて、あんたが謝るのよ。あなたの顔だし、好きにすればいいじゃない?それとも、私を哀れんでいるのかしら。平凡な主婦として一生を終えようとしている私を。

そろそろ、息子が部活を終えて帰って来るから、早く帰って夕飯の支度をしなくちゃ。私は、追われるように、家族のために家路を急ぐ。

そうよ。私には、家族がいる。あんたなんかには、この幸福は分からないでしょう。自分をいじって幸せ探しをするといい。

ふと、自分も整形してみることを想像する。妹と私は、他人が見まがうほどに似ていたから、私が整形してもきっと妹とそっくりな仕上がりになるに違いない。だが、頭を振ってその想像を打ち消す。夫は何て言うだろう。子供達は?きっと、私と同じ反応だ。

「いい歳をして、みっともない。」

--

妹は、昔からいつも、私より人気があった。冷静で勉強の良くできる私に比べて、勉強があまりできなかった妹は他人から好かれることだけで世の中を渡っているようなものだった。

うらやましいと思ったこともある。

だが、今の私には、夫と子供がいる。妹には、手に入れられなかったもの。

--

「ねえ。あなた。」
私は、夕飯の時、ふと妹のことを夫に話そうと、声を掛けた。

「ん?」
夫は、不機嫌そうな返事をしたきり、私のことをちらっと見ようともせず、黙々と箸を動かしている。

私は、夫との会話をあきらめて、自分の分を食べることに専念する。

「ねえ。ママ、また太ったんじゃない?」
息子が、私を見て言う。

「そうかしら。」
「ちょっとはおばちゃんを見習えよ。双子だとは思えないよ。いつも、スタイルいいしさ。おしゃれだしさ。」
「ひどいわね。ママはね。あんた達をずーっと一生懸命育てて来たのよ。いっつも忙しくして、ね。ママの服買うぐらいだったら、あんた達のおやつ代にしてたわ。」

そうよ。ママは、あなた達のために。

--

妹の部屋は、綺麗に片付いていて、シンプルだけど、ちょっとしたところにセンスを感じる部屋だ。

「いつも綺麗にしてるわねえ。」
「殺風景だけどね。」
「仕事、どうなの?」
「大変よう。やっぱり、この景気じゃあねえ。」

私は、ふと、気後れを感じる。大学に行くだけの偏差値がなかったから、親に頼んで自らインテリアの専門学校を選んだ妹。専門学校なんか行っても就職できるの?なんていう心配をよそに、ちゃんとインテリアデザイナーの職を得て、一昨年からはフリーでやっている妹。

「おねえちゃん、どうしたの?今日は。」
「ええ。何となく、ね。」
「変なの。」
「恋人とは、どう?」
「うまくいってるわ。この顔も、気に入ってくれたみたいだし。おねえちゃんもしてみれば人生変わるかもよ。」
「今更、変えるっていっても・・・。」
「あら。ちょっとしたことよ。ちょっと手を加えるだけで、自分の気持ちが驚くほど変わるのよ。」
「うちの家族なんか、あなたの恋人みたいに変化に寛大じゃないしね。」
「あら。誰だって、家族が綺麗になるのは大歓迎だと思うけど・・・?」
「いいのよ。」

私は、笑って、目の前の紅茶に砂糖を入れ、くるくるとかき回す。

あとは、とりとめのない話。

なのに、最後に口をついて出た言葉は、こんなものだった。
「ね。整形って幾ら掛かるの?」

--

私は、今、ピンク色のクリニックの前に立っている。

バッグを握り締め、随分と長く。

「やあね。実際は整形なんてやらないわよ。」
妹にはそう言ったものの、あの時にはもう心は決まっていたのだ。

夫や子供の称賛の声を想像する。

そうして、深く息を吸い込んで、思い切ってクリニックのドアを開ける。

--

「なんだ、そりゃ?」
出張から帰って来た夫が、ぎょっとしたような顔でこちらを見る。

腫れは引いているから、そんなにおかしくはない筈なのに。

「分かる?」
「あ・・・、ああ。」

私は、胸をときめかせて次の言葉を待つ。だが、夫は私から目をそらすと、「疲れた、」と一言いって、寝室に入ってしまった。

何?

どうしたの?

誉めてくれないの?

私は、くやし涙をこぼす。三百万もかけた結果がこれ?

--

私は、最近、また太ったかもしれない。鏡を見ると、妹の顔と似ているような、全然違うような顔が、こちらをボンヤリと見ている。夫は、もう、私の顔をあまり見ない。

さっき、携帯で誰かと話をして、それから、ちょっと出かけてくるわ、と言ってどこかに行ってしまった。浮気をしているのかもしれない。いや。それはないかな。あんなぼんくら男。妻が綺麗になっても、誉め言葉の一つも言えない。家庭があっても恋愛するような男は、妹の恋人みたいな男じゃなくちゃ無理だ。妹から聞けば歯の浮くような言葉のオンパレードだもの。

夫は、最近じゃ、私とあまり口をきかなくなった。やっぱり、整形なんかして怒っているのだろうか?古いタイプの人だし。

私も、気晴らしに、少し化粧を丁寧にして町に出る。

太ったから実際には買わないけれど、秋物の服をウィンドウ越しに眺めて歩く。

あら。前を歩くカップルのうち、男のほうは随分と夫に良く似ている男じゃなくて?それから、腕を絡めて寄り添っている女は。ああ・・・。私と良く似た。いえ、全然似てない・・・。あれは。

そういうことだったの?五年もの間?

私は、その場で、へなへなと座り込む。

「おねえちゃん、ごめん。」
いつか、妹が私に頭を下げた意味が、ようやく今頃になって分かる。


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