セクサロイドは眠らない

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2002年08月19日(月) 足を水に浸す。すうっと体が潤うような気分になり、気持ちがいい。私は、そのまま眠ってしまう。

ナツミが、大声で訊いてくる。
「ママー、私の体操服、乾いてる?」
「ええ。ちゃんと乾かしてたたんであるわよ。」
「さんきゅ。」

そんな会話の合間にも、バタバタとシュウイチが玄関のほうに走って行くから、
「朝ご飯は?」
と、問うと、
「朝練、遅れるからいいっ。」
と、出て行ってしまう。

そろそろ、タイチとミサキを起こさなくちゃ。

朝の我が家はいつもにぎやかで。

ようやく起き出して来た夫は、うるさそうに顔をしかめながら新聞を広げる。

「今夜、付き合いがあるから。」
「じゃ、お夕飯はいいのね?」
「ああ。」

夫は、小さいながらもグラフィックデザインの会社を経営し、最近では何とか軌道に乗って来たところだ。少し働き過ぎではないかと心配になるが、夫は、「四人の子供を大きくするまでは休んでいられないからな。」と、笑う。

高校二年のシュウイチ、中学三年のナツミ、小学校六年のタイチ、小学校四年のミサキ。我が家の宝物。にぎやかで、みんないい子。そう。欲しかったのは、こんな家庭。

「じゃ、私も、行きますね。」
「ああ。いってらっしゃい。」
タイチとミサキを送り出してしまうと、今度は私が仕事に出る。デザインの専門学校の講師だ。夫の会社も少しずつ順調な売上げを出しているとはいえ、私も仕事をしなくては、とても食べ盛りの子供を四人抱えるのは無理だった。

電車で、知らず知らずに開いた席を探し、即座に座る。

次の駅で老婆が乗って来たのに気付かず居眠りしているふりをするのにも心がチクリと痛むけれど、どうにも最近、体がいうことを聞かないのだ。

電車のアナウンスで飛び起きて、慌てて電車を降りる。

今日も、一日が始まる。

--

「ねえ。ママ、画家になりたかったって本当?」
お風呂で、ミサキが訊いて来る。

「ええ?そんなこと、誰に聞いたの?」
「パパが言ってた。」
「そうね。そんなことを思ってた日もあったわ。」
「じゃ、何でやめちゃったの?」
「ナツミが生まれて、シュウイチが生まれて。そのうち、タイチとミサキも生まれて。子供を育てるのが楽しくなっちゃってね。絵を描くより、ずーっと。」
「ミサキ、ママの描いた絵を見てみたいなあ。」
「じゃ、お風呂から上がったら、昔描いたのを見せてあげるわね。」
「うん。」

ミサキは、末っ子だけに、まだまだ私に甘えたいようで。

周囲から、「お子さんが四人もいたら大変でしょう?」なんて言われた時期もあったけれど。この子がいるから頑張れる。仕事も。家庭も。もう一年か二年空けたほうがいいと医者からも言われたけど、あの時無理をして産んでおいて良かった。

--

お風呂あがり、子供達が四人共集まったところで、私は、昔のスケッチブックを広げる。

「ママ、上手だねえ。」
「ほんとだー。本当にママが描いたの?」
「ねえ。これは?何のお花?」
「色塗ってないね。色塗ったらいいのに。」

その花の絵が、子供達の目を引いたのを嬉しく思いながら答える。
「これはね。家族の花、っていうタイトルなの。色は、赤よ。みんなが思う赤をイメージしてごらん。ママね。このお花を描こうとした時、満足のいく赤が塗れなくてね。結局、まだ、お花は白いまんまなのよ。」

私は、もう、疲れてウトウトしている。

「ママ、風邪引くよ。」
タイチが毛布を持って来てくれる。

「ママ、最近、食事もあんまり食べないし。」
シュウイチとナツミが、心配そうに言い合っている。

大丈夫、大丈夫。

みんなが大きくなるまでは、ママ、ずっとこうやってみんなを・・・。

--

夫とは、パリの留学中に知り合った。私は、才能をささやからながらも、行き詰まりを感じている時で、少し年上で、もう、世界的なコンクールにも入賞した夫の作品に魅せられていたから、初めて会ってから、結婚まではあっという間だった。結婚すると、すぐにナツミを身ごもった。

「子供を産んでからも、絵を続けるといいよ。」
夫はそう言ってくれたけれど。

夫も、デザインだけでは食べていけず、私も家族の生活のためにすぐに働きに出たから、きっかけを失ったまま、ずるずると絵筆を握らない日々が続いて、そのうち、シュウイチが、タイチが、ミサキが。あっという間の六人家族。夫は、一人っ子で、兄弟が多いのに憧れていたというから、とても嬉しそうだった。

--

どうしたのだろう。

今朝、起きあがることもできず、私は、ベッドに横たわったまま。

タイチが心配そうに来てくれる。

「大丈夫よ。ちょっと熱でもあるのかしら。」
私は、心配しないで、というように笑い掛ける。

「ママ、何か欲しいものある?」
「ないわ。」
「だって、ママ、昨日も、一昨日も、夕飯ほとんど食べなかったじゃない。」
「大丈夫だったら。ちょっと夏バテかしらね。」
「スープでも何でも。僕達で作るから。」
「お水、持って来てくれる?洗面器に入れて。足をね。浸したいの。」
「うん。分かった。」

子供というのは、時として、親の力になりたいと切実に願うものなのだ。

勢い良く飛び出して行くタイチの背中を見て、随分とたくましくなったものだと感激せずにはいられない。

「ママ、はい。」
「ありがとう。そこに置いておいてね。」
「うん。」
「じゃ、学校行ってらっしゃい。」
「じゃ、ママも早く良くなってよね。」

仕事先に電話を入れなくては。そう思うけれど、そんな力もなく。足を水に浸す。すうっと体が潤うような気分になり、気持ちがいい。私は、そのまま眠ってしまう。

--

「ママが。ねえ。おねえちゃん、ママが。」
ミサキの金切り声が、どこかで聞こえる。

慌てて、兄弟達が集まってくる足音も。

すすり泣きや、私を呼ぶ声。

どこか遠い。

「パパに電話した?」
「うん。したよ。」

子供達が、力を合わせて、何か大きな出来事に対処しようとしている。

頑張れ。

力を合わせたら、大丈夫だよ。

声も、うまく出せない。

辺りはもう、暗いのだろうか。随分として、夫の声がする。
「ああ。なんてことだ。こんな姿に。」

夫は、何を嘆いているのか。

「パパのせいだよ。パパがいっつもおうちにいないから。」
ミサキの声がする。

違うのよ。パパは、ママやみんなのために。

--

次に意識が戻った時は、私の足は、ひんやりと冷たい土の中。

「ね。本当に、これがママ?」
「当たり前だよ。ママの描いたスケッチブックにあったろ。あんな花、ママにしか描けないもの。」
「ね。すごくきれいな赤だよね。深くてやさしい色。」

子供達の声。

私は、どうやら花になってしまったらしい。

「ねえ。ママは、本当は私達を育てるよりも、ずっとずっと絵を描きたかったんじゃないのかな?」
ナツミが言う。

「違うよ。ママは、きみ達を育てることで、ようやくこの花の色を完成させたんだよ。」
夫の声。

「そうだといいなあ。」
タイチが言う。

「そうに決まってるだろ。」
シュウイチがタイチを小突く音が。

「ねえ。あたし、毎日ママにお水あげる係になるー。」
ミサキが言うから。

「そんなのずるいよ。」
と、一斉に声があがる。


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