セクサロイドは眠らない

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2002年08月15日(木) 「あんた、すごいな。」「何が?」「なんだか、こんなに感じてるくせに、顔だけ見たらすげえ冷めてんだもん。」

朝、起きてすぐに、その違和感を感じた。

なんせ、動くたびに感じるのだもの。

私は、すぐさま確認した。

うわっ。

やっぱり。

私の体は、とにかく、女性からみても素晴らしい体になっていた。胸は、豊かに揺れていたが張り詰めていたし、ウェストはくびれ、下腹部にはほとんど贅肉がなかった。肌もなめらかで、きめが細かかった。

本当に?

私は、喜びに溢れ、小躍りする。

その時、"体"が言った。
「ちょっと。ブラくらい、早く着けてよ。胸の形が崩れちゃうじゃない。」

驚いて、私は訊ねる。
「あなた、誰よ?」
「私は、私よ。体の持ち主よ。」
「うそ。」
「ほんとよ。びっくりだわ。今朝起きたら、まるで違う部屋にいるんですもの。」
「ねえ。あなたもしかして、きれいな顔が欲しいって、昨日の流星群に向かって言った?」
「うん。」
「私もよ。素敵な体が欲しいってね。」
「ふうん・・・。」
「最高よ。あなたの体。」
「そりゃ、どうもありがと。」
「あら、不満そうね。」
「うん、まあね。顔は確かにいいけど。性格がねえ。」
「ま。何てこと言うの?」
「ま、いいわよ。これからはお互い、このパーツでやってかなくちゃいけないものね。」

私は、早くも会社に電話して、休暇を取ると告げる。新しい下着や服、買わなくちゃ。

自慢じゃないけど、私は、顔にはちょっとした自信があった。だが、問題は、体だった。ペタンコの胸。ぽっこりと膨らんだ下腹。まるで幼児体型だったから。

男達は、私とベッドを共にすると、大概は驚いて、それから見て見ぬふりをする。けれども、結局、フラれてしまうのだ。この体のせいで。ああ。素敵な体になりたい。この顔にふさわしい体に。そうしたら、もっともっといい男を捕まえて玉の輿に乗ってやるのに。

私は、野心家だった。

とにかく、金がある男が好きだった。

「あなたは?」
私は、"体"に訊く。

「私?大体予想がつくと思うけど、顔がね。ひどかったのよ。だから、体目当てで寄ってくる男も、結局は本気で付き合う相手としては見てくれないってわけ。」
「そうなの。」
「だからさ、私とあんた、ちゃんと組んで動けば無敵ってことよね。」
「ええ。」

私達は、早速、カードを使って、下着やらセクシーな服を買い込む。

「やだ。もっと可愛いブラ、ないのー?」
「馬鹿言わないでよ。こんな大きな胸に合う下着なんて、国産じゃなかなか見つからないんだから。今日のところはこれで我慢してよ。」

私達は、半分喧嘩しながら、下着を買い、服を買った。

「さて。これからどうする?」
お昼を食べながら、私達は相談する。

「ね。お願いがあるの。」
"体"が、言う。

「何?」
「どうしても会いたい男がいるの。」
「いいけど。」
「あたしを振った男よ。」
「わかるわぁ。」
私は、深くうなずく。

「派手な女が好きだって言うのね。」
「そりゃ、ヤな男ねえ。」
「うん。自意識過剰で。」
「また、なんであんた、そんな男に会いたいの?」
「見返してやりたいの。」
「わかったわかった。」

私達は、伝票を掴むと、颯爽と歩く。もう、何もコンプレックスを感じなくていいってなんて気持ちいいんだろう。

男は無職らしかった。

ピンポーン。

「はい。」
奥からのっそりと出て来た男を見て、私は、ひっ、って声を上げそうになった。

「誰?」
薄汚く太ったその男は、私をまじまじと見た。

ちゃんと答えなさいよ。でなきゃ、あんたのその綺麗な顔、爪で引っ掻いてやるから。なんて、"体"が言うものだから。

「あんたが昔フッた女よ。」
と、私は答えた。

「うーん。覚えがないなあ。」
「そりゃ、そうでしょう。」
「ま、上がってよ。散らかってるけど。」

本当に、そうだった。

きったない。

私は、声も出なかった。

男は、私が部屋に入ると、いきなり抱きついて来た。自信満々な態度だった。

「やめて。」
私は、思わず叫んでいた。

"体"は、かまわず、男の手を導いて、自分の下着の中に引き込んでいた。

男は、汗臭い体で私の体にのしかかって来た。

キスだけはやめて。

私は、そう懇願した。男が"体"を愛撫したことで、幸いなことに私は快感を感じなかった。ただ、自分の首から下が別の生き物のように動いているのを見て、なんだか不思議な気がした。

「あんた、すごいな。」
男は、言った。

「何が?」
「なんだか、こんなに感じてるくせに、顔だけ見たらすげえ冷めてんだもん。」
「思い出した?私のこと。」
「いや。思い出せない。だけど、この体、どっかで抱いた気がする。どこでだっけなあ。」

私は、笑い出したいのを抑えた。

男に抱かれる不快感はあったにしても、男が自分の体に夢中になるのは楽しかった。

「なあ。俺の女になってくれよ。」
男がうわ言のように言う。

冗談じゃないわ。

と言おうとした、その口を、私の"手"が覆った。私は、ただ、快楽の呻き声をあげているように思われたことだろう。

--

「一体、なんであんな男がいいの?」
帰り道、私は言った。

「分からない。なんだか、根拠もなく自信満々なところ・・・、かなあ。」
「私は嫌よ。」
「そんなこと言わないで。お願い。じゃなきゃ、ここから飛び降りるから。」

"体"は、歩道橋の手すりに駆け寄る。

「ちょ、ちょっと・・・!」
「ね。いいでしょう?ちょっとだけ。」
「分かったわ。」

私は、あきらめて答える。

実のところ、私は、知りたかった。恋の楽しさを。苦しさを。

私が幼い頃、母が父に捨てられてからずっと。そう。恋の楽しさなんか知らなかった。ずっと見返してやるって、そればっかり。だから、"体"が抱えている不思議な情熱に、私はすっかり魅せられていた。

--

結局、そのろくでなしの男は、早々に、私を、いや私達を捨てた。

「なんで?」
私は、思わず叫んでいた。

"体"のために。

"体"が、震えて止まらなかったから。

「他に女ができたから。」
男は、しゃあしゃあと答える。

「あんたって、ほんとに最低ね。」
「お前が来たんだろう?抱いてくれって。だから、抱いてやったんだよ。」
男は薄笑いを浮かべていたから。

私は、その時ほど激しく男を憎んだことはなかった。

その時だった。

"体"がパッと飛び出して、台所にあった包丁をつかんだのは。

それからは、私の頭は、ただ、目の前で起こった光景を理解しようとするのに必死だった。

血しぶきが飛び、自分の体が生暖かい液体に染まって行く。

"体"の悲鳴が聞こえてくるようだった。

そうだ。しっかりやんな。こんな男は、世の中から消えていなくなったがいいよ。

私は、そうつぶやき続けた。

--

「ねえ。あたしたちさ。本当に欲しいものが手に入ったら、もっと幸せになれるって思ってたよね。」

"体"がつぶやいた。

「うん・・・。」
「ごめんね。私、自分のことばっか。」
「いいのよ。変だけどさ。なんか、ちょっと面白かった。泣いたり、笑ったり。そういうのがさ。あんたから伝わって来て、ほんと。」

体は、ぬるぬるする包丁を、最後に私達の首に当てた。

「ほんと、ごめん。」
「いいって。」
「あんた、いい人だね。」
「あんただって。」

私は、微笑んでさえいたと思う。

自分の体のどこからか血が出ているのは感じたけど。痛みは感じなくて。ただ、だんだんと頭がぼうっとするのだけが分かった。

「誰かをすっごい好きになるのって、なんだかうらやましいなって思ってた。」
私は、そっとささやいた。

「辛かったりもするんだけどね。」

私達は、眠るようにそこに倒れたままだった。"手"がそっと私の頬を撫でてくれていたけど、もう、それも夢の中みたいだった。


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