セクサロイドは眠らない

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2002年08月17日(土) 「そうだ。妻が一匹。僕が一匹というわけだ。妻もえらく気に入っていて、しょっちゅう同じベッドで寝ているよ。」

その友人の家で、僕は驚くべきものを見た。

美しい女が首に首輪を付けられて、はいつくばって歩いているのである。その滑らかな背から尻にかけてのラインがいやらしく動くさまに驚いて、その瞬間、僕の目はその女に釘付けになった。

僕は、慌てて、友人と、友人を取り巻く男達の顔を見回すが、彼らはその女に目もくれず、談笑している。

お、おい。一体どういう事だよ。

僕は、友人の袖を引っ張った。

「何だ?」
「あれだよ。あれ。なんだよ。新しいお遊びかよ?」
「ああ。あれか。あれは、犬だよ。新しく飼い始めたんだ。今、我々の間では人気の種類でね。なかなか可愛いだろう?」
「可愛いなんてもんじゃないよ。最高だよ。」
「はは。そうか。おまえがそんなに犬好きだったとは知らなかったなあ。」
「ちょ、ちょっと触ってもいいか?」
「ああ。お好きに。」

友人は、また、他の友人達と会話を始めた。

僕は、テーブルの上のビスケットを取ると、女に差し出した。女は、それを少し嗅ぐと、ふん、と知らん顔をした。

贅沢な女だな。

僕は、今度はテーブルにある肉片を取って差し出した。女は、しばらくそれを眺めていたが、ようやく、その形のよい口で僕の手から肉片を食べた。肉汁が唇の端を伝って流れたのをナプキンで拭いてやる瞬間、僕は、激しく興奮してしまったのだった。

女は、それ以上、僕の手から食べ物を食べようとせず、尻を振りながらゆっくりと部屋を出て行った。

「素晴らしい。」
僕は、うっとりとつぶやいた。

「何だ?あれが気に入ったのか?」
そこに居あわせた男のうちの誰かが僕に言った。

「ああ。」
「あれなら、僕も飼ってるぜ。二匹。」
「二匹も!」
「そうだ。妻が一匹。僕が一匹というわけだ。妻もえらく気に入っていて、しょっちゅう同じベッドで寝ているよ。」

僕は、その男の妻と、若い青年がベッドで絡み合う光景を頭に浮かべる。なんて淫らなんだろう。

「あの犬、僕も飼いたいのだが。」
帰り際、僕は知人に言う。

「あれか・・・。きみにはちょっと手が出ないぞ。」
「なんとかするから。バイトでもなんでもして。」
「そこまで言うなら、あの犬の購入ルートを教えんでもないが。」
「頼むよ。」
「しかたがないな。」

友人は少々困惑していたが、僕は犬、いや、あんな素晴らしい女のためなら、何でもするつもりだった。

--

僕は、自分のアパートの万年床に寝転んで、素敵な犬が僕の部屋に来た時のことを想像する。犬は、飼い主に忠実だから、きっと、素晴らしいペットになるだろう。

せめてそれぐらいは、僕の人生、楽しいものであってもいい筈だ。

僕は、いつも、裕福な友人のことをうらやましく思って来た。幼ななじみだというだけで、友人は、僕がいつ訪ねて行っても快く僕を屋敷に入れてくれる。だが、僕以外、そこにいつも集まっている人間は、みな、裕福で、僕とは別世界のやつらばかりだった。

神様というものは、まったく不公平な仕打ちをするものだ。

友人は、人が好いから、僕が行っても帰れとは言わない。僕のことを、昔からの友人と言って紹介してくれる。

なんでだ?なんで、僕を?

金持ちというのは、貧乏人と付き合うことも道楽の一つだと考えているのだろうか?貧乏人を見てみろ。自分より悲惨な人間に自分を見ては、ぞっとして目をそらす。

僕は、そんなことを考えながら、ウトウトしていた。

夜になって、ようやく起き上がると、友人の家からもらってきた料理を広げて、安い焼酎で流し込む。

外では、親をなくした猫がミイミイとうるさいから。僕は、外に出て、猫を蹴飛ばす。猫は、ギャッと声を上げて、どこかに逃げて行く。

そろそろ仕事探さないとな。

--

「例の犬の件だが。」
「ああ。」
「金なら、ある。」
「どうしたんだ?」
「いや。ちょっと借りたんだよ。」
「そうか。実は、僕の知人でブリーダーをやってる人間がいてね。今度、何匹か、売りに出そうとしている情報が入ったんだ。今なら、比較的安く手に入るから、どうだい?見に行ってみるかい?」
「ああ。頼む。」

僕は友人と一緒に早速、そのブリーダーの家を訪ねた。

「おかげさまで、最近ちょっとしたブームになりましてね。」
その男は、友人と同じで、金持ち特有の物腰の柔らかさを有していた。

「ご覧になりますか?」
「ええ。是非。」

僕は、奥に案内されて、息を飲む。

幾人かの若い裸の男女が檻の中で気だるげに寝そべっている。

ああ。これだよ。これ。僕が欲しいのは。

「あの、一番奥の。あれが欲しいのだが。」
「ああ。あの子ですか。さすが、お目が高い。」

僕が犬に見とれている間に、友人が金の話をつけてくれた。

「来週、お届しますよ。」
ブリーダーの男は、にこやかに僕に手を差し出して来た。

僕は、その手を握った。

金持ち特有のふくよかな手だった。

--

翌週、犬は届いた。

「なんだ、これは?」
僕は、配達員の前で怒鳴った。

「確かに、お客さま宛てのお荷物ですが。」
「全然違うだろう。引きとってくれ。」
「それは困ります。」

「いやもう。なんだよ。どういうことだよ。」
僕は、今、途方に暮れて、そのみすぼらしい犬と一緒に部屋にいる。

確かに、その黒目がちの瞳は、あの日選んだ、あの女に似ていたけれど。それだけだった。痩せ細ったその犬は、こちらを見て、飢えたように舌を垂らしていた。

「食うもんなんか、ねえよ。」
僕は、犬に言うと、不貞寝した。

--

友人は、電話で困惑した声で答えていた。
「いや。そんな筈は。だって、確かに一緒に見に行っただろう?あれで間違いない筈だが。」
「とにかく、返すよ。」
「しょうがないな。僕の面目までつぶれる。」
「この際、面目なんてどうだっていいだろう?こっちは大金を払ったんだ。」
「分かった。僕が半額払って買い取るよ。今回はそれで我慢してくれよ。」

結局、僕はその提案を飲むしかなかった。半額とはいえ、あんなみすぼらしい犬に金を払う人間なんて他にいないだろうから。

僕は、どこでどう間違ったのかを考えようとしたが、頭が痛くなったのでやめた。どうも、難しいことを考えようとすると、すぐ頭が痛くなる。

--

翌日、僕は、嫌がる犬を無理に引きずって、友人宅へ行った。入り口で使用人に迎えられて、僕は、屋敷に踏み込む。その瞬間、ただの汚い犬は、あの素晴らしい娘に変わった。

なんてことだ。どういうことだよ?

友人が出て来た。
「いや。残念だな。きみが気に入らなくて。いい犬だよ。これは。」

友人は、その女をやさしく撫でる。女は、僕に怯えた目を見せながら、友人の愛撫に体を預ける。

くそっ。これって、一体なんだよ?

怒りで声も出ない僕に、友人は封筒を差し出す。
「じゃ、これ。現金がいいんだろう?」

僕は、封筒をひったくると、外に飛び出す。

なんだよ、なんだよ、なんだよ。僕は、うまいこと騙されたのか?

--

僕は、自分の部屋に辿り着くと、どこでどう間違ったのかを考える。

何がいけないんだ?

僕は、自分の部屋を見まわす。

友人の部屋からくすねて来た純銀のシガレットケースやら、バカラのグラスが、その輝きを失って転がっている。

どうしてだろう?

友人の家では、どれもこれも、あんなに素敵に見えたのに。

この部屋で見ると、まるでおもちゃにしか見えない。

はは。どこでどう間違ったんだか。

消費者金融の取り立て屋が、ドアを激しくノックしている。


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